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正しく生きれない日があっても。

昨日今日と、テンションがちょっとおかしい。

無性に心がざわざわする。いてもたってもいられなくて、パジャマからよそ行きの服に着替えて家を出た。

今の私は、絶賛療養中のため、一週間のほとんどを家で過ごす。病院がある日だけ、出かける。そんな感じだった。

家を出てバスに乗り、最寄り駅で降りる。最寄り駅にはそれなりの広さのショッピングモールがある。入って、中をぐるぐる見て回る。本屋、カフェ、ロフト――色々と歩き回った。

ファストフード店に入って食事をする。食べ終わったらペンとノートを取り出して、今の自分の気持ちを書いてみる。

ムシャクシャ、イライラ、ざわざわ。

そんな言葉が出てきた。書いても、この何とも言えぬ気持ちがおさまることはなかったけど、とりあえず、自分の精神がざわついていることは分かった。

──なんかもう、全部、どーでもいいや。

モールを歩き回りながら、そう思った。

日々、抑え込んできた気持ちが爆発したのかもしれない。自暴自棄に近い感情が芽生えて、疲れながらもその場の勢いで本二冊を買った。

去年の夏頃から体調を崩して、それからずっと療養の日々だった。長い目で見れば、一番体調の悪かった去年の夏よりも、今の方がかなりましにはなってる。でも、健康体とはほど遠い。

いつ終わるか分からない療養生活の中で、ぐるぐると頭の中で考えることも増えた。ストレスのせいで食べる量も増え、未来への不安をその都度無理やり打ち消してきた。

家から出ずに過ごすというのは、それはそれで忍耐力が必要だった。でも、しょうがない。身体を動かすと、その後必ず寝込むことになるから。

そんな我慢生活がついにぷつんと限界に来たのかもしれない。だから昨日今日と、いてもたってもいられずに、何でもいいから動きたいという衝動が私の中で芽生えたのかもしれない。

精神的な成長もあってか、数年前に比べたら、メンタルを病むことがぐっと減った。療養中も、当然モヤることも多いけど、その都度、信頼できる仲間に話を聞いてもらったり、自分の中で上手に受け流したりしてきた。

ただ、それでも私の中で、療養生活に対する我慢と忍耐に対してのストレスがくつくつと溜まっていったのだろう。だからそれがはちきれた。糸がぷつんと切れて、家から、普段の生活から、飛び出したくなった。

生きていると、正しく生きれないときがやって来る。

息がうまくできなくて、ただただ疲労して、「あーもう全部どうでもいいわ」と、生活全部をぽいっと投げ出したい気持ちになる。

……うん。そういう日が、あってもいいと思う。

そういう日もありながら、心に彷徨いを抱えながら、私も生きている。

だから、大丈夫。

正しく生きれなくても、大丈夫。

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