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東大を出て、福祉で働く | MOVE ON 2020 | Vol.6

「やっとリアルな社会と出会えた気がした」東大を出て福祉の現場で働く2人が語る、自分自身のストーリー。連続講座スロージャーナリズム。第6回は「東大を出て、福祉で働く」をテーマに社会福祉法人グローの御代田太一(みよだたいち)さんと社会福祉法人一路会の今井出雲さんにお話を伺います。

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滋賀県にある社会福祉法人グローの御代田太一です。2018年に東京大学教養学部を卒業して、現在は救護施設ひのたに園で働いている26歳です。東大在学中は野澤さんの「障害者のリアルに迫るゼミ」の企画・運営をやっていました。

救護施設ってどんな場所か知っていますか?ざっくりいうと「住まいなし・仕事なし・身よりなし」のひとを受け入れる福祉施設です。「最後のセーフティーネット」とも言われています。全国に186カ所あり、入居者は全国に17000人ほどいます。

入居者はさまざまな事情を抱えています。ホームレスをしていた方、刑務所を出所した方、病院から退院された方、派遣切りにあった方、ひきこもり状態にあった方、特殊詐欺被害にあった方などがいます。今の社会を映し出す鏡のようだと思います。数日いて出ていく人もいれば数十年暮らし続ける人もいて、僕の職場は100人くらいが入所しています。いろんな人がいますが、園内はほのぼのしていて、運動会や夏祭りやクリスマス会もやりますよ。

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救護施設は「最後のセーフティーネット」と呼ばれていますが、今の社会では刑務所もセーフティーネットを担っています。刑務所をでた後に「住まいなし・仕事なし・身よりなし」の状態になるひとは、軽犯罪を繰り返して刑務所を出たり入ったりしがちです。日本の福祉制度は申請主義なので、そのことが壁になって支援に繋がらず、亡くなってしまうひともいます。

入所者に怒鳴られたり脅されたりすることもありますが、逆に慰められることもあります。いろんなことがありますが、僕はもともと福祉とか全く知らない学生でした。救護施設に来るような人と出会ったこともないし、そういうのに興味も知識もない学生でした。しかし、野澤さんの「障害者のリアルに迫る東大ゼミ」を受講したことが僕の人生を大きく変えました。

「これからどう生きていこう」
「なんで人生を生きてるんだろう」
「何を自分の価値観として守っていこうか」

人生に悩みがちな哲学専攻の学生だったので、自分の腹の中にある疑問に対して「何かヒントあるかな?」と思って大学2年生の時にこのゼミに参加しました。そしたら、さまざまな障害のある人の生き方を知って「こんな風に生きているひとがいるのか!」「こんな世界があったのか!!」と驚かされました。難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)で全身がうごかなくなった岡部宏生さん、目が見えない・耳が聞こえない盲ろう者の福島聡先生、障害者の性の話を聞かせてくれた小山内美智子さんなど。身体や精神の多様性を具体的に見せることで、新たな人生観や生活感や他者との関係性を手に入れてきたひとたちだとわかりました。

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このゼミをきっかけに「障害のある人の生活をもっと見たい。福祉の現場に入ってもっと触れてみたい」と思って大学を1年休学をしました。その時点では、自分が福祉の現場に就職するつもりはなかったので、親の勧めでITベンチャーでインターンも経験しました「あぁ、自然な流れでいけばこういうところに就職するんだろうな」と思いましたね。自分が有能であることを証明できるような働き方をする未来。そのことに閉塞感を感じました。

気が付いてしまった以上、見ないふりをしてもずるずると同じ悩みに戻るだろうと思ったので、福祉で就職することを大学4年の春にきめました。母からは「せめて厚労省に…」とも言われて反対されましたが、現場の引力や迫力に近づきたくなったから仕方がない。笑

仕事は大変なことばかりだし疲れる毎日なんですけど、入居者の生い立ちを聞いたり、僕の知らない世界を教えてもらったり、そのひとが抱えてきた弱さに触れたりする瞬間があるので、自分の選択は間違ってなかったと思います。自分の名前すら忘れてしまった人が僕を慰めてくれたこともあります。明日は施設内で催しがあるので準備をしに戻らないと。そんな感じで楽しく仕事をしています。ぼくからは以上です。

御代田太一(東京大学OB)
2018 年東京大学教養学部卒。東大駒場キャンパスの「障害者のリアルに迫る 」ゼミの運営を務める。社会福祉法人グローに就職。救護施設「ひのたに園」 で行き場をなくした人々の支援をしている。

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社会福祉法人一路会の今井出雲です。東京大学文学部を卒業して、現在は同法人が運営する千葉県中核地域生活支援センターがじゅまるで相談員として仕事をしています。

このセンターは制度の狭間にいる人たちへの包括的な相談支援、関係機関へのコーディネート、権利擁護などを広域的に専門性をもって支援をしています。千葉県の独自事業なので、なかなか珍しい相談機関なのですが…仕事の内容について詳しく話す前に、私自身のことについて少し話をします。

私は「トランスジェンダー」か「ノンバイナリー(男女のいずれかに限定しない性別の立場を取る人)」という生き方を選択しています。女の子として生まれましたが、自分が女性であることや女性としての生き方に違和感を感じてきました。親が付けてくれた名前は「花野」ですが、今は「出雲」という名前にしています。

比較的裕福な家庭に生まれて、中高一貫の私立女子校で育ち、東京大学に進学しました。将来は海外に行って研究者になりたいと思っていましたが、人生ってわからないものです。私が自分の性別に違和感を感じ始めたのは中学の頃で、女の子を好きになったり、制服を着るのが嫌になったり、自分が女子校で授業を受けていることに強い違和感を感じたりするようになりました。

保健室に逃げ込むことが増えて、授業に出られなくなった時期もあります。それでも勉強はできたので、ネームバリューのある大学に行けば周囲は認めてくれるだろうと思って受験を乗り越えました。

「東大に入った。男として生きたい。誰にも文句は言わせない」

そんな思いを抱えて東大の門をくぐりましたが、これまで女子校にいたのは運がよかったことに後から気がつきます。この社会は、自分がどちらの性別に属するか問われる場面が多すぎます。「あなたは男性ですか?女性ですか?」という問いかけが、あらゆる場面について回ります。その頃の私は女性として認識されることも男性として認識されることも嫌だったし、大学にもなじめず、自分が世界で一番生きずらい人間と思いこみ、自分の殻にこもって社会を恨んでいました。

「あの頃の君はテロリストのような眼をしていたよ」

野澤さんが過去の私をそう表現するのも無理はないです。野澤さんの「障害者のリアルに迫る東大ゼミ」に参加して、障害のあるひとたちのリアルな話をきいて、ゼミ後の飲み会で話をするなかで少しずつ変わっていったと思います。

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就職活動の時期が違づくと周囲は身なりを整えて就職活動に励みはじめます。私のようなトランスジェンダーの場合、就職活動をしても仕事を得ることは難しいです。トランスジェンダーの知人からは100社を受けて100社落ちたという話も聞くし、資格を持っていても活かす場所に恵まれないという話も聞きます。私はフェミニズムやジェンダ―理論などの学問に救われる思いがあったので研究者になることを考えていましたが、このゼミを通して福祉の世界の面白さや新鮮さに気が付いて、今の職場にインターンをして、そのまま就職を決めました。

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千葉県中核地域生活支援センターがじゅまるの事務所は、築50年くらいのアパートの中にあります。今年で開設17年です。電話相談をうけるだけでなく、相談者の家を訪問することもよくあります。

まずは話を聞く。そして、やれることは何でもやる。役所や病院に同行したり、裁判所に出廷したり、刑務所に会いに行ったり、ご飯を食べたり、必要であれば物件を探したりします。なんでもやっています。福祉制度の申請に同行して手伝うこともあるますよ。

ここに居れば社会の輪郭や成り立ちが見えてくると思っています。私が担当している市川市・浦安市は千葉の中でも東京に近いエリアです。北部には梨畑があり、南部には漁港があり、東には大きい工業地帯があります。Amazonなどの倉庫もあるので日雇い労働者も集まってきます。市川は全国で22番目に外国人の人口が多いので、コロナで外国人からの相談が増えました。新しい社会問題がやってくる場所です。

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たとえば、ゴミ屋敷で暮らす中国人の女性や、路上で倒れていた元米兵の男性など、言葉の壁があるうえに、どこの支援機関につなげるか宙ぶらりんになりがちです。こういうひとは今後増えるだろうなと思います。

いろんな生き方のひとを肯定するために一緒に考えることを大事にしたいし、失敗のなかにも一緒に考える過程にこそ本質はあると思います。勝算の低い勝負に挑む仕事ですが、だからこその面白さもあります。「ひとを大事にする」と口で言うのは簡単ですが、いかにしてひとを大事にするか。相手とのユニークな関係性に面白く関わっていくことを考え続けたいです。

今井出雲(東京大学OB)
2019年東京大学文学部卒。「障害者のリアルに迫る」ゼミの運営を務め、御代田 らと共著の「障害者のリアル× 東大生のリアル」「なんとなくは生きられない」 を出版。社会福祉法人一路会に就職。生活困窮者などの相談支援をしている。

【MOVE ON 2020】スロージャーナリズム講座とは

スロージャーナリズム講座は、SOCIAL WORKERS LABと野澤和弘⽒(ジャーナリスト・元毎日新聞論説委員)との共同企画です。2020年度は「コロナばかりではない 〜この国の危機と社会保障・司法」をテーマに6回のオンライン講座を行いました。

「⻑い時間軸でなければ⾒えないものがある」
「当事者や実践者として深く根を張らなければ聞こえない声がある」
「世情に流されず、⾝近な社会課題を成熟した⾔葉で伝えていこう」

現実を直視し、常識をアップデートし、未来に向かって動き出すために。
これからの時代を⽣きるための基礎教養講座です。

 
SOCIAL WORKERS LABで知る・学ぶ・考える

私たちSOCIAL WORKERS LABは、ソーシャルワーカーを医療・福祉の世界から、生活にもっと身近なものにひらいていこうと2019年に活動をスタートしました。
正解がない今という時代。私たちはいかに生き、いかに働き、いかに他者や世界と関わっていくのか。同じ時代にいきる者として、その問いを探究し、ともに歩んでいければと思います。


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