61歳の食卓(8)仮住まいと銭湯絵
昨日、築地六丁目のとんかつ屋・カツ平さんが久々に顔を見せ、店内をぐるりと見回すと、
「あ、ナカジマさんの絵だ!」と叫んだ。
私は今、既存の店鋪を改修しているため、隣のビルの奥まった一角に仮住まいをしている。この仮店舗は不思議な空間で、壁面に堂々たる銭湯絵が描かれている。
片側は雪を頂いた富士山で手前が海、浮かぶ小島に松、という景観である。もう片側は赤富士で、富士と富士が向き合い天井は金色だ。絵の右隅には<ナカジマ 2015.11.15>とのサインがある。
先月の入居以来、ナカジマさんという方が描いた絵だなと思っていたが、カツ平さんの感嘆の声と、満面の笑みに、改めてこちらが驚く事となった。
ナカジマさんとは銭湯絵師の中島盛夫さんで、日本の現役銭湯絵師3人のひとりだそうだ。多分、この場所を以前借りていた飲食店さんが、中島さんに描いてもらったのだろう。描かれた経緯も絵の存在も知らず、入居するにあたってかなり驚いたが、この絵の存在には頼もしさも感じた。ペンキで描かれた明るい空、雄大な富士のおかげで、日の当たらないこの空間に居る日中が、なぜかしら愉快な時間に変わる。
当初は絵のインパクトに押され気味であったが、慣れるに従いこの絵に合う音楽がかけたくなってきた。日本的というのとも少し違う、銭湯絵ならではのヌケ感に合う音や歌を探しながら、日替わりで世界のFMラジオをチョイスして聴いている。
最初にしっくり来たのは中央FMの土曜昼の番組「ひばりアワー」で、銭湯絵の富士には美空ひばりの圧倒的なパワーしか太刀打ちできないような気もしたが、そうとも限らない。
今週になって聴き始めたFMニライの、標準語を一切排したDJと沖縄民謡に、築地富士の突飛さがなんだかしっくり来た。
昨日はアルゼンチンの、タンゴしか流さない局を一日の大半聴いていた。アコーディオンの調べに耳を傾けていると、床・天井・壁のセメントが石造りに思えてここは築地なのかブエノスアイレスなのかと妄想は広がるばかりである。
明日は、アンデスのフォルクローレを聴いてみようと思う。
築地の不思議な空間、およそ鮭屋らしくない空間だがなぜか日に日に愛着の湧くこの店に、もうひと月逗まっている。
皆様、ぜひ、絵を観にいらしてください。
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