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-自由法曹団通信に杉島幸生弁護士が寄稿-「トランスジェンダーになりたい少女たち」から考える

 大阪弁護士会の杉島幸生弁護士の、2024.4.3産経新聞出版から発行の「トランスジェンダーになりたい少女たち」(2020年、アビゲイル・シュライアー著)についての寄稿です。自由法曹団という団体の会報「団通信」2024.6.1に掲載されたもので、杉島弁護士の了解を得られたので転載します。出版を阻止するという活動や書店への放火を示唆するまでされている「焚書坑儒」の問題と、本の内容についての論評です。

 自由法曹団は1921年(大正10年)に結成された弁護士の団体で、今も「大衆運動と結びつき、労働者・農民・勤労市民の権利の擁護伸張を旗じるしとする。」として、人権のために活動しているとされます。

 そんな、いわゆる左翼系の「人権派団体」の中からも、性自認主義の問題点と、その思想運動の危うさについてしっかりと意見を示す方が出ています。当会の事務局の滝本弁護士だけではありません。ただ多くがまだ声を出していないということです。

 観察しているだけで見解を示さない学者、識者、弁護士はもちろん、性自認主義の論者・活動家も、このような丁寧な指摘くらいは、ノーディベイト、情報の遮断としないで、読んでほしいです。

 どうぞご一読を。

「トランスジェンダーになりたい少女たち」から考える

弁護士 杉島幸生

1 現代の「焚書」事件を知っていますか
 みなさんは、「トランスジェンダーになりたい少女たち/SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇」(アビゲイル・シュライアー著・産経新聞出版・原題Irreversible Dameage)という本をご存じでしょうか。この本は、2020年に欧米で出版されるや、トランス差別を煽るものだと、すさまじいパッシングを受けました。それでも20年には「エコノミスト」誌から、21年には「タイムズ」紙から「今年の本」に選ばれています。日本でも今年1月にKADOKAWAから邦訳が出版される予定でしたが、ヘイト本を出版するのかとの非難が集まり同社は出版を断念します。その後、産経新聞出版が出版権を獲得しましたが、今度は、同社や大型書店に対して、この本を販売すれば店舗に放火するとの脅迫電話があり、ジュンク堂、紀伊國屋といった大型書店が販売をとりやめるという事態にまでなりました。それは今でも続いています。まさに現代の「焚書」事件です。私はこれは民主主義社会の基礎を傷づける大変なことだと思います。ところが、この事件のことはあまり知られていません。それはこの事件がテレビでも新聞でもほとんど報道されることがなかったからです

2 これってヘイトなのでしょうか
 それでは、この本はどんなことを書いているのでしょうか。詳細は実際に読んで頂くとして、ここでは概要だけ述べさせていただきます。この10年程の間に欧米で突然自分は男の子だ(性別違和)と訴える10代の少女たちが急増しています。これまでこうした訴えをする人は男性に多く、幼少期からそうした違和感をもっていると言われてきました。今、起きていることはそれとは随分と違っています。少女たちは、自分たちの感じる身体への違和感は、発達過程でよくみられる思春期のエピソードなどではなく「性別違和」だとSNSを通じて学びます。SNS上でキラキラと輝くトランスジェンダーたちのようになりたいと学校でカミングアウトすると、たちまち人気者です。少女たちは男の子として学校生活をすごすようになり、教師やカウンセラーもそれを応援します。だってそれは素晴らしいことだから。でも親たちにはそのことは知らされません。偏見に満ちた親から子どもたちを守るためです。もちろん娘たちの変化に気がつく親もいます。そうした親は精神科医やカウンセラーから「死んだ娘と生きている息子とどちらを選ぶのか」と説得されます。少女たちは、思春期の性的成熟を阻害する思春期ブロッカーを使用するようになり、その多くが男性ホルモンの投与へと進みます。もっと幸せになれるはずと、少女たちは先へ先へと進もうとします。なかには乳房や子宮の切除手術にまで進む少女もいます。それで幸せになれるなら問題はありません。しかし、それは誤解で、ほんとうは男の子じゃなかったと気がつく少女たちもいます。そうした少女たちの身体には思春期ブロッカーや男性ホルモンの影響が刻み込まれます。乳房や子宮を切除してしまったらもう取り返しがつきません。それは生涯、彼女たちを苦しめます。本書の原題である「Irreversible Dameage(不可逆的な損害)」はここからきています。誤解のうえになされた間違った医療で、苦しむ少女を生み出してはいけない。著者はそうした思いから、親たちには、娘の身体と未来をSNSや学校やカウンセラーに委ねるな、少女たちには、今じゃなくてもいい、立ち止まって考えて、と呼びかけます。これが本書の概要です。どうしてこれがヘイトなのでしょうか。

3 なぜヘイトだと非難されるのでしょうか
ではなぜ、同書は「ヘイト本」だと言われるのでしょうか。トランス活動家でもあり、自身もトランス女性という、ある大学研究者は、SNS上でこの本を「ヘイト煽動の本」、「トンデモ医療本」、「トランスの生を困難にする構図となっている」、「ちゃんと読んではいないのだけれど、レビュー等は読んでいる」と発信しました。研究者でありながら、ちゃんと読みもせずに「ヘイト煽動の本」、「トンデモ医療本」だと言い切る態度は、私には不誠実なものに思えます。しかし、SNS上での反応を見る限り多くの批判者が同書を読みもせずに批判しているようです。活動家が提唱する「ノーディベイト」という運動方針の実践なのでしょう。もちろん中には医学的な知見を示して同書を批判しようとする人もいます。しかし、今年になってからのことではありますが、日本を含めた世界中にトランス肯定医療のためのエビデンスを提供している「世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)」が、未成年者のトランスジェンダーたちが充分な説明もうけずに治療を受けていたことや、身体への悪影響を示す資料などを隠していたことがその内部資料にもとづき暴露されました(WPATHファイル)。未成年への不必要な治療がなされているのではないのかとの世論の高まりを受けてイギリスの国民保健サービス(NHS)の委託で実施された調査報告(キャス報告)では、批判者たちが引用しているような論文も含めてトランス肯定医療が充分な医学的エビデンスに支えられていなかったことが指摘されています。批判や反論はあるにしても、少なくとも「ちゃんとは読んではいない」のに、「トンデモ医療本」だなどと言えるような状況ではありません。かの研究者もそうしたことを知らないはずはありません。それでも彼女はそのことに触れようとはしません。「Irreversible Dameage」に苦しむ少女たちのことが顧みられることもありません。結局、残された根拠は、「トランスの生を困難にする」、つまりトランス当事者にとって不都合であるというだけでしかないように思えます。

4 ノーディベイトはなにをもたらすのでしょうか
 トランス活動家たちは積極的に「ノーディベイト」を唱えます。自分たちが「トランスの生を困難にする」と判断したものは、それだけで「ヘイト」なのだから問答無用で排除しろというようです。その論理は、自分たちに不利益なことはすべて差別だとした部落解放同盟の論理とうりふたつです。残念ながら、SNS上には、そうした議論があふれています。冒頭で指摘した放火脅迫事件の犯人もそうした社会の雰囲気に影響されているのではないでしょうか。暴力/脅迫で出版を妨害する。それは表現の自由への挑戦です。ところがマスコミや政治家、法律家、市民運動家の多くはこの事件に傍観者的態度をとり続けています。私には、それは民主主義の危機であるように思えます。そうした風潮に棹さすようなことがあってはなりません。またノーディベイトという態度は、「Irreversible Dameage」に苦しむ少女たちの存在や尊厳を否定することでもあります。少数者の人権、多様性を口にする人たちがそうした態度をとれることに暗澹たる思いがします。またノーディベイトは自分の「正しさ」を絶対化し、運動や理論の行き過ぎや、誤りをただす機会を失わせます。それは自分たちに賛同しない人々をヘイター、差別者と決めつけ排除することにもなり、賛同できない人たちとの分断と対立を生み出して、かえってトランス当事者への誤解や偏見も強めることになります。そうなると、バックラッシュだ、右派の影響だと、さらなる非難がなされ、分断と対立がより深まっていきます。反対意見にも耳を傾ける。民主主義社会では当然のことです。「ちゃんと読んではいないのだけれど」、「ヘイト煽動の本」だというような態度は最悪です。

5 私たちのすべきこと
 幸いなことに本書に書かれているようなことは日本ではまだ現実化していません。しかし、放火という脅迫をもってしてまで、反対意見が広まることを封殺しようとする態度や、それを批判することもなく、傍観者的態度をとりつづける社会の風潮は、けして健全なものとは思えません。「基本的人権をまもり民主主義をつよめ、平和で独立した民主日本の実現に寄与すること」を信条とする自由法曹団として、こうした風潮に異議をとなえる活動をすべきではないでしょうか。   以上


 杉島弁護士は、末尾の方で、以下のように言ってられますね。

トランス活動家たちは積極的に「ノーディベイト」を唱えます。自分たちが「トランスの生を困難にする」と判断したものは、それだけで「ヘイト」なのだから問答無用で排除しろというようです。その論理は、自分たちの不利益なことはすべて差別だとした部落解放同盟の論理とうりふたつです。

反対意見にも耳を傾ける。民主主義社会では当然のことです、「ちゃんと読んではいないのだけれど」、「ヘイト扇動の本」だというような態度は最悪です。

放火という脅迫をもってしてまで、反対意見が広まることを封殺しようとする態度や、それを批判することもなく、傍観者的態度をとり続ける社会の風潮は、けして健全なものとは思えません、「基本的人権をまもり民主主義をつよめ、平和で独立した民主日本の実現に寄与すること」を信条とする自由法曹団として、こうした風潮に異議をとなえる活動をすべきではないでしょうか。

 杉島弁護士は、以下の「トランス女性をめぐる2つの考え方の図」をXポストなどで示された方です。

 また、当会の下記ノートで紹介の、理解増進法に関する文章を記載した方です。どうぞそちらもご参照くださるようにお願いします。 

 その文章も今回の文章も、杉島弁護士の団通信への寄稿で、遅れ遅れながら、下記で読める団通信に掲載されています。https://www.jlaf.jp/03dantsushin

 どんな課題でも、企業・メディア・政治家・弁護士・識者まして芸能人は「差別だ」「反人民的だ」「非国民だ」とか糾弾される「キャンセルカルチャー」や仕事上の不利益、そしてその世界での自らの場所を失ったりすることは怖く、厄介です。市井の市民一人ひとりも、そんなことは言われたくありません。そんな「同調性の原則」「事なかれ主義」が、その世に伸してきたカルト思想を増長させます。素朴な疑問を大切にし、言い出す人がいないと、国家がカルト状態となる「ファシズム」を止めることもできません。

 性自認至上主義は、性別は社会的構築物などと自然科学に反する考えであり、「らしさ」というジェンダー縛りを捨てるどころか、それに拘泥して性別を設定する考えです。
 「王様は裸だ」と言い出す人は誰なのか、それに続く人は誰なのか。そして、大きな悲劇を経たうえで崩壊したり、多くの人や機関が言い出す頃になって、「ええ、王様は裸だったよ」と言い、「最初から分かっていたよ、陰ながら応援していたんだよ」という人は誰なのか。

 以上、杉島幸生弁護士の文章を紹介したうえで、当会で話されていることを加えました。

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