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小説 「Bad Trip」

 NETbRAINの年越しライブが長稔で行われることを知ったのは、12月に入ってから何日か過ぎた後のことだった。この時期毎年インダへの徒歩旅行に出る友人の間宮大輔は、今年はその予定をキャンセルして、僕と一緒にNETbRAINのライブに行く様である(間宮は1日1000km移動できる強靭な足を持っている。しかしその足を持ってしても、ミマラヤ山脈越えは毎回厳しいらしい)。
 今回長稔へは、起業家として成功した昔からの友人である西山太郎のプライベートジェット機で向かう。彼は、いわゆる『ネオタイパー』と呼ばれる人類で、生まれながらにして色々な能力が備わっている(ジェット機は彼の操縦で行く。乗り物の運転は、さほど苦にならないらしい)。
 ライブにも誘ったのだが、
「汚いところには行きたくない。」
 と一蹴された。
  
 12月31日の長稔は猛吹雪だった。西山のネオタイパーの能力を持ってしても、着陸は困難だと言うことなので、スリルが大好きな僕と間宮は、西山が軍事用に開発した、どんな強風にも耐えられる特性ワイヤーを張ったパラシュートで高度4000mから降下することにした。
 
 NETbRAINのライブは長稔の『地下下層部』で行われる。現在長稔は、『地上部(第1世界)』、『地下天井部(第2世界)』、『地下下層部(第3世界)』、に分かれている。

 唐突だが、間宮はゲイである。それも少年専門だ。彼は少年を買うために、たまに長稔の地下下層部に行く。『地下下層部(第3世界)』では、金さえあれば手に入らないものは無いと言われている。世界有数のマフィア組織が地下下層部を牛耳っていて、濃縮ウランから麻薬まで何でも買える。そのため犯罪も絶えない。下に行けば行くほど治安は悪くなった。「自由になる。」と言う者もいたが、もはやそいつは人間とは言えないだろう。
 
 スラム化した地下下層部では、ドブ川を横に見ながら暮らしている人々が大多数だった。
 不衛生で食料もなく、生まれてから3日以内に死ぬ子供が3割もいた。それでも地下下層部の不衛生さに耐性のできた人々のため、人口は増加し続けた。
 食糧を巡る殺し合いが絶え間なく起こり、力のない少年少女は、自らの体を売り、家族の生活を支えた。 
 
 吹雪は全てを飲み込もうとしているかのように荒れている。
 僕たちは、西山に礼を言い、吹雪の空へダイブした。体の丈夫さには自信があったが、流石に真冬の上空の寒さはこたえた。吹雪で見えなかった長稔のビル群が徐々に見えてきた。着陸地点になっているのは、『オレンジビル』と呼ばれるビルの屋上だ。名前の通りオレンジ色に光るビルである。吹雪の中で徐々に見えてきたオレンジビルの淡い光は、まるで金木犀の花の様で、あの秋に薫る甘い匂いを思い出させた。
 
 蜜を求めて花に向かう蜂のように、僕たちはオレンジビルへと吸い寄せられていった。
 降り立ったビルの屋上には、雪が少しも積もっていなかった。そして、着地の衝撃を全く感じないくらいに、フカフカとしていた(何か特殊な素材を使っているのだろう) 。
 足元はオレンジの光に包み込まれ、霞んでしか見えない。「長稔一美しいビル」と言われるだけのことはある。   
 
 僕たちはビルの中へ入る入り口を探した。
 屋上の面積があまりに広く、それに吹雪も重なって視界が開けないためだ。ただ足元はほのかに暖かく遭難の心配はない(ビルの屋上で遭難なんかしたら笑い話にしかならない)。
 這うように歩きながら、ようやく入り口らしい真っ黒い大きな扉を見つけた。鍵はかかっておらずそのまま内へと入ることができた。
 
 
 ビルの中はやはりオレンジ色に発光しており、かなり広い通路を挟み、等間隔で真っ黒い扉が何十個も並んでいる。
 僕たちは下へ向かうため、エレベーターの扉を探した。見栄えを気にしてか、あからさまに『エレベーター』とすぐに判断できる扉は見つからない(オレンジビルも、やはりマフィアが巣食うビルのため防犯の意味もあるのかもしれない。出入りする人間は身内がほとんどだから、どれがエレベーターの扉かは全員が覚えているのだろう)。
 埒が明かないので、僕たちは試しに黒い大きな扉を一つ開けてみた。
 
 だだっ広いホールの様な空間の中心に、天井からぶら下がった電球が1つ。明かりはそれだけだ。その下に円卓が1つあり、男4人がそのテーブルを囲んで座っている。何をしているのか、確認するために近づくと、背中を向けて座っていた男が、振り返ってこちらを見た。左耳が無かった。傷は治りかけで、そんなに古い傷というわけでもなさそうだ。
 4人はポーカーをしていた。薄暗い灯りの中でよく見ると、片目に眼帯を付けた者、手指に血の滲んだ包帯を巻いた者、肘から先が無く、片手でトランプを持ち、器用にカードを投げながらゲームをしている者、全員が体のどこかしらが欠けていた。     
   
「お前ら、どこの組のもんだ?」  
 眼帯をした男が聞いてきた。
「別にどこのもんでもねーよ。」
「何をしにここに来た?」
「下に降りるエレベーターを探してただけだよ。」
「ここに来るのは初めてって訳だ。」
「ああ、そうだよ。悪りーけどエレベーターはどこだか教えてくれねーか?」
「まあそう焦んな。1ゲームだけやっていかねーか。」
「悪りーけど急い・・・」 
 耳のない男が銃をこちらに向けていた。いつでも撃てる体勢だ。
「これは強制だよ。」
 仕方なく耳のない男と変わり、席についた。

「ルールは簡単。自分の体の一部を賭けて、ポーカーをする。賭けた体の部位によって、賞金が決まる。負けたら無くなる。それだけだ。」
 こちらも銃を持っているので、撃ち殺して逃げてもよかったのだが、面倒臭いのと賞金がどれくらいなのかが気になったので、一番害の無さそうな左足の小指を賭けた。
「そこじゃ5万ボォンってとこだな。」
 思ったよりかは高かった。さすがオレンジビル。妙なところで感心してしまう。
「じゃあ俺が親で始めるぞ。」
 眼帯の男がカードを配り始めた。
 
 2ペアー。1枚変えてフルハウスを狙う。
 失敗。
 もう一度変える。
 成功。フルハウス。
「俺はここでストップ。」
「早いな。いいのか?」
「ああ。フルハウス。」
 他の奴らは、3カードとストレート。
 親の眼帯の男が、ニヤニヤしながらカードを見せる。
 4カード。親の一人勝ち。
「じゃあ賭けたものを貰おうか。」
 
 その時、どこから来たのか全く気付かなかったが、覆面を被った肥えた男が3人、肘から先の無い男の周りを、取り囲んでいた。確かこの男は、300万ボォン目当てに左足を賭けていたはずだ。
 覆面の男たちは、(顔のわきに小型カメラを付けている。誰かがライブでこの様子を見ているようだ。)2人がかりで男を押さえ込み、残りの1人が鉄製のノコギリを、持っていた袋から取り出した。片腕の男は、恐怖のあまり突然笑い出したり泣き出したり、情緒が不安定だ。
 体の重さで押さえ込まれ、身動きの取れなくなった片腕の男の左足に、ノコギリの刃が入った。肉の引きちぎれる音と、男の発狂に似た叫び声がホールに鳴り響いた。骨にあたり、木を切るのに近い音がして、片腕の男は気を失った。残りの肉を切り、覆面の男たちは切り取った左足を袋に入れ、男の足の付け根に丁寧に包帯を巻いてやっていた。
 覆面の男たちがこちらを見たので、僕と間宮は、眼帯の男と、手指の無い男と、耳のない男を撃った。3人は床でのたうち回り、覆面たちが、どうしていいか分からない状況になったその隙に部屋から出た。
 
 広い廊下を全力で走りながら、扉を1つ1つチェックしていく。何かエレベーターと解る印はないか。細部を見ながら走る。
 追ってくる気配が無いので一旦止まった。息が上がり喉が渇く。ふと横の扉を見ると、扉の上の部分にデジタルディスプレイがついていて、赤い数字で(100)と表示されている。まさかと思い扉の横端を見ると上下の矢印が付いていた。下向きの矢印に触ると、数字が101、102と動き出した。どうやらエレベーターで間違いないようだ。オレンジビルは200階建てだから、僕らのいるフロアは200階のはずだ。
 エレベーターが到着するまでの時間が馬鹿みたいに長く感じられた。数字が160になった時、銃声が聞こえた。音のした方向を見ると、先ほどの覆面の肥えた3人の男たちが、銃を向けながらこちらに向かってくる。
 僕と間宮も手持ちのリボルバーで応戦する。球をこめては打ち、こめては打ちを何回か繰り返すと、ようやくエレベーターが200階に到着した。すぐに乗り込み扉が閉まると、聞こえていた銃声が、だんだんと遠くなっていった。
 
 
 途中でエレベーターに乗って来る者も無く、無事にオレンジビルの1階ロビーにたどり着いた。ロビーには誰も居らず、それが逆に怖く感じられた。
「とっとと出よう。」
 間宮が僕に言った。
「そうだな。」
 監視カメラが付いているのはわかっているので、僕たちはなるべく目立たないように、ゆっくりと慣れた感じでビルの出口へと歩いていった。
 意外なくらいあっさりとビルから出ることができた。まるで200階で起こった出来事が嘘のようだった。
 オレンジビルを出ると吹雪は少し収まっていた。僕たちは西の方向へ、早歩きで歩いた。1時間ほど歩くと、だんだんと人が増えてきて、繁華街が近づいてきた。年末の街は賑やかで、屋台や飲み屋などにも客が入っている。
 
 僕たちは客のいない屋台の裏へ行き、ビルとビルの間に入り、持っていたマリファナ煙草に火をつけた。一本を回し吸いをし、少しキマった状態になった。まどろんだ街の滲んだ光を眺めながら、ゆったりと歩いた。ラーメン屋の屋台を見つけ、席につき、2人ともネギラーメンと餃子を注文した。
「このネギがヤバいんだよね。」 
 その後会話もせず、ただラーメンと餃子を貪り食った。
 
 今いる辺りは、比較的治安が安定したエリアで、長稔の1階級市民の住む地域である。
 一流のブランドショップも多くあり、はっきり言えば、金持ちたちの遊び場だ。
 地上部(第1世界)でも治安の良い地域と悪い地域があり、先ほどまでいたオレンジビル周辺はマフィアも多く、一般人はあまり寄り付かない治安の悪い地域である。
 
 『K共和国』は、長年食糧不足に悩んでいた軍事国家であったが、近隣諸国との和解後、各国から食糧支援を受け、軍事費に回っていた資金はインフラ整備、産業開発に使われ、経済は発展した。国は活気づき、首都である長稔は世界でも有数の都市となった。
 しかしそれでも、地下天井部(第2世界)と地下下層部(第3世界)は存在する。第1世界の光が強い分、第2、第3世界の影は濃くなっていった。結局貧富の差が生まれ、金を持たない者は下へ下へと追いやられていった。
 
 食事を終えると、僕たちは、繁華街を再び西の方向へと歩いた。第2世界への入り口のゲートは、長稔の街の西の端にある。しばらく歩くと、人が疎になり、廃墟と化したビルやマンションが少しずつ現れはじめた。長稔に限らず、都市には必ずこのような場所がある。
 道端で横になって震えているいるホームレスに、
「タバコは無いか?」
 と声をかけられたので、タバコをやると、先ほど、高級車が列を成してゲートの方へ向かったと教えてくれた。NETbRAINのライブの客だろうか。考えたが判断がつかなかった。
 
 
 街の外れにある山に掘られたトンネルが第2世界の入り口であるゲートだ。厳重とまでは言わないが、何人かの兵士が銃を持って警備している。車1台分の道と歩行者用の小さな通路しか無く天井は少し高いが狭いトンネルである。
 地上部から下へ行く分にはそこまで厳しい審査はない。簡易的な持ち物検査と、特別なパスポート(間宮が長稔の腕のいい偽造屋に造らせた)を見せればOKである。
 ただ出口である第2、第3世界から地上部へと上がって来るゲートはかなり厳しい審査がある。所持品の大半が没収される(土産になるような物など元々売ってない)。戦車や装甲車が何台もあり、戦争でも始めそうな雰囲気だ。実際出口のゲートの兵士には発泡する許可が出ているため、何かあれば戦争さながらの銃撃戦が行われる。
 
 基本的に、第2、第3世界の住人たちは地上部に上がることが出来ない。ビジネスマンや旅行者だけが、上と下を行き来出来る。昔は抜け穴が造られたりしたが、当局の見張りがすぐに見つけ、爆弾を使い数時間以内には穴は潰されるため、最近は脱走者もほとんどいなくなったようだ。唯一、偽造パスポートだけが地上部へ出るための手段だが、第2、第3世界で売られているパスポートは格段に高く、一般市民には到底手に入れられる代物ではなかった。


(続く・・・・)

#創作大賞2022

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