若い頃は可能性をつぶすことが怖かった。でも今は潰すことで前に進めるって思うんだ【ブログ転載記事】

思うに、赤ちゃんは無限の可能性を持っています。なぜならその子の前には、長い時間が広がっているから。目の前の無数の分かれ道に歩いていく時間が十分あるからなのです。

赤ちゃんは確かにそうでしょう。一方このシャバ夫はどうでしょう。

もはやハツラツとした若者ではありません。ですが、残る人生を一本道と捉えて歩んでいくほどの決意も持てていません。

シャバ夫

可能性いうのも、因果なもんやな~

選択肢が多すぎると選べない

実はシャバ夫はそこそこサラリーマン生活に疲れています。願わくば今の生活から脱却したいと考えています。

実はこのブログを書いているのも、そのための第一歩であるのです。願わくば、この拙い文章を伝って金の生る木に手が届きますように。

それというのも、このブログが市場で付加価値を持つのだ、という可能性を感じているからなのです。そしてその可能性というのは、実験してみないと確かめようが無いのです。

ただもしも、試してみる前から、その可能性が無いと分かっていたとしたらどうでしょう。

可能性に苦しむのも人のサガ

私のような疲れたサラリーマンが取りうる戦法は、恐らく3つあるでしょう。

  1. 今の勤め先で、より巧みに働く

  2. より良い待遇を求めて転職する

  3. 別の収入源を確保し、今の職場から離れる

このシャバいブログから収益を得ようとする行為は、上記の3に当たります。ただ、書いていて思うのですが、これは大変です。

執筆業というのはえてして孤独です。誰が読んでくれているのかも分からないのに、読んでくれていることを信じて書き続けるのですから。

もしこの労力が初めから無益と分かっていれば、上記1. 2.の対策に集中することができます。

選択と集中!ハッ!!

普通に考えれば、転職が一番妥当でしょう。不適切な労働条件しか提示できない企業はブラック企業ですから、むしろ滅んだほうが世界の摂理に叶うことです。

ただまあ、私の提唱するシャバさを、今の働き方に生かすのも良いかもしれません。そうすることが自分にとって真にやるべきことかもしれません。自分ができる一番の世界貢献かもしれません。身近な同僚たちにシャバさを提供することで、救われる人もいる気がします。

人類の歴史は可能性が増えてきた記録

昔はお見合いが盛んで、自由恋愛は少なかったと聞きます。恋愛における相手選びの可能性が乏しかったわけですね。

その分結婚率は当時高かった。一方現代では結婚率は下がっている。選択しが多くて選べないのでしょうか。

もちろん実際にはライフスタイルの変化があったりで、それが唯一の理由ではありません。

ただ、可能性の増大がもたらす多くのメリットには、同時に少しのデメリットがついて回ってきているのです。

語らねばならん。シャバい歳の取り方というものを!

枕が長すぎて、本題に入れませんでした。でも良い枕は良い眠りを誘いますから、それも良いでしょう。

シャバ夫は実は、可能性が減っていくことと、加齢を紐づけて、良い歳の取り方を提唱したいのです。

それもまた、次の機会となってしまいました。こうしている間に季節を過ぎ、私の体は朽ち行き、やがてその身は大地へと帰り、すべては一体となります。

それでは次回、あなたがシャバさと出会うまで。

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