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無免許ノーヘル女子高生にバイクで轢かれた話

「サイクリング行く?」

休日。父親がサイクリングに誘ってくれた。小学1年生のころだ。
家の周りは広大な田んぼ道が広がっており、どこを走っても景色は田んぼ道。
小学校の入学祝いで買ってもらったピカピカのチャリを、ウキウキ気分で引っ張り出す。立ち漕ぎで勢いよく加速しながら、父親も後ろから自転車でついてくる。ひしめくセミの鳴き声が鳴り止むことのない、真夏の暑い日である。

ーー

サイクリングも中盤に差し掛かる。長い長い一本の田んぼ道を走っていた。

「後ろからバイクが来たから、端に寄って走って!」

後ろで走る父親からの声が聞こえた。確かに、バイク音が後方から聞こえる。どでかいエンジン音で、もう父親の声も聞こえない。だいぶかっ飛ばしてきているようだ。

指令通り、端に寄った。その瞬間、目の前が一瞬、真っ暗になった。同時に「グッシャーン」という今まで聞いたことのないような異音に全身が包まれ、気がつくと道端で倒れていた。起きあがろうとする。が、身動きが取れない。どうやらバイクの下敷きになっているようだ。

「..ぅぶか!?..だいじょうぶか!?」

パニックが隠せない父親の声もうっすらと聞こえ始め、次第に事の重大さを頭と体が自覚し始める。右足はバイクのマフラーが押しつけられ大火傷を負い、両腕は擦り傷まみれ、鼻の両穴からは大量の鼻血が出ていた。

すると、一部始終を見ていたご近所の農家の人が車でこちらにやってくる。
「乗って!早く!病院に連れていきます!」
父親に抱っこされながら、助手席に乗せられた。後部座席に父親も乗って、病院に車を走らせる。
そのあとは気を失ってしまい、目が覚めると病院のベッドの上だった。

「よかった、目が覚めたか!体の具合はどうだ!?」

病室には、見舞い客用の折りたたみ椅子に座った父親と、看護師の二人だけだった。

「S也ごめんな、本当にごめんな..」
「あのとき、なんで”端”だなんて曖昧な言い方をしたんだ俺は..」

「バイクも端を走っていたんだ…完全にお父さんのせいだ」
「痛いよな、本当にごめんな…」
「..にしてもあのバイク野郎、まじで許さねえ」
絶対に、絶対に地獄まで追い詰めてやる
「S也をこんな目に..こんな..」
「お父さん、戦うからな。」

うん、うん、ありがとう、大丈夫だよ、と、ささやくような声で返事をしていた気がする。
そのまま父親からの話を聞いていくと、バイク運転者の素性が明らかになった。

17歳で無免許。そしてノーヘル。俺をフルスロットルで轢きやがったクソ野郎は、なんと年端も行かぬ女子高生だったのだ。
普通なら警察沙汰である。いや、これから警察沙汰にできる状態。

父親は怒り心頭を通り越し、激しい憎悪を表情と声でありったけ表現していた。運転者をもしかしたら●してしまうのではないかと、とにかくそれくらい沸々としていた。

すると、病室のドアが開く。外から誰か入ってくるようだ。

女子高生だ。大泣きしている。「本当に申し訳ありません」を、声にならない声で泣きじゃくりながら何度も何度も頭を下げてきた。父親は背中を向けたままだった。
「もうなんと言っていいか分からず..ただただ謝ることしかできませんが..本当にごめんなさい!本当に本当にごめんなさい….」

父親は無言で、スッと立ち上がる。そして女子高生に体を振り向けると次の瞬間、身の毛がよだつ言葉を放った。


「大丈夫、泣かないで。顔を上げて。そちらは、お怪我はないですか?」


俺の全身の細胞が大阪新喜劇ばりに『えーーーーーー!?』と突っ込みながら倒れ込んだ。

「泣かなくていいんだよ。誰にでも過ちはある。」
「息子は命に別状はないですよ。」
「二度と同じ失敗を繰り返さないようにしてくれれば、それで良いんです。」

女子高生を目の前にした瞬間、急な紳士パフォーマンスを繰り広げるという予想外の出来事に、俺はしばらく痛点を忘れていた。体の痛みをつかさどる神経さえも、呆気を取られてしまっていたのだ。

(いや、地獄まで送ってくれよ)

初めて試みたツッコミがこのフレーズだったのは恐らく関東圏内では俺だけではないだろうか。

痛みが引いて気持ち良くなったのか、俺はそのまま寝た。看護師は口をあけたまま直立していた。

ーー

後日談。先日、父親と会った。当時の事故の様子をあらためて聞いた。
俺が退院したあと、女子高生の母親が家に来たらしい。

「どうか、今回のことは学校には言わないでほしいです。どうか娘の将来のためにお願いします..」

と頭を下げに来たらしい。やはりクズの親はクズということか、と納得しながら聞いていたら

「安心してください、言いません。」

と優しく返してあげたそう。いや言えや!!!!言わないにしても怒れや!!!!!!!

23年前の話に今さら怒りが湧いてきたので、急きょ文字にして昇華したくなった。
ちなみにそのクズ一家の住所を特定したので、今度地元に帰るとき、一家の顔を拝みに行ってきます。

ちなみのちなみに、車で俺を運んでくれた農家の人とは今も付き合いがあるようで、父親は毎年大量の果物をその人から購入しているらしい。いいことだ。僕は一回も喋ったことないので、20年越しにはなってしまいますが、クズ一家を拝んだついでにお礼を言いに行こうと思います。
という備忘録を兼ねた日記でした。

お財布の中身がたりんちゅしていて死にそうです