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かけがえのない僕ら


人物一覧

・藤木律
→高校1年生。生まれつき耳が聴こえない。

・阿澄青
→高校2年生。放送部部員。

・名取太陽
→高校1年生。律の幼馴染。

・沖直弥
→高校2年生。放送部部員。青の同級生。

“聴こえる”先輩

 高校は、青春だ。
 中学までろう学校に通っていた僕は、そんな言葉にときめいて、高校進学を決めた。はじめの理由なんて、そんなものだった。でも今は、“あの人”に会いたいというのが、一番の理由になってしまった。浅ましいと思われてしまうかもしれない。それでも、僕にとっては大きな目標だった。
 入学式は、僕だけが何も聴こえなかったけれど、太陽は“どうせみんな聞いてないから”と教えてくれた。たしかに、周りのみんな、つまんなさそうにしてたな。眠っちゃってる人もいたし。

太陽
“律、私たちのクラスこっち”

 新入生たちがぞろぞろと流れて行って、僕が誤って隣の教室に入ろうとすると、太陽が僕の手を引いて教えてくれた。彼女がいなかったら、僕は今頃恥ずかしい思いをしていたんだろう。正直今も恥ずかしいが。


“ありがとう”

太陽
“私たち、一緒のクラスでよかったね。まぁ多分、教師側が調整したんだろうけど”


“それでもありがたいよ”

女子生徒
「ねぇ、それって手話?すごいね!」

 いきなり現れたから、口の動き読めなかった。というか、太陽すごく怒ってる。


“太陽、僕気にしてないよ?”

女子生徒
「耳聴こえないの?」

「補聴器してるのに」と思ってるんだろう。最後まで言われなくても、分かってしまう。答えないと、嫌な奴に見える。


“太陽、訳してほしい–––––”

太陽
「補聴器してるからって、聴こえるってわけじゃないから」

女子生徒
「え?」


“僕そんなこと言ってないよ?!”

太陽
「さっきのはこっちじゃなくて、私が言ったから」
“行くよ”

 太陽は僕の手を引いて、さっさと教室の中に入った。完全に変な人たちだと思われたに違いない。

太陽
“律、私たちの席隣だよ。やったね”


“そうだね。さっきの人に絶対変な人たちだって思われたよ”

太陽
“どうでもいいよ”


“どうでもいいって”

 席に座って、何気なく会話をしていると、いつのまにか周囲の生徒たちにその場面を見られていることに気がついた。

太陽
“あんなの気にしなくていいからね。こいつら珍しがって見てるだけだから”


“大丈夫だよ”

担任
「はい、みんな席に着いて」

太陽
「先生、パソコン使ってもいいですか?」

担任
「あっ!藤木くんの!ごめんね。お願いします」

太陽
「はい」

 太陽が挙手をして、先生と話をしていたということは、僕のことを話していたんだろう。パソコンを机の上に置いて立ち上げると、太陽は机をくっつけて、パソコンテイクをしてくれた。


“ありがとう”

太陽
『いいよ』

 その後は、先生から明日からの日程を教えてもらい、大量の書類を配られた。
 今日は午後を少し過ぎたところまでで解散となった。

太陽
“律、早く帰ろう”


“校内見て回りたい”

太陽
「……」


“太陽?”

太陽
“校内じゃなくて、あの先輩に会いたいだけじゃないの?”

 ドキッと、驚いてしまった。表情が出やすいせいで、太陽は僕の反応を見て「やっぱり」と声を漏らした。


“ダメなの?”

太陽
“あの人ピアスしてるし髪も染めてる。不良だよ。見学の時はたまたま機嫌よかっただけ”


“そんなふうに言わなくても”

太陽
“とにかくダメ”

 そんなこんなで太陽と攻防していると、太陽がゲッとしたような顔になってしまった。何を嫌そうな顔をしているんだろうと後ろを振り向くと、ヨッと手を上げて軽い調子で挨拶をする阿澄先輩がいた。僕はバッと立ち上がって、先輩のところへと駆け寄った。


「久しぶり。高校見学以来だな」

 僕はコクッと頷く。


“久しぶり”
「合ってるよな?」

 僕は、オッケーの手の形を作って、合ってますと伝えた。高校見学の日、放送室で出会った先輩は、帰り際に「手話、覚えてみるわ」と約束してくれた。本当に約束を覚えていてくれて、今すごく、ものすごく、嬉しい。


“ごめんな。まだ……”
「こんくらいしか覚えてない」

 そんなことないです。そう伝えたくて、先輩に少し待ってくださいとジェスチャーして、ノートを取りに行こうとすると、先輩は僕の手を引いた。


“ゆびもじは覚えてるから、それでいいよ。できればゆっくり”

 ぎこちなくもゆっくりと指文字と手話を混ぜて伝えてくれた。僕はそれが本当に嬉しくて、わぁっと大きく笑った。


“すごくうれしいです。覚えてくださってありがとうございます”


「おう」

 やっぱり先輩は、不良なんかじゃない。心の底から優しい人なんだ。


“先輩はふりょうなんですか?”


「おー。あそこで俺のことずっと睨んでる幼馴染ちゃんがそう言ったのか?」

 え?と思って、後ろを振り向くと、先輩のことをきつく睨む太陽がいた。“なんで睨んでるの?”と聞くと、太陽はそっぽを向いて、そそくさと帰る支度をすると、教室から出て行ってしまった。あとで、先輩は悪い人じゃないことを伝えないと。
 そんなことを思っていると、先輩は俺の肩をちょんちょんと叩いた。


「さっきの質問だけど」
“ふりょーじゃない。かみそめてるのは……“


“どうかしましたか?”


「長くなるから、コミュット交換しようぜ」

 こむおってなんだろう?


「スマホ、ある?」

 先輩はスマホをブレザーのポケットから取り出して、フリフリと振って見せた。僕はコクッと頷いて、自分の席に戻って、机の横に掛けてある鞄の中からスマホを取り出して、先輩に見せた。先輩はスマホの画面を開くと、コミュットを開いて、QRコードの画面に切り替えた。その時ようやく、こむおの正体を知り、僕もそそくさとQRコードを読み取る画面に切り替えて、先輩のアカウントをゲットした。『あお』と書かれたアカウント名を見つめて、心の中で、わーわーと喜び舞ってしまっている。
 その時、ブーッとスマホが震え、画面を覗くと、『よろしく』という虎の可愛らしいスタンプが送られていた。先輩の顔を咄嗟に窺うと、先輩はニコッと笑いかけてくれていて、僕も『よろしく』といううさぎの可愛いスタンプを送った。


『不良じゃないっていう理由は、帰ったらここで送るな』


『わかりました。ありがとうございます』


『てか、律っていうんだな。あの幼馴染に名前聞いても教えてくんなかったからさ』

 そうなの?!『じゃあ、どうやって僕の教室がわかったんですか?』と聞こうとする文を少し見つめて、消した。気にすることではないけれど、それでもやっぱり、耳が聴こえない生徒がどの教室にいるのかなんて、聞くのは簡単だと思うから。『そうなんですね』と打ち直そうとしたところで、先輩から何かが送られる。


『律探すのに、めっちゃ教室まわったわ』

 そのメッセージに、とくんと胸が疼いて、思わず先輩の顔を見上げた。先輩は、無邪気な笑顔を見せて、また何かを送ってくれた。


『まだ教室にいてくれてよかった。帰ってたらまた一から教室覗いてかねぇといけねぇからさ』


「……」
『僕も、先輩に会いたくて、探しに行こうとしてました。そしたら太陽(幼馴染の名前です)に止められて』


『そっか』

仁希
「青!お前探したぞ!」


「うわ」

 返信が来ないことが気になって、先輩の顔を見ると、先輩はバツが悪そうな顔で、横を向いていた。誰か廊下の向こうにいるのかなと覗こうとすると、先輩に頭をぽんぽんと撫でられて、“またな”と去って行ってしまった。頭を撫でられたことに勘違いをしてしまった僕は、恥ずかしくなって、しばらく出入り口の前でかたまってしまった。


あとがき

ここまで読んでくださりありがとうございます。
最近手話の勉強を始めて、インスピレーションが湧いたので書いてみました。
多分続きは出しませんが、いいねが多かったら書きます。

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