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課題(14・終)卒業課題

ライター養成講座の課題

(ここは毎回同じ文章載せます)
こちらは2008年に半年間受講していたライター養成講座の提出課題です。
講座で提出したまま15年近く眠ったままなので掲載します。
現在とは社会情勢、私自身の価値観などだいぶ異なることを前提にお読みください。
内容的に許可が必要なもの、私自身が読まれたら恥ずかしいもの以外は掲載予定です。

本文

将棋の駒には日本のいいところが詰まっている!

 将棋界には名人・竜王をはじめとする七大タイトルがある。今から12年前、羽生善治さんがその7つのタイトルを独占し、「七冠フィーバー」が巻き起こった。最近ではNHK「プロフェッショナル」にも出演し、「才能とは努力を続ける力」というフレーズは多くの人の共感を生んだ。
 羽生さんは今年、また七冠を狙える位置にいた。保持していたタイトルは防衛し、新たなタイトル戦に登場しては奪取した。他の棋士の手前大きな声では言えないが、将棋界全体が二度目の七冠への期待に包まれていた。
 残念ながら羽生さんは9月26日に指された王位戦で、タイトルを保持していた深浦康市さんに敗れ、七冠の夢は来年に持ち越された。それでも羽生さんの歩みは止まらない。9月30日には王座戦で木村一基さんの挑戦を退け、王座17連覇を達成している。
 その王座戦の第2局で使われた駒を作ったのが熊澤良尊(くまざわりょうそん・本名よしたか)さん。最高峰の戦いを演出する駒を作っている熊澤さんに、将棋駒の魅力を聞いた。

スタンプ駒から盛上駒まで
将棋駒には多くの種類がある

熊澤さんは約35年前にサラリーマンをする傍ら、趣味として駒作りを始め没頭。平成8年に会社勤めを辞め、「プロ宣言展」を開催した。現在は京都府木津川市、JR加茂駅近くに建てた「将棋駒工房」を拠点に駒作りを行っている。
 将棋の駒と言えば、軽い五角形の木にスタンプで「王将」「歩兵」と押されているものが一般的。プラスチック製の駒もあり、これらは100円ショップでも買うことができる。熊澤さんは駒に使う木の産地にもこだわっており、1つ1つ手作業で作られている。プロ将棋では、熊澤さんのような職人によって作られた駒を使っている。高い駒では数十万円、ときには100万円の値がつくこともあるのだ。
 手作業で作られる将棋駒には大別して書駒、彫駒、彫埋駒、盛上駒がある。
 書駒は駒地の上に直接文字を書いたもの。
 彫駒は文字部分を版木刀(彫刻刀)で彫り、彫った面に漆を塗った駒のこと。
 彫埋駒は、彫った面を漆で埋めてしまう。埋めてから紙やすりで表面を整えるので、漆と木地の境目に段差がない。
 最高級品である盛上駒は、彫埋駒の文字部分にさらに漆を盛り上げたものだ。プロの公式戦では盛上駒だけが使われている。見た目は書駒と変わらないのだが、手間は数倍かかっている。
文字部分は漆が使われているのはどの駒にも共通している。「かつては炭が使われていたこともありますが、水に濡れてにじんだり、手が汚れてしまったりしていたんでしょうね」と熊澤さん。現在はもっぱら漆を使って文字が書かれている。
 駒に使われる木材で最もいいとされているのはツゲ。伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)産の通称「島ツゲ」や鹿児島県の「薩摩ツゲ」が最高級品で、東南アジア原産の「シャムツゲ」もよく使われている。

ゲームに使えればいい大衆駒
芸術性にもこだわった高級駒

 100円から100万円まで、なぜこんなに値段の違う駒が存在しうるのだろうか。
 将棋駒史の研究もライフワークにしている熊澤さんの答えは単純明快。「作りたい人、ほしい人がいたから」。将棋というゲームで遊ぶには安物でかまわない。でも人によっては「もっと綺麗な駒で指したい」「いいものがほしいな」と思う人がいる。また自分で駒を作ってみたときに「工夫すればかっこよく作れる」と思う人もいるだろう。あるいは近所に住む字が上手な人に文字を書いてほしいと頼んだケースも考えられる。少しずつ工夫した積み重ねの先に、現在の高級駒がある。
 使用されてきた駒で最も古いものは、安土桃山期に公家の水無瀬兼成が作った書駒。「水無瀬」の名は駒の書体(駒字の見本)にも残されている。現存するのは数組だが、水無瀬神宮(大阪府島本町)に残されていた記録によると、兼成は生涯に735組の駒を作っている。今年になって、足利義昭が兼成に注文した象牙製の駒が福井県で発見され、水無瀬神宮に里帰りしたというニュースもあった。
 文字を書けるのは公家など一部の特権だった。それでは将棋が上流階層だけのものだったか。熊澤さんは否定する。
「将棋には勝ち負けがあるので、庶民には賭けの対象にもなったと考えられます。漢字は読めなくても、限られた数の文字ですしね。自分が好きだったら記号として覚えると思いますよ。現代でも漢字を読めない子供が将棋を指せるのと一緒ですよ」
 将棋を指す層が二分化されたことで、将棋駒も大衆駒と高級駒に分かれることになった。熊澤さんは語る。
「やっぱり作る人のこだわりが違うんですね。大衆駒はこだわりがないんです。簡単に安く作れて、それが高く売れたらいい。高く売りたいという気持ちはこだわりを持って駒を作る人にもあるでしょう。でも、同時に人に負けないような良い駒を作りたいな。そのためには感性や知識を高めることがポイントになると思いますね」。
 熊澤さんが駒作りを始めたのも、近所に住む人が持っていた盛上駒に魅せられたことがきっかけになっている。「あっ、これいいな」と思ったことが熊澤さんの人生を大きく変えた。

料亭「芝苑」の女将は将棋が好き!
宝石よりも将棋駒を求める収集家

 高級駒はその値段から、一度きりの大きな買い物になると思われがちだ。しかし駒に魅せられた収集家も数多い。熊澤さんの元にも何度も足を運ぶお客さんがいる。
「材料も色々あるし、書体もいろいろありますからね。駒を見ていると表情があるんです。僕の駒を買って、別の駒師の作品を買う人もいるんですよ」(熊澤さん)。
 大阪・天満にある料亭「芝苑」の女将・久島真知子さんもそのひとり。芝苑は、将棋界で準タイトル戦に位置づけられた「全日本プロ将棋トーナメント」決勝の対局場として有名。1984年度の第3回から2006年度の第25回(第20回からは朝日オープン選手権と改称)で終了するまで毎年のように名勝負が繰り広げられた。
 対局場として選ばれたきっかけも、久島さんが「従業員に勝つために」将棋を習っていたから。将棋関係者が芝苑を訪れたときに熱心に将棋の話を聞く久島さんの様子を見て、声をかけられたそうだ。
 駒の購入費を振り込むために銀行に行くと「駒なんて嘘でしょう。宝石を買うんでしょう?」と銀行員に言われたこともある。そんな久島さんは数十の盛上駒を所蔵している。対局者に縁起の悪い駒を使わせないよう、対局前に数種類用意するためだ。
「でもどの駒をいつ使ったとは言いません。例えば羽生先生が前回使って勝った駒は相手にとって縁起が悪いですが、隅っこのほうに用意しておきます。選ぶかな、選ばないかなって黙って見ているんですよ」。
 久島さんが他の将棋駒収集家と決定的に違う点は、所蔵品をプロ公式戦決勝の大舞台で使えることだ。対局場という舞台を彩る1つの要素として、駒は存在する。
「私は料亭の家に生まれたからお茶やお花を習っていたんですが、この仕事だから習わなきゃいけないっていう義務感があったんです。でも将棋の対局場を設営するときに、今までの総決算だと感激しました」。
 将棋は勝つ喜びもあるけれど、プロの対局には伝統や格式がある。タイトル戦では和服を着る。予選でも和室で対局し、対局前後の挨拶、駒の並べ方にも作法がある。対局室を設営するには、照明や小物にも気をつかわなければならない。久島さんにとって、対局室とはそれらが融合した複合美と言える。
 「だから熊澤さんに駒を注文するときには『盤が目立つわけでもなく、駒が目立つわけでもなく、終盤になったら頭の中で駒が鮮明に動くようなイメージ』とお伝えしました。熊澤さんも将棋を指されるので、伝わりやすかったですね」
 そう言って見せてくれた駒は、通常の駒よりも白っぽい印象を受ける。木地は「糸柾」と呼ばれる、年輪があまり目立たないもの。高級駒の中には強い模様が入った「虎斑」と呼ばれる木地が使われることもあるが、「長時間見ていると目が疲れる」と敬遠されることも多い。糸柾は目に優しい木地だ。また、漆で盛られた文字がはっきりとしている。文字だけが浮かんでいるような印象すら覚える。
「私は木が好きなんです。宝石に綺麗さを求めるように、私は木の素朴な美しさに魅せられた。駒箱に使われる桐は湿気を通さず、保管に適しています。(盤に使われる)カヤは修復作用がある。ツゲは綺麗。だから駒の魅力に取りつかれたんです。プラスチック製の駒は味気ないですね。
 でも将棋っていいなぁって思ったのは、阪神大震災のときです。西宮に住んでいたので大阪の店で寝泊まりして、お客さんも少なくてしょぼんとしていました。そこに板前さんがプラスチックの駒と紙に書いた盤を持ってきて『将棋を指そう』って言ってくれたんです。ああ、将棋ってこんなに簡単にできるんやなって、新たな驚きでした」。
 久島さん自身が将棋を指すときには、これらの駒は使わないそうだ。「私はプロじゃないので」と笑う。
「普段使っているのは1万円くらいの彫駒です。飼っている犬が退屈しのぎに噛んだ歯型もついていますよ。なんとも言えない味があるんです」

本来の最高級駒は書駒!?
駒には日本文化が詰まっている

 将棋駒には「書体」と呼ばれる、文字の見本が存在する。例えば「巻菱湖」。実在した巻菱湖という名の書家の筆跡を集めて作られたものだ。前述の「水無瀬」は水無瀬兼成の筆跡ではないが、兼成を初めとした水無瀬家の功績をたたえて後世の人が創作したものと考えられている。
 現在の将棋駒は、書体を忠実に再現することが制作への第一歩になる。字母紙と呼ばれる、書体を印刷した紙を駒木地に貼り付け、紙ごと版木刀で彫っていく。
 しかし刃物で彫っていては、筆で書かれた文字と雰囲気が変わってしまうのではないだろうか。そんな疑問をぶつけると、熊澤さんの目が輝いた。
「そうそう、そうなんや! 他人の字やから、作っていて面白くないんです。コピーみたいなものですからね。何もないところに自由にその時の思いを込めて字を書けたら一番いいですね」。
 書駒は手作りされる駒の中では安物という評価が定着しているが、熊澤さんはそれを覆したいと思っている。
「確かに盛上駒は工程もいろいろあって時間がかかる。書駒は数分でできる。でも駒木地に一瞬で文字を書くには、ずっと培った技術がないと書けないと思うんです。1組(40枚)の雰囲気を揃えないといけませんからね。人真似ではなく、自分の字で書いた書駒を売り出したいと思っています」。
 そんな熊澤さん、実は一度だけ書駒を作ったことがある。現在は大阪商業大学に保管されている「大局将棋」。なんと36×36の升目がある盤上に804枚の駒が使われる、最も多い駒数と盤面の広さを有する将棋だ。2004年にテレビ番組「トリビアの泉」で実際にプロ棋士同士が対局して話題を呼んだが、その放送で使われていたのが熊澤さんの作った書駒だ。
「作れるか自信がなかったので、依頼を受けてからOKと返事するまでに10か月近く考えました」という渾身の作品。やはり最大の苦労は804枚の駒に統一感を持たせることだったそうだ。
「肉筆で書いた駒こそ、究極の芸術ですよね。年をとったら書駒に移りたいと思っています」。
 将棋駒には日本の文化がいっぱい詰まっている。木材、漆、筆、刀、漢字…。手のひらにいくつも載るような駒に、実は和の文化が集約されている。ロマン溢れる小さな木片を見て、日本のいいところを思い出してみよう。

(2008年10月11日)

以下が実際に提出したものの画像です。それぞれクリックすると大きく表示されます。

(2008年10月4日)

2024年のひとこと

というわけで、課題(12)のときに書いた「あの人」と「あの人」、両方に取材して卒業課題が完成しました。今回、ここに掲載するにあたり、おふたりからはご快諾いただきました。ありがとうございます。

本物の雑誌に載る最優秀作には選ばれませんでしたが、優秀作で表彰していただきました。

熊澤さんと久島さんには当時完成品をお渡ししたような記憶がうっすらとありますが、それ以外では初公開です。

当時の熊澤さんのブログには、取材に行った日のことがちらっと書いてありました。

そういえばこのブログ、熊澤さんからご相談いただいてアカウント作成からお手伝いしたものなんですよ。すっかり使いこなされています。

そんなわけで、これにて2008年のライター養成講座の提出課題公開を終わります。
当時の受講生とはひとりしか付き合いが続いていないけど、ほかの人は元気なんでしょうか。と言っても顔も名前も覚えていませんが。

このシリーズのタイトルに使われているこの画像。

特に意味はなく、講座のあとの飲み会写真を加工したものです。

そんなわけで、ご覧いただきましてありがとうございました。

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