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夏になればきっと、楽しいことがある

 夏の楽しさはみんな白昼夢みたいに消えていった。まだ、僕が寒い街で仲間と暮らしていた頃、またアルバイトをクビになってしまったと言いながら帰って、仲間がテーブルに放りだしていたウォッカを少しと眠剤を何錠かガリガリ噛み砕くと反省会をやる気分もどこかに消えてしまって。当時僕たちはクーラーを持っていなかったから扇風機の風を浴びながら窓から差し込む夏の日差しを眺めていた。それはひどく暑い日だったと思う、僅かな夏を喜ぶ気持ちにもなれないくらいに。当時、僕たちが住んでいた部屋は北の街をぐるっと回る幹線道路沿いにあって、夏になれば昼間からけたたましい音を流しながら暴走族と警察がパレードしていた。それは短い季節のちょっとした風物詩で、時々僕たちはその中に混ざりこんでは警察に停められて、「我々は暴走族ではない、マグナ250や旧いチェロキーに乗った暴走族がどこの世界にいるんだ?」なんて激論を警官と交わしたりして過ごしていた。

 何事もなく消えてしまう日のはずだったと思う。あまり記憶は定かじゃない、あの頃僕は四六時中酔っぱらっていたし、そういうことが楽しいと思っていた。部屋には誰がいただろう、借金を踏み倒して消えたあいつだったか、それとも女の部屋から女の部屋へ移動して暮らしている自称ジプシーのあいつだったか、シャブで捕まったけど今は立派に父親をやっているあいつかもしれない。まぁ、よく覚えてない。大体のことをよく覚えていない、たぶん、辛いことが多すぎたんだと思う。ただ、僕の流していたエヴァンスを誰かが勝手に止めて、mestの"Cadillac"をかけたのだけは覚えている。おまえの流す音は辛気臭いんだよ…ああ、うん夏っぽい曲だな、夏っぽいだろ、それじゃ海でも行くか、いいね。それから3時間後には海にいた、酔っぱらっていたからあまり覚えていないけれど。何度かコーナーに突っ込みそうになりながら、そういえばあれは誰の車だったんだろう、とにかくその日は夏で、僕は気づいたら海にいた。楽しかった。

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