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創作 「ニシンの味」


 
「父がよく身欠きニシンを買ってくる。それを晩御飯に、父と母と僕で食べる。
 正直な話、子供の頃からずっと食べてるけど、1度も美味しいと思ったことはない。ただそのことを父に言ったことはない。母に聞くと、北海道出身の父と母は、子供の頃からずっと身欠きニシンを食べてるらしい。いわゆる「ソウルフード」というやつだ。
 今日も身欠きニシンが、晩御飯のおかずの1つに出た。そして今日も変わらず、美味しくなかった。これから先、いつか美味しいと思える日が来るのだろうか?」
 
 という日記が、部屋の片付けをしていたら出てきた。
 1年前、母が死んだ。後を追うように父もガンで息を引き取った。
 結構な年齢まで実家にパラサイトしていた私は、誰もいなくなった実家の、そのままになっていた自分の部屋の片付けをしていた。
「ずいぶん狭い部屋に居たな」と、久しぶりに来た実家で、積み上がった漫画本に気を取られながら思った。
 実家を出てからは、1度も身欠きニシンを食べなかった。飲み屋に行っても、置いてあるところが無いし、そもそも美味しいと思ってないから頼むこともない。
 
 実家の近所にあるスーパーへ行った。父がよく買い物してたところだ。鮮魚コーナーへ行くと身欠きニシンが置いてあった。
 実家のコンロでニシンを焼いた。香ばしい匂いが家の中に広がった。
 10数年ぶりに食べた身欠きニシンはやっぱり美味しくはなかったが、なんかほっとする味がした。

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