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SWING-OによるReview #1

「ル・アーヴルの波止場で」
〜二十世紀歌謡・映画・ノスタルヒア・港町〜
松井邦雄 著 / 池内紀 編 龜鳴屋出版

こういう本を読むと、自分がどれだけ視野狭窄な現代人なのかを再確認させてくれる。この本はそういう意味での村上春樹と同じ空気感でもあるかもしれない。

この本との出会いは遡ると雑誌BRUTUSの「危険な読書」の特集の中に出て来た、日本のインディ出版社「龜鳴屋(カメナキヤ)」の記事がきっかけ。音楽はもちろん本業なのでインディがあるのは知っている、というか俺自身がインディなので肌で分かっているが、出版にインディがあるのはその時初めて知り、興味を持ち、なんか買ってみようと思って買ったうちの一冊だ。(もう一冊は伊藤人誉、それも素晴らしかった)

著者松井邦雄はTBSラジオディレクターとして1957-1993活躍されている傍ら、エッセイなどを書籍にして来られたようで、各方面にその文章の流麗さにファンがいた、という方らしい。その著者と交流もあった池内紀氏が、著者の死後20年を経て編集されたある種のセレクトベスト盤と言った趣の本。

1934年生まれの著者ではあるが、この本に出てくるのはほとんどが1900-40年頃の、著者が生まれる前の音楽、映画が素材になっている。1969年生まれの俺が1950-60年代の音楽を語るようなものかもしれないが、その、著者の博識っぷりがすごい。あらゆる映画の中から設定やセリフや役者の名前がポンポン織り込まれて、正直追いつけないスピードで引用が出てくる。そこがこの本唯一の欠点か?でも読んでいて、忘れかけている「世界の見方」がどんどん出てくるのは確かだ。

3000キロを旅する蝶

引用される話も素敵な話が多い。例えばアメリカに済む「オオカバマダラ」という蝶の話。

メキシコの南北を走るシエラマドレ山中にふしぎな蝶がいる。マダラチョウ科に属する、翅をひろげると10センチほどの蝶である。(中略)翅を広げたところは、優雅なメキシコ女性がさっとマンティーリャを広げた時を思わせ、息をのむほど美しい。英語では<帝王>と呼ばれているらしいが、<王妃>と呼ぶほうがはるかにふさわしい。

オオカバマダラは渡りをする蝶である。渡りというのは、季節に応じて、ある土地から別の土地へ移動することである。渡りをする蝶は他にもいるらしいが、オオカバマダラの渡りというものは想像を絶している。この体長10センチおほどの蝶は、3000キロにわたる旅をするのだ。

、、、3000キロも旅をする蝶!しかも越冬する北アメリカの場所はいつも決まっているが、インディアンだけの秘密になっていたそうで、、、そんなスケールだけですごい。先日知った、400年かそれ以上も生きるサメ、ニシオンデンザメの話くらい、想像を超える生き方だ。

大富豪コールポーターの作曲術

ポップス黎明期の話も多数入っている。一曲につき5,6ページだからまた読みやすい。大瀧詠一さんのラジオポップス伝のような趣もある。個人的に印象に残ったのはコールポーターの話。"Night And Day""Love For Sale"など数々のジャズスタンダードになった曲の作者でもあるコールポーターは大富豪の息子。だから曲の作り方もまた大富豪ならでは。ここでは"Begin The Beguin(ビギンザビギン)”という曲に関する話が書かれている。

コールポーターはジュビリーというミュージカルの音楽を任され、曲を作らなきゃいけないということでどうしたか?豪華客船に乗り、5ヶ月の船旅をしてそこで書くことにしたというのだ。それもピアノから何から持ち込んで。そして南太平洋を航行中に着想を得て完成したのがその曲「ビギンザビギン」なのだそう。ちなみにこの曲は1回しが108小節という特殊な曲。よくある16小節とかとは桁違い。すなわち歌ものとしてはよくカバーされても即興音楽ジャズの素材としてはあまり使われてきていない。なんにせよこの曲もまた大ヒットとなり、富豪の彼はまた更なる富豪へと突き進む。持てる者は持ち続ける、ある種格差社会の基本形を見せられた気もする話だが。。。

著者は船・港好きというのがいい

著者松井邦雄は船、そして港町好きでもあるということで、それにまつわる話も多く、興味をそそられた。港という場所がゆえに生まれる物語、船にまつわる物語は今や全く語られなくなった印象もあるからね。時間をかけて何日も何ヶ月もかけて移動する「旅」というのは、もはや移動行程こそが「旅」なのだ。そのゆっくりと流れる、でも人間としてリアルな時間の流れがもたらす物語というのは、ただ懐かしいというよりも、今こそ必要な物語な気がしてしょうがない。飛行機で、リニアモーターカーでパッと目的地に着いてしまう「旅」とはある種のバーチャル体験と変わらないのではないか?とも思う。

俺自身船に対する思いは一定量ある。幼少期に住んでいたフィリピンはレイテ島で、いつも船を眺めていたから。俺にとって「船」とは「ここではないどこかに連れて行ってくれるもの」「日本に連れて帰ってくれるもの」。あの船独特の匂いごと思い出す。。。。そんな訳で著者が記した「豪華客船物語」という本もポチっとしてしまった(笑)

街を放火する夢

最後に著者が昔よく見たという「街を放火するのを生業にしている」夢の話

街が炎に食べられ尽くし、
(放火犯である)私はその有様を細大漏らさず見届けている。
仕事は焼きはらうだけではない。査察が肝心なのだ。
野焼きが大地に新しい緑を萌えさせるように、都市にも定期的に、綿密な計画による火の洗浄が必要だ。それを戦火や失火という偶然ではなく、冷徹なシステムで実施するのが災厄の叡智というものだ、と、何者かは私に信じさせていたのだ。

もちろん俺は放火犯になるつもりはないが、こうした視点で街を見つめるというのはいいなぁ・・・と思うのだ。
俺も夢の中だけでいいから、
日本を焼きはらいたいと想像する
その後に新しい緑を萌えさせるためにも。


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