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「音楽考古学」と「演者心理学」

「音楽考古学」と「演者心理学」
なんて仰々しいタイトルをつけましたが、
要は昨日(2.12)配信リリースされた
Roberta FlackによるMarvin Gaye "What's Going On"カバー
「これは一体なんだ?」
という話を音楽ジャーナリスト林剛氏としているうちに、
答えが見つかった話、そしてさらに掘り下げて見た話です

はい、大した情報もなく、新曲とアナウンスされてリリースされたこの曲、YouTubeだとクレジットが出ていてこのようになってました。
℗ 2021 Rhino Entertainment Company, a Warner Music Group Company.
Drums: Bernard Purdie
Electric Bass: Chuck Rainey
Electric Guitar: Hugh McCracken
Producer: Joel Dorn
Engineer: Lew Hahn
Mixer: Patrick Milligan
Percussion: Ralph MacDonald
Arranger: Roberta Flack
Vocals: Roberta Flack
Writer: Al Cleveland
Writer: Marvin Gaye
Writer: Renaldo Benson

Bernard PurdieやChuck Raineyこそ健在だが、Hugh McCracken、Ralph MacDonaldはすでにこの世を去っているし、プロデューサーのJoel Dornも同様なので、その時点で「これは蔵出し音源である」ということがまず分かる。更にはこの音質は間違いなく70年代のものだろう。林剛氏も記していたが、この組み合わせからしてAtlanticの、それも70年代前半のものであろうことは推測できる。(音楽考古学)

さて問題は歌。パッと聴き彼女の歌に覇気がない。あの頃の彼女とするならばあの倍音もない。ひょっとして最近歌を録り直したのか?何故なら"What's Going On"がリリースされてから今年で50周年だし、つい先日この曲がリリースされた1月20日がUSがミシガン州の
記念日"What's Going On Day"に制定されたニュースも出たところだ。(「一体どうなってるんだ?」て曲を記念する日って冷静に考えると可笑しいけれど)

「What's Going Onの日」制定ニュース

だが、このWhat's Going Onはカウントから始まる。さすがにその声ごと録りなおすということはないだろう。ということで俺と林剛氏の間では「歌ごと蔵出しですね」との結論に至る。

では何故こういうカバー曲があるのか?の推測に入る。昔も今も演者は「その時に流行っているもの」へのオマージュ、引用がつきもの。この曲の始まり方からして真っ先に俺が思い浮かべたのはこの曲。同じBernard PurdieとChuck Raineyによるグルーヴだ。

"Rock Steady" by Aretha Franklin 1971年リリース

正確なレコーディング日程は分からないものの、こういう最高なグルーヴ、グルーヴのみで行ききっちゃうような曲に手応えを感じていたBernard PurdieとChuck Raineyが「Robertaもこういうのをやって見なよ」て感じで遊んで見たのではないか?同じく1971年1月にリリースされ大ヒットしていた"What's Going On"を試しに乗っけてみて、、、そんなマッシュアップセッションじゃないか?と。実際ロバータは曲をそんな書くひとではない。カバーアレンジのオリジナリティと同世代のソングライターに提供してもらった楽曲によって徐々にキャリアを積み重ねてきた人だ。1971年の時点ではまだ大きなソロヒット曲に恵まれていなかった彼女が、他現場でも大活躍中のミュージシャンやプロデューサーの意見を素直に聞くことは想像できる。(演者心理学)

ってことは1971,2年あたりの彼女の作品をチェックしてみれば更に何か物語が見つけられるかもしれない。彼女がその頃リリースしたのは
"Quiet Fire" 1971年
"Roberta Flack & Donny Hathaway" 1972年

(ちなみにRock Steadyのエレピを弾いてるのはDonny Hathaway)

じゃあまず"Quiet Fire"から聴いてみよう。。。そしたらいきなり答えが現れた!

"Go Up Moses" by Roberta Flack 1971
from "Quiet Fire"

もう始まり方からギターからグルーヴから、まんまじゃないか!しかもこの曲のクレジットはほぼほぼ一致する。違うのは上記"What's Going On"面々に
Grady Tate : percussion
Background voices : Joel Dorn,Arif Mardin,Sammy Turner,Jim Bailey & Ronald Bright
が加わっているくらい。

実際に、Roberta Flackの"What's Going On"のイントロが流れているときにShazamをすると"Go Up Moses"が出てきます。Ai的にも同じってことですねw

そしてもう一つの事実を発見する。そもそもリリースされたこの曲は"What's Going On"より短い。
"What's Going On" 6分30秒
"Go Up Moses" 5分20秒

そしてよーく聞き比べると分かるが、ドラムのフィルが入ってくるのが"Go Up Moses"の方が早い。
"What's Going On" の最初のドラムフィル 1分28秒
"Go Up Moses" の最初のドラムフィル  56秒

俺の分析によると、長い方"What's Going On"の30秒あたりから1分あたりをカットすると演奏が全部一致する。かつ"What's Going On"が最後まで演奏があるのに対して"Go Up Moses"はフェードアウトだ。これで1分強の時間差の理由を説明できる。

*****

以上から導き出される物語は下記のようになる。

■1
先に録音されたのは"What's Going On"である

■2
当時黒人がメッセージを発信する音楽の形New Soulが世界に影響力を広げていく真っ只中、黒っぽさの象徴でもあるファンキーな、"Rock Steady"的なグルーヴに乗せて"What's Going On"を歌ってみる、もしくはジャムってみるが、カバーとしての手応えはあまりなかったのではないか?そのdemo感、トライアル感が昨日発表されたRoberta Flackの歌の覇気のなさの理由だろう。よく言えば歌詞の諦観がうまく出ていると言えなくもないが、、、

■3
カバー制作を諦めたのか、その途中で気が変わったからかは分からないが、「どうせならこれを土台にNew Soulな曲を作ろう!」とプロデューサのJoel Dornと共に仕上げたのが"Go Up Moses"ではないか。その証拠に上記のような編集点が見出されること。そして当時公民権運動家として多大な影響力のあったJesse Jackson牧師のクレジットが"Go Up Moses"にはある。きっと牧師の言葉の引用が歌詞にあるんだろう。"What's Going On"もJesse Jacksonの影響下にはあるが、そもそもマーヴィンは権利にうるさい&搾取の傾向にあるのでクレジットされてない。が、こちらは制作陣がクリーンなため(笑?)、クレジットがある。

■4
Aretha "Rock Steady"のレコーディングがいつかは定かじゃないが、wikiにあるように1971年11月にリリースを前提に逆算すれば、上記の想像は少なからず当たっているかと思われる。つまり"What's Going On"発売と"Rock Steady"のレコーディングの後に、その間をとったような"Go Up Moses"が作られた、と。ただ、ちょいと黒人霊歌っぽすぎたので、シングルのB面に甘んじる形で終わってしまったが、、、

■5 (追加)
録音順は俺の推測が当たってたとしても、世に出たのは"Go Up Moses"が先。つまりこの演奏で仕上げられた曲の作曲クレジットは(Roberta Flack/Jesse Jackson/ Joer Dorn)として世に残っている。このオケを土台に"What's Going On"を歌ったものをそのままMarvin Gaye側のクレジットにしていいものだろうか?と言う疑問は残る。ロバータ本人が歌ってるとしても。


いかがでしょう?
音楽考古学(系譜学でもいいけど)と演者心理学を駆使してこうした想像するのは面白い。表記に残っているだけが歴史ではないからね。演者であり音楽考古学者を自負するSWING-Oだから出来る分析、でした。

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