『囀る…』についての個人的妄想その7 サ○ンについて

(以前ふせったーに上げた記事の再掲です)

前回、唐突に「悪魔(サタン)」を登場させ、あまり説明もなく一人で勝手に納得して終わってしまった感があることへの反省も込めて、もう少しだけお話しさせてください……。


まず、サタンについて。
前回、割と直感的に書いてしまったので、あらためて、調べてみました。

そもそも「サタン」という単語は、ヘブライ語(聖書に用いられた古代イスラエル言語)において「敵対者」「妨げる者」「誹謗する者」「訴える者」を意味する、とあり(Wikipedia より)、必ずしも「悪」を意味する単語ではなかったのです。絶対的正義である「神」に敵対するがゆえに「悪」とみなされる、ともいえるのではないかと思います。

またキリスト教における悪魔(サタン)は、「堕天使」とされています。つまりもとは天使、しかも全天使の長である最高位の天使であったのが、神に反逆して闘いを挑み、敗れ、天から追放され堕落者となった。
そして堕落する前の名は「ルシファー」…これは明けの明星を意味するラテン語で、「光を掲げる者」という意味を持つ……。

……もうここまでで既に、囀る脳の私の頭の中は妄想で一杯です。

白Tシャツとデニムの似合う素朴で一途な青年は、四年後には全身黒のスーツに身を包み、顔に大きな傷を持つ剣呑な目付きの男に姿を変え現れた。
それはあたかも天使が堕天使に身を転じて再登場したかのようです。

さらに最初の数十ページ読んで挫折したミルトンの『失楽園』によると、サタンには神が落としたいかづち(雷)によってできた大きな傷が顔にあったとあり、それを読んでさらに私の妄想は加速します。

そもそも悪の象徴とされているサタンは、もとは最も神に近い最高位の天使であった、そのことに衝撃を受けます。しかもその罪状は神への叛逆。

では百目鬼を堕天使になぞらえるとするならば、神の怒りを買ったその罪状とは何か。

これまでお話ししてきたように、私の中で『囀る…』の世界における「神」とは三角さん。三角さんは自らの後継者として矢代さんを切望し、手中に収めようと長年執着し続けている。矢代さんはのらりくらりとそれをかわし続けてきたが、そろそろ諦めて陥落するか…というところに現れたのが矢代さんの好みど真ん中の百目鬼。

三角さんは本能的に、この男が自分から矢代さんを奪い去って行く存在であると察し、最初から警戒心丸出しで威嚇する。そして何度も矢代さんから引き離そうとするけれど、その思惑に反し二人はどんどん惹かれ合っていく……。

けれど結果的に四年前は二人の関係は破綻し、百目鬼は矢代さんに追い出される。そして向かった先はよりにもよって三角さんの元で……。

「他にヤクザを知らないので」……これから配下にしてもらおうという相手に対して失礼極まりない言い草だけど、三角さんが百目鬼をボコボコにして追い出したのは、そのせいだけではないと思う。つまり、この(極道の)世界から排除し、完全に矢代さんと引き離す意図が、そこにはあったのだと思うのです。

つまり、百目鬼の罪状は、「愛する我が子=神の子」である矢代さんに禁断の木の実を食べさせて人としての愛情を教え、神である三角さんから矢代さんを奪おうとしたこと、といえます。

しかし、これは百目鬼にとって真の意味での「罪」ではなかったのです。(また何を言い出すんだこの人は……という感じですよね……)

長くなるので、一旦切ります。(需要あるでしょうか……ないですよね……)

(2023/11/21)

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