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猫を探して

 やっとアパートを一つ借りて、机に椅子と本棚、洗濯機を見繕って生活を始めた。たぶん、五月の終わりかさもなければ六月の始め、それくらいのことだったんじゃないかと思う。というのも、その頃僕は「半袖」というものをどちらかといえば装飾的な、「なければないで構わない」アイテムと見做していたところがあって、初夏の東京は僕の間違いを容赦ない気温で正してくれた。おかげで僕は掃除機の購入をもう三か月見送ることになり、ホウキとちりとりと雑巾を百円ショップで購入した。半袖のシャツが「必須」の街なんて、北国で生まれた人間には想像もつかなかった。
 新しい街は良い季節で、空気は甘い匂いがした。エアコンが備え付けられたアパートに住める幸せを感じるには、うってつけの季節だった。五月にエアコンをつけるなんて贅沢は、そうそうない。

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