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嫉妬と劣等感に絡めとられて自尊心が崩壊しかけた話


「あぁ、全然ちがう……」

とある作家さんの活躍を見て、私はスマホ片手に呆然とした。

一月末にコンテストに応募した後、ここ一ヶ月半ほど情報収集に明け暮れていた。本気で取り組むには業界の今や流行、売れ筋を知らないと、と思って、昼夜TwitterやYouTubeをパトロールしていた。

そして、とある作家さんの活躍を知って、私は頭を抱えた。詳細は省くが、とにかくその作家さんはいわゆる「天才」タイプで、ぽんぽんぽーんと、階段を2段飛ばしてヒョイヒョイと駆け上がっていくように、デビューまでもトントン拍子で、しかも、その後の活躍もものすごく、とにかく、色んなすごい実績を叩き出していた。

私は、その作家さんの活躍を目の当たりにして、ものすごく惨めな気持ちになった。

この人は短期間でこんなすごい実績を出して活躍してるのに、それに比べて私なんて。

……ものすごく苦しくなった。

そして、自分のポンコツなスペックを呪い、何も成し得ていない自分の現状を呪い、嫉妬と惨めな気持ちで理性が崩壊した。

「何やってんだろ、自分」

スマホを放り出して、部屋の隅っこでうずくまる。

他人と自分を比べちゃいけないという。

羨ましいや嫉妬の気持ちは、自分もそのステージにいけるという証拠だという。

……一体、それが、何だというのだろう?

私は今ものすごく惨めな気持ちで、今までの自分の努力や過去が本当に馬鹿みたいだと情けなくなっている。

その作家さんと自分の現状があまりにも違いすぎて、自尊心がゴリゴリと削られている。

比べちゃいけないことは分かってる。

でも、無理だよ。そんなの無理。無理。無理ですからね。

私は神様でも仏様でもない。ただの人間だから。人間の中でも、特に器の小さい若造ですから。

「ずるい」も「羨ましい」も「もうやってらんねぇ」も「なんで現実はこうなんだ」も「もう全てがどーでもいい」も全部全部感じてしまうのだ。

嫉妬で気が狂いそうになって、頭がおかしくなって、泣いて泣いて泣きまくった。

頑張っている人を見るのが好きだ。
そういう人の、一生懸命な姿を見るのが好きだ。夢や目標に向かって試行錯誤を重ねる姿を見ると、頑張れ、と応援したくなる。

でも、何かに向かって頑張るって、そんなきれいで美しいことだけじゃない。

こんなふうに、くだらないことに囚われて泣いたり喚いたり、自分の運命を呪ったり、自分のこれまでの過去を全部放り出したくなったり。

それらは目標達成において、不必要な過程なのだと思う。だって、別に嫉妬なんていらないし、現状を呪ったり、他人と比べて泣いてる時間、他に有意義なことはいくらでもできる。

でも、夢や目標を追いかけるにあたって、ほとんどの人間はこういう過程や葛藤に、必ずぶつかるんじゃないだろうか。

目標達成だけを見れば、嫉妬も劣等感もいらない。でも、その過程に立っているのは、紛れもなく、心を持った人間だから。

一通り泣いてスッキリしたあと、呪いのような感情は一旦過ぎ去り、ようやくフラットな気持ちを取り戻した。

けれど、またいつか必ず訪れるだろう。

もうやってらんねぇと投げ出したくなり、こんなの馬鹿みたいだと机にかじりつく自分が情けなくなり、もっと〇〇だったら、と終わりのないないものねだりは続いていく。

これから、例え、夢を叶えた後でも、どんなフェーズにいようと、どんな人気作家になろうと、永遠に。

その葛藤や苦悩は、自分の使命を見つけ、夢や目標を追いかける人間のみに訪れる、負の時間だ。

その負の時間は、自分が世界で一番不幸な人間だと思い込み、運命を嘆き、馬鹿みたいに泣き喚く。

きっと、反動なのだろう。

夢や目標を追いかけるというのは、素晴らしいことであり、そしてそれなりにストレスがかかることでもある。

だから、こうやって時々、ぴんと張った糸がプツンと切れるように、ふとした瞬間に、どばーっと呪いのように負の感情たちが湧き上がってくる。

自分ってこんな嫌な人間だったっけ? と疑いたくなるくらいに醜い感情が自分の全身を埋め尽くしてゆく。

これが、夢を追いかける人間の姿か?

こんな惨めな姿が? こんなボロボロの私が?

全然、美しくない。きれいじゃない。目を覆いたくなるくらいに、醜い私。残酷な感情。

密着ドキュメンタリーだったら絶対にカットされているような見るに耐えない姿が、そこにはある。

でも、そんなもんだろう?

ごく少数の「天才」以外、この世のほぼすべての人間が、こんなもんだろう。

(もしかしたら、その「天才」たちも、与えられた彼らなりの悩みがあるのかもしれないし。)

もっと才能があれば、運が良ければ、〇〇だったら、〇〇じゃなければ、タイミングがどーだ、実力やスキルがあーだ。センスがどーのこーの。

比べればきりがない。馬鹿みたいだ。

何度でも思う。馬鹿みたいだと。

でも、これが人間だ。これが私の現状で、私の中の闇で、きっと色んな人も同じように持っている闇だ。

絶望の闇に覆われてようやく気がつく。

あぁ、私が憧れてたあの人も、この人も、こんなふうに、惨めな気持ちになったりしたのかなぁ、と。

あの人たちは、そういうの全部ひっくるめて、それでも第一線に立って、立ち続けて、活躍しているんだなぁ。

憧れてた人たちに対して、尊敬の念が増す。心の強さや背負っているものの大きさ、その逞しさに心が震えた。

闇が終わりを迎え、夜明けがやってきて、そしてあたりを見渡したとき、私は、思う。

結局、自分を苦しめるのは、自分自身なんだ。

他人の存在のせいで自分が苦しむのではなく、それによって自分の価値を疑ってしまったり、自分が自分のことを責めることによって、自分を苦しめてしまう。

だからといって、比べることをやめることは、できないけど。

ただ、こんな私でも待っててくれる人がいる。
だから頑張れるし、やっぱり頑張りたいと思う。

あの呪いのような感情や負の時間を引き連れながら、今日も、私は生きる。

汚くて、泥臭くて、惨めで、馬鹿みたいな私。

凡人で、コツコツやることしかできなくて、試行錯誤をちみちみと繰り返す私。

それでも昔よりは成長していて、面白いって言ってくれる人がいる。だから、頑張れるし、頑張りたいって思う。

何より私が、私の生み出す作品を見たいから。

未来の私が、たまらなく自由に楽しく物語を描いている姿を想像できるから、だから、今そのために必要なことをちみちみと取り組んでいる。

馬鹿みたいに小さなことかもしれない。でも、小説に限らず、私の人生はそんな小さな積み重ねでできている。

特別じゃない。魔法も使えない。天才じゃない。

ただの人。ただの普通の、人間。

でも、そういう人間が、爆裂に面白い物語を生み出せたら、どうだろう?

きっと、私は私に対して「ようやくここまできた」と自信が持てるかもしれない。もしかしたら、どこかの誰かに、ほんのちょっとの希望を、与えることもできるかもしれない。

私が史上最高の私になれるまで、私が今の私に胸を張れるまで、私は努力し続ける。

それしか方法はない。

――だって、私は、ただの人間なので。

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