見出し画像

五年もしたら、みんないなくなること。あるいはちょっとした殺人犯についての調べごと

 調子を崩した僕を心配して、友人が一杯奢ってくれた。お互いの家から近い安居酒屋で、ぬる燗をちびちびやりながら「みんないなくなってしまうよね」みたいな話をした。会社経営をやったことがある人なら理解してもらえると思うんだけれど、5年もしたら本当にみんないなくなってしまう。あるいは、いない方がいいような状態になってしまう。そういうことに、僕はもう少し慣れなければいけない。彼は先輩経営者としての実感と親愛のこもった声で、とても大切なことを教えてくれた。

 仕事とは他人に期待することだ、と彼は言う。社長一人でやれることなんてたかがしれている。だから、ちょっと規模が大きくなると経営者の仕事は他人に期待することそのものになって、言うまでもないことだけれど9割方のそれは裏切られる。1割も成功すれば、それはなかなか腕のいい経営者といえるだろう。人を雇ったら仕事が進むと考えるのは素人だけだ。たいていの場合、人を雇えばコスト倒れになった上無駄な仕事まで殖える。でも、それでも、人に期待し続けなければ儲けは出ないんだよ。彼はそう言う。その通りだと思う。

 むかしちょっとした本を書こうと思って、とある殺人事件について調べて回ったことがあった。それはとても凄惨な事件だったから多くの人の耳目を集めることになったのだけれど、僕が新幹線とレンタカーを乗り継いで取材地に辿り着いた頃、現地に住む人々は「そんなことは忘れてしまおう」といった感じで一致団結していて、ああこの人たちは一生懸命それぞれの人生を生きてる人たちなんだなと思った。もちろんそれはそうだ、どんな凄惨な事件だっていつまでも覚えてはいられない。彼らの多くは一軒家を持ち、正社員の仕事をして家族を養っている、所得水準の高い人たちだった。貧しい北国で生まれた僕にはあまり想像のつかないことだけれど、大多数の人たちが一軒家と自家用車を所有して、子どもを持てる地域というのも日本にはまだ存在するんだな、そんな学びがあった。

ここから先は

2,204字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?