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源氏物語ー融和抄ー河原の語源に迫る②

 冬のダイヤモンドの一角を担う、ぎょしゃ座のカペラ。その和名を河原星という。

 ぎょしゃ座は老人が子山羊を抱いている形をしていますが、カペラとは、「雌の子山羊」を意味します。
 ぎょしゃ座の神話についてはいくつかの説がありますが、一般的に知られているのはアテナイ王エリクトニオスの話でしょう。
 ですがどの話を参考にしても、何故子山羊を抱いているのかが不明です。

 カペラにあたる雌の子山羊が意味するところは、ゼウスを育てたアマルティアの話に由来するという説があります。
 この話にも諸説があり、納得いかない思いがつい先立ちますが、興味を惹かれたのは、ゼウスがその乳を飲んで育ったと伝わる子山羊の折れてしまった角は、あらゆる食べ物も飲み物も生み出す豊穣の角であるという話です。
 例えばそのような特別な子山羊だったとしましょう。そしてとある説を考えてみます。

 その子山羊は太陽神へーリオスの娘でしたが、醜かった為にティーターン達から疎まれクレタ島に住むニュンペーのアマルティアに預けられたという説です。
 この子山羊の乳を飲んで育ったゼウスは、神託によりその皮からアイギスを作りました。そしてその後、子山羊はぎょしゃ座のカペラになった、という話です。

 アイギスというのは、ギリシャ神話において、ゼウスが作った防具のことですが、これをゼウスが娘のアテーナーに与えたとする説があります。
 ペルセウスがメデューサの退治に成功して、その首をアテーナーに捧げると、アテーナーはこれをそのアイギスに埋め込み、より優れた防具にしたとされます。
 アテーナーはメデューサの退治に向かうペルセウスに、青銅のように輝く盾を与えたとされていますが、この盾がそのアイギスだとする説もありますし、アテーナーが身につけていたものとする説もあります。

 不思議なことに、真鍋大覚は河原星の章で、ケフェウス座について触れています。
 ペルセウスが海の怪物に捕らえられていたアンドロメダ王女を救い出す神話は有名ですが、エチオピア王ケフェウスは、そのアンドロメダ王女の父です。
 『儺の國の星』では、古代ナイルのテーベ第十七王朝の頃、ケフェウスの星群れは夏至の神として天頂に登り、その信仰は近東のカルデア王朝まで引き継がれたと伝えています。
 真鍋は、その頃に熟れるほおずきの赤とケフェウスの星群れを叙情的に語ります。

 真鍋大覚が綴ったこの河原星の章は、夏至と赤がテーマになっています。
 赤米、赤土、ほおずきの熟れた赤。天頂のケフェウス、殷のひさかりのまつり。

かつてSoptは夏至の黎明をかざる星であった。五〇一六年昔の埃及(エジプト)は、大地を女神として人間は地の栄であり、光であると信じていた。これに対して Capellaが春分の正午にMesopotamiaの天頂に達する時をもって、天の栄と光を仰ぎ見る中東の民族があった。五五七三年昔のことであった。

『儺の國の星・拾遺』 真鍋大覚 那珂川市

 埃及の地の恵みなる綿と麦と塩は地中海の古代文明を豊かに支えたと続けています。

 河原星は、星の名に貴人が冠せられた珍しい例だが、その頃から人々が近東の神話に心を寄せ始めたのではないかと記しています。

 すっかり『儺の國の星』の注釈書のようになっていますが、ふたつの書物を通して聞こえる星の囁きを伝えたくて引用しています。

 ですが私の考察も少し残しておこうと思います。
 伴奏無しで歌う事をアカペラといいますが、本来はア・カペラ( a cappella)で、訳としては「聖堂で」「礼拝堂で」となり、簡素化された教会音楽の様式のことを云います。
 英語では瓦をtileとしますが、覆う、敷く、並べるものとして、通常私達がイメージするタイルと同義になるようです。
 日本に瓦が伝わったのは、仏教寺院の屋根を覆うものとしてが最初でしたが、こうしてみると、神聖な場所に使われるものといったイメージが殊更に浮かび上がってきます。
 パルテノン神殿等も、現在は柱だけが残されていますが、建築当初は木材で屋根が作られ、大理石で覆われていたそうです。

Capellaは極東に来て、記紀の天御中主神になり、甲斐辨羅神(かひべらのかみ)になり、川原星(かわべらのほし)になったと語られている。

『儺の國の星』 真鍋大覚 那珂川市

 河原星は北天随一の明るい星だったと記します。
 人類史のないくらい昔の夜空では、全天一明るい星だった頃もありました。

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