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『ジャンダルム』(2)徳沢園のソフトクリーム【ノンフィクション小説】

上高地バスターミナルを出た私は河童橋に向かった。
森の中を多くの観光客が歩いている。
すると、看板があった。
上高地の奥に行くには梓川あずさがわの両岸を行けるのだが、いつも行く左岸の方は明神みょうじんまで通行止めとなっていた。
明神までは距離の長い右岸を迂回せねばならなかった。
これは私の情報不足だった。
河童橋周辺はまるで銀座だった。
河童橋を渡るには、真っ直ぐ歩くと誰かの肩にぶつかるという具合だった。
私はこの橋を左岸から右岸に渡らねばならなかった。


地図では明神まで一時間十五分とある。
私は観光客を追い越しながら、スタスタと木道を歩いた。
途中、美しいと思った景色を写真に撮ったが、「前回も撮ったな」と思った。美しいと人が思う景色はたいがい同じようだ。


明神に五十分で着いた。明神みょうじんいけに寄って行こうかと思ったが、たしか、槍ヶ岳から下山したときに寄ったが、あそこは拝観料を取られるし、たいして美しくなかったという記憶があるし、第一面倒だったので寄らずに橋を左岸に渡った。
左岸にある明神館みょうじんかんの前には休憩スペースがあり、私はザックを降ろして水を飲んだ。
上高地方面には道にロープが張られていて通行止めの看板がある。
私は次の徳沢とくさわえんでソフトクリームを食べようと思い、明神館前を出発した。
徳沢園までずっと森の中の平らにならされた道を歩いた。
四十分足らずで徳沢園に着いた。私は小屋前にザックを置いて店に入った。ソフトクリームには、コーヒーをかける物と、コーラをかける物があるらしかった。私は普通のソフトクリームを頼んだ。
観光地のソフトクリームなどバカみたいに高い物だ。しかし、普段ソフトクリームなど食べない私がこういう所に来ると高くても買って食べてしまうから不思議な物だ。
ソフトクリームを食べ終ると、私は尿意を催した。
小屋の前に有料のトイレがあった。
しかし、そこの看板に百メートル戻れば無料のトイレがあると書かれてあった。
私は百メートル戻るより、百円払って有料トイレに入ることを選んだ。
二十代のパートで働いていた頃ならば、百メートル戻ったことだろう。しかし、現在四十五歳の私は金持ちではないが、収入が安定している。そこには百円に対する価値観の大きな隔たりがある。百円ごときをケチりたくはなかった。私はジャンダルムに登るのだから。
そうして私は徳沢を出発した。

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