【講演】唯一無二の劇場”クレスト座”〜松家仁之×角田光代×小川高義「海外文学のない人生なんて」No Foreign Literature, No Life

日本出版クラブが移設されるとのことで、前回よりこれでしばらく神楽坂にくることもなくなるな、としんみりしていたのですが、存外早くに再訪のときがやってきました。神楽坂と言えば新潮社。そして新潮社と言えば!クレスト・ブックス!こちらのシリーズが創刊20周年を迎えられ、記念イベントが催されたのです。クレストの創刊編集長松家仁之さん、クレストを大量に読み続けていらっしゃる作家の角田光代さん、そして翻訳家の小川高義さんという豪華な顔ぶれ。

角田さんが翻訳小説を読むようになった背景として、90年代から読みやすいものが出てきたためとおっしゃいましたが、小川先生は「それは『翻訳する』という意識がないから」とのこと(つまり従前の翻訳もののように単語の置き換えをしなくなった)。「原文は脚本で、訳者は役者。それぞれに個性がある。出て行く場所として、つまり舞台としてクレストがある。クレスト座だと考えている」と。クレスト・ブックスは、もともと翻訳小説がお好きな松家さんが「セレクトショップ的なシリーズを作りたい」として生まれたそう。まさにその目論見のとおり、私自身も「この作家さん、読んだことないけどクレストなら」と選んだ経験は数知れず(ベルンハルト・シュリンク、エトガル・ケレット、トンミ・キンヌネン、ジュリー・オオツカ、ジュリアン・バーンズ……クレストを通して出会った大好きな作家さんたち)。

小川さんからは翻訳のポイントも、日本との文化的違いを踏まえてご教示くださいました。外国文学で感じるのは「言語にする意思の強さ」つまり、めちゃくちゃよく喋る、ということ(たしかにヒースクリフもよく喋る)。だからこそ、ここぞというときのために、”he said”のような記載は訳さずに言葉を節約されるそう。カタカナも減らしたいので、名前を出す必要のない人物はその名も省略することがおありだそうです。

また角田さんからは、「日本人は外国文学を読む素養があると思う」とのことで、ご自身がプロモーションでアメリカを訪れた際に、現地の読者が物語よりも日本の文化にこだわりすぎるきらいがあると感じられたそう。たいして、日本人は、宗教や文化の違いにも蹟かずに外国の物語を楽しむことができる、と。小川さんいわく「それは日本が昔から翻訳をしてきた国だからではないか」。こういう文脈で私がいつも思い出すのが解体新書のこと。インターネットはもちろん辞書もない時代から、翻訳文化を作り上げてきた先人に頭が下がります。自宅にいながらにして何でも調べられるようになった現代、古典新訳をされる意義についても小川さんはお話しくださいました。

小川さんの次の訳書は、あの俳優トム・ハンクスが書いた短編集です。とは言わないほうがいいのかな、「トム・ハンクス」の情報が邪魔になるくらいいい作品なのだそう。松家さんからは「まだ半年あるけど、きっと今年一番の作品」との太鼓判。角田さんもお読みになり(原書で読まれたのかしら、はじめは有名俳優と同姓同名の作家だと思ったとのこと笑)文章がキラキラした光を放っていると大絶賛。八月末の発売とのことですが待ちきれません〜。

ゆったりと流れながらも、高密度で情熱的なお三方のトークは、ずうっと聞いていたい(いや、聴いていたい、かな)ものでした(松家さんと小川さん、お声がよく似ていてどちらも素敵なバリトン♪)。じつは昨日は締め切りの前日でとてもバタバタしており、入場したのも開演時刻を少し過ぎてしまったのですが、せわしなく雑事が飛び交っていた頭の中が、ふわんと心地よくとろけていくような幸せな時間でした。行って良かった〜。クレスト・ブックス、これからもコツコツ集めよう。

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