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とてもきれいなものについて

 長年、高田馬場で暮らしてきた。もう8年ほどにもなるだろうか。それくらい長く住んでいると、流石に街並みも見飽きてくるところがある。

 東京にやってきた二十歳の頃は、「なんていい街なんだろう」といつも思っていた。あの頃は西武線沿いの小さな駅からちょっと歩いた安アパートに起居していて、駅を降りるとオレンジ色のテントを張った八百屋があった。野菜の質が高いとは到底いえなかったけれど(どちらかといえば、ハネモノに近いものをとんでもなく安い値段で売っていた)、どこからか珍しい果物を大量に仕入れてくることがちょいちょいとあるお店で。

 それはたとえばドラゴンフルーツ(1個100円!)だとか、ザクロ(1個120円!)だったり、あるいはいちじく(ちょっと高かった気がする300円くらいかな)であったりしたのだけれど。僕はそれを買って、道すがら齧りながら、家に帰るのが好きだった。いちじくのことをよく覚えている。なにせ、北国の出身だからそんなものは食べたことがなくて、「聖書に出てくるやつだよな」と思いながら齧ったあの甘さと、いつも眺めていた電線で断ち切られた空をいまだに思い出す。重たい雲が電線を撓ませているような、ビルに囲まれた小さな空。種がつぶつぶして、やさしく甘い。

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