イマドキ、教育事情
1⃣算数も大喜利みたいになってきたよな
最近、子どもの教育事情に様々な変化をもたらしている。
キャッシュレス決済が導入されてからは算数の答えにも多様性が如実になってきた。
例えば、こんな問題があるとします。
Q 1000 円を持っていたとします。
本屋で 500円の本を購入します。
おつりはいくらでしょう。
という問題があるとします。
あくまでも
『算数の計算問題』
としては
A 1,000円- 500円=500円
となります。
しかし
これが
例えば『Suica』や『キャッシュカード』でしたら
A おつり なし
という答えも出てきてしまう時代です。
ちょっと
大喜利チック
ですが
これも決して間違えではありません。
私を含めたバリバリ昭和世代でしたら、ない発想かもしれませんが…
しかし、実際に世の中的には
『現金主義の店』や
『店主や買い物客の価値観』でお店での支払い方法のバリエーションは様々です。
そういう意味でも、あらためて
やっぱり
「あーやっぱり小銭をじゃらじゃら持って、駄菓子屋に友達とつるんで行くという体験は貴重だったなぁー」
なんてことを思うのは私だけでしょうか…
2⃣やっぱり経験って大事だよな
ところで以前、某教育テレビ番組の企画で保護者抜きで障がいを持つ子どもたちだけでカラオケに行き、ランチを食べて帰るというミッションが下された。いわゆる『社会体験の企画』コーナーです。
ルールとしてはこのようなものでした。
★『うーん、これはちょっとまずい事態になるぞ』
というシチュエーション以外は子ども達の見えぬ位置から見守る。
★こども達には、当日の軍資金が支給される。
行き帰りの交通費もこみで予算内で帰ること。
★ミッションの途中でどうしても
『これはどうすればいいんだ?』
『困った、助けてくれ』
『お手上げだー』
となった時の問題解決のため
『ヘルプカード」が
番組スタッフから子ども達へ用意され渡される。
ただし、このカードは枚数限定です。
(私の記憶が正しければ3枚だったと思いました。)
いよいよ、駅に着いてミッション開始‼
しかし
秒で
早くも問題勃発‼
それは、軍資金は全て紙幣で頂いていたので
(これも、番組スタッフがあえて仕組んだトラップと思われる。)
改札口で
ヘルプカードを出さざるを得ない緊急事態に遭遇‼
(素直に、スタッフの思うつぼ通りの素直な行動が…)
何があったのかと言うと
多くの駅の改札は、ICカードで駅のホームに入るシステムになっています。
そのため、子どもたちは財布の中身を見て
「えっ、マジか?」
と
フリーズ‼
スタッフがその訳を子どもに聞くと
「駅のホームで乗車券を購入した経験がない」
そのため
「乗車券を購入するという概念がない」
また
「そもそも紙幣をあまり自分で使う機会がない」
「そもそも、子ども達だけで外出するのが今回が初めてということ」
そのため
「お札は、どこに入れるのか?」
と、スタッフも予想だにしないことが
わんさか
わんさかと
明るみに出て来るのでした。
あらためて考えさせられたのですが、現金の出し入れをしないという事は
このように様々な生活場面での困難が潜んでいます。
確かに、キャッシュレスならば大金が手元にないので
お金を恐喝される等犯罪に巻き込まれるリスクは減る点はメリットです。
(その反面、キャッシュレスだと可視化できない場所で犯罪に巻きもまれるリスクもありますが…)
しかし、現金のやり取りをしないことで
お金そのものの概念がなかったり
生活することへの困難がでてきたりするリスクは否めません。
やはり、子どもたちが将来
成人年齢の18歳になった時に
生活の中での困りごとが増えると私は考えます。
その例として
キャッシュカードで買い物をした時のトラブルが避けられないこと
や
まさかの
停電などでシステム障がいがあると
結局
本来の現金システムでの買い物の仕方を知らないと生活に支障がでてしまう可能性も全くゼロとは言い切れない。
だからこそ、現金そのもののやり取りを生活の中で身に着ける必要性がでてくる。
そう考えると、例えば算数と社会・図画工作の授業の一環で
『人生ゲーム』を作るのはどうでしょうか?
3⃣そうだ!人生ゲームを作ろうじゃないか
以前、私自身の記事
『ないのなら、制作しようじゃないか!』
の中でもご提案させていただいたことがあるのですが
確かにこれは制作するのが大変でした。
しかし、制作の苦労の甲斐があってか思いのほか好評でした。
私の場合は、対象となる方は大人でしたがグループワークでみなさん自発的に考えたり発表したりのプロセスを得ることで記憶への定着のしやすさはあったと思います。
【具体的的な実施方法】
対象:小学校4年生~
・100均でおもちゃの紙幣や小銭が販売されているのでそちらを用意する。又は算数セットの中にあるお金を使用。
・社会科の授業を通じて社会のしくみを習う。
→その流れで、授業で習ったことや実際に商売をしている家の子どもがいたらその経験を踏まえて一つづつのコマ内容をグループワークでつくっていく。
↓
・ある程度の数のコマ内容ができたら、グループ発表をしてそれぞれのグループがどんなコマを作ったか発表。(先生やクラスのみんなで情報共有の時間を設けます)
【コマ内容の参考例】
「コロナで食堂に客が来ない」そのため「デリバリーサービスを実施するためガソリン代〇〇円費用が必要」など。
↓
・算数の時間で実際に遊ぶ。
↓
・遊んでみてみんなの感想をグループ発表。
(先生やクラスのみんなで情報共有の時間を設けます)
※とりあえず今回は対象学年を4年生からにしましたが、現在コロナで遠足や社会科見学・運動会など体験型授業が減らされています。そのため、それらの時間を利用して、少人数の縦割り授業を実施というのもどうでしょうか?
その中で、算数と社会・図画工作のを通じた
総合型学習授業
として児童をグループ分けをして
何日かに分散してゲーム大会をするというのもありですし
授業参観の一環として
保護者の方々も子どもたちと一緒に
社会のしくみを学ぶ形をとるのもありだと思いますし
商売をしている保護者の方がいましたら
「うちは このようにして商売の工夫をしている」
など
「商売ってこんな感じだよ」
という声を拾い上げて
子ども達がもっと社会のことを身近に感じられることができ興味や関心を得られるのではないでしょうか?
私は第二次ベビーブーム世代ですのでいわゆる
『詰め込み教育世代』でした。
そのため
将来この勉強が一体何の役に立つのか将来の見通しがつかず
ただ ただ
言われた事を覚え
訳もわからず、教科書に載っている公式を暗記して
また覚えて…
忘れて…
の繰り返しに疲弊した世代でした。
そのせいか、お恥ずかしい話ではありますが
社会人になって社会のしくみを知らないことで
損をして苦い思いをしたこともあります。
今さらべたなセリフですが
「勉強しておけばよかった」
につきません。
4⃣「はい、私が世の中のことに興味が持てなかった元子どもです」
『世の中のことに興味が持てなかった元子ども』
として
どうしたら世の中のことに興味や関心を持ってもらえるのか?
どうしたら、眠くなるようなつまらない授業が楽しくなるのか?
ということに興味がでてきました。
その結果として私なりにたどり着いた答えがこれです。
実生活などの身近なことと、勉強内容が上手く結びつかない。
↓
つまらない
↓
眠たくなる又は寝てしまう。
↓
ますます、勉強が分からない。
↓
お手上げ状態‼
という結果に至ってしまうのではないかと自身の負の経験から考えるようになりました。
5⃣ある日突然、その時はやって来た‼
ある時偶然にもテレビのチャンネルボタンを押すと、ある大学の工学部のことが紹介されていた映像が目に入ってきました。
高校時代に散々悩まされた微分積分はなぜ勉強するのか?
勉強した先に将来どんなところで役に立つのか?
という答えを偶然にも発見しました。
それは、大学でロボット工学のことを教えている先生によると
ロボットの関節の作りや動きをプログラミングする際に使われるものだということを知りました。
正直言うといまだに理数系科目は苦手です。
しかし
おー、何だかすっきりした。
そうなんだよ!
なぜ微分積分の勉強するのか?
単純にこれが知りたかったんだよなぁー。
と
高校時代のもやもや感は思わぬところで解決しました。
私自身、将来この勉強が一体
どんな場面で必要なのか?
ということが分からずにもやもやすると
性格的になのか
どうも思考も行動もフリーズしてしまう傾向があります。
特に、理数系科目は苦手意識が高いためその傾向が強いです。
しかし、またまた本屋で数学に関する
とある本を見つけた時から
少なくとも中学時代よりかは、数学苦手な人特有のもやもや感は少なくなったのではないかと思いました。
次回は、このあたりのことを紹介してきたいと思います。
あっ、数学ってやっぱりなんでこれがこうなるの
と
いくら考えても
どうあがいても
わからんものは
わからん
というものがある。
それは
例え数学者の研究者でもそうであることを知ったとたん
なぁーんだ、それならそうと
あまり深く考えずにさらっと流せばいいんだ
と
今さら数学を勉強する訳でもないけれど
大人になってやっと納得いく答えが得られたことに
ほっとしたことがあります。
しかし、今はこの
財布の
「じゃらじゃら」
でさえも通用しないのかもしれない。
そもそも、キャッシュレス決済になったため
お金という概念
それすらない子どももいる。