まこもと水鳥たちの物語           ―「マコモ菌」の発見― 第1話「沼の守り人」

霊草と呼ばれるマコモ

実在人物である、マコモ菌を発見した、故小野寺広志氏をモデルとし、事実をもとにした、物語仕立てのフィクションで、物語を書いてみました。

マコモ菌についての、病気治療の書物は、いくつかありますが、どれも古書で、希少価値から、数万円もします。

しかし、医療に大変貢献している植物の存在を知って頂きたく、まずは、マコモについて、物語にしました。

太古から出雲大社の本殿のしめ縄になっているマコモ。
縄文時代から、日本では大切にされてきたマコモ。
インドでも治療に使われてきたマコモ。
古事記や日本書紀に記されるマコモ。
微生物の神秘マコモ菌。

数話続きます。

「沼の守り人」

ひろしは、大変わんぱくな男の子でしたから、
自分より年かさの大きな子供たちを引き連れては、沼と草原が広がる里山で、
来る日も、来る日も駆け回って遊んでいました。

このあたりには、名のある大きな沼もあれば、名もない小さな沼もたくさんありました。

沼と呼ぶには小さく、池と呼ぶには大きい沼のことを、人々は「まずん」と呼んでいました。

ひろしの一番のお気に入りの場所も、この「まずん」です。

山と「まずん」の間にある草原に、ひろしは、いつもゴロリと寝っころがって、

雁の群れが空を賑わしている姿や、白鳥たちがスーッと「まずん」に着地する様子を、
眩しそうに目を細めて、いつまでも見ているのでした。

「まずん」にいると、
時の経つのも、お腹が空いているのも、すっかり忘れてしまうのでした。
ひろしは大自然の一部分でした。
大自然もまた、ひろしをそう認識していました。

さて、今朝は良いお天気です。
晴れ渡った秋空の青色が水面に映り込み、
その上を、美しい水鳥たちが、泳跡を残していきます。
「まずん」は、遥か遠い北の地から越冬のために渡ってきた、
白鳥や雁や鴨たちで賑わっています。

と、その時、何やら遠くのほうから、騒がしい声が聞こえてきました。
山から「まずん」めがけて、わんぱく小僧たちが駆け下りてくるではありませんか。
手に竹竿や木の枝を持った5人ばかりの男の子たちは、勢いよく走っていたのですが、
「まずん」の手前の草地でピタリと足を止めました。

山々と「まずん」の間には、平らかな草原が広がっています。
子供たちは、草原の叢(くさむら)に隠れるようにしゃがみこみ、何やらひそひそ話を始めました。
さきほどとはうってかわって、大変静かです。
いったい何を話しているのでしょう。

おや、誰かが、その叢から立ち上がりました。
そして、かがみこんだり立ちあがったりしながら、
静かにそっと水辺のほうへ近づいていきます。
そう、その子供は、ひろしでした。

ひろしは何かを調べるように、じっと水面を見つめています。
他の子供たちも、その様子を、ずっと後ろから見守っています。

「まずん」の水辺には、背丈より高い草が一面に自生しています。
その間を縫うように、水鳥たちが、たおやかに滑っていきます。

と、その時、ひろしの目が、何かを捉えたようです。
ひろしは、ここぞとばかりに息をひそめて、意識を集中させました。
遠くの山で響きわたる鳥の鳴き声や、水鳥たちの羽ばたく羽音が、風音に混ざって、
急にひろしの耳元に迫ってくるようでした。

ひろしの視線の先には、背丈より高い草が生えておりました。
その草の陰から、スーッと一羽の雁が、姿を現したのです。
雁は、何やら首を傾けるような不思議な動きをして、再び草の中に消えていきました。

ひろしは、さっきよりも、よっぽど、そおっと歩きながら、
もっと雁の側に寄ろうと足を進めました。
しかし、足を止め、ハッとして後ずさり、「やっぱり、そうか」と、小声で呟きました。

不思議な動きをしていた雁は、羽に傷を負っていました。
ひろしは、実は数日前から、そのことに気づいていました。
雁のことが心配で心配で、毎朝こうして皆を引き連れて、
「まずん」にやってきていたのですから。

そして今、やっと傷口を近くで見ることができました。
雁の羽の傷は、猟銃で撃たれた痕だったのです。

ひろしは、この「まずん」の水鳥たちを、いつも天敵から守っていました。
特に、こうして傷ついた水鳥たちを見ると、一層その役割を果たそうと頑張るのでした。
キツネやタヌキなどの天敵が「まずん」に近づくと、
大声を出したり、水面を竿で叩いたりして、水鳥たちに逃げるよう、知らせるのです。

しかし、一番の天敵は人間でした。
こうして、わんぱく小僧たちを「まずん」に連れてくるのも、
猟銃をもった猟師たちから水鳥たちを守るために、人手が必要だったからなのです。

雁たちは、遥か遠い北の地から、はるばる4千キロ以上もの長い長い距離を飛んで、
ひろしが住むこの地にやってきます。
そんな果てしない距離を、V字型の編隊を組み、一体となって飛んでくるのです。

先頭の雁が羽をはためかせると、左右斜め後ろ側に風の渦が生まれ、
その渦が上昇気流となって、後方を飛ぶ雁たちの飛行を助けます。
真後ろだと風は下を向き、下降気流に押されてしまいます。
これでは風に乗れません。

ですから一列飛行ではだめで、V字型になって、みんなで飛ぶのです。
こうして上昇気流に乗っかれば、力を使わなくてもスイスイといつまでも飛べるのでした。

けれど、先頭の雁は一番大変です。
誰かが作り出す気流に、ただ乗りすることはできません。
みんなのために上昇気流を作り出し、真っ先に風を切って、
みんなを守りながら飛び続けます。

「先頭は気持ちよさそうだが、かなり過酷だろう」
「先頭の雁は、交代しながら飛ぶのだろうが、
それでも先頭を引き受けている間は命がけだろうな」
ひろしには難しいことはわかりませんでしたが、それだけはわかっていました。

この傷を負った飛べない雁も、ケガをする前はV字型編隊の先頭を切って、
大空を飛んでいたのだろうと、ひろしは思いました。
過酷な先頭を担うのは、もう無理かもしれないが、せめてもう一度飛べさえしたら、
皆に助けられながら、V字型編隊の後ろのほうについて北の地まで帰れるのにと、
ひろしは心をいためるのでした。

ひろしは、自分がV字型編隊の隊列の先頭になって、
傷を負った雁を連れて、飛んでいる姿を思い浮かべました。
青い空の中も、暁の空の中も、虹のかかった海も超えて、
スイスイと翼をひろげて、どこまでも一緒に飛んでいくのです。

ところで、この「まずん」は、よーく観察してみると、
他にもケガをした水鳥たちがいるようです。
それどころか、ここはまるで、ケガや病気をした水鳥たちの
療養所のような不思議な場所なのです。

実はひろしは、そのことをずっと不思議に思っていたのでした。
ケガや病気の水鳥たちが、
なぜかこの「まずん」に集まってくることに、ひろしは気づいていました。

だからこそひろしは、誰に頼まれたわけでもないのに、
毎朝早くから夜遅くまで、まるで沼地の番人のように、
療養中の水鳥たちを一生懸命守っていたのでした。

ひろしは、沼の守り人です。

しかし、そんなひろしの思いをよそに、
傷を負っていた雁は、ある日「まずん」からすっかり姿を消してしまったのです。

傷が深くて、死んでしまったのでしょうか。
それとも、天敵に食べられてしまったのでしょうか。

ひろしは、来る日も来る日も探しましたが、それっきり見かけることはありませんでした。

続く



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