夢と現実の交わる場所:『ぽんこつヒーローアイリーン』
こんばんは〜
フォロワーがオススメしていた『ぽんこつヒーローアイリーン』を芳文社セールで買って読んだので、それについて書いていこうと思います。もうセール終わったうえ、キモいタイトルで申し訳ないが…
こういうときは読んだ作品の魅力を素直に語ることに徹するべきなのに、俺はすぐ「ぽんこつヒーローアイリーンは夢と現実の交わる場所」とかそういうキモいことを言おうとしてしまう。これはよくない。
ラブリーメロンもそう思うよな?
(♪〜)
OK
ギャグ漫画なので大筋知ってから読んでもちゃんと面白いと思うのですが、一応割とネタバレがあるので読む時はそこだけ留意してお願いします。
1. 二人の主人公:ラブリーメロンとアイリーン
さて、そんなぽんこつヒーローアイリーンことぽこリーン(ぽこリーン?)の公式紹介文は
「火星でヒーロー会社に勤めるアイリーンは、ヘマをして地球へ飛ばされる。 そこで出会ったのは、高卒無職でヒーローごっこをしているラブリーメロンで…? 火星のヒーロー(本物)×地球のヒーロー(コスプレ)による痛快ギャグ4コマ!!」
となっていて、ストーリーはだいたいこの通りです。
この漫画には主人公が二人いて、その片方がアイリーン。こいつ↓です
紹介文にもある通りアイリーンは職業ヒーローなんですが、彼女は基本的にバカで死ぬほど使えないので怪人との戦いでも味方の足を引っ張りまくり、その結果地球に左遷されてしまいます。
その先で出会うのがもう一人の主人公であるラブリーメロン↓です。
ラブリーメロンは街の平和を守る正義のヒーロー。特技は人助け。日々街をパトロールして、困っている人を助けるのが仕事。
…というのは全部設定で、彼女の正体は拗らせた高卒無職です。しかも女児アニメのコスプレで街中を徘徊しているせいで、近所の人たちから訝しがられている…
この二人の設定が俺はめちゃめちゃすこです。
アイリーンが魔法の力を使って悪を倒す本物のヒーローなのに対して、ラブリーメロンはヒーローに憧れているだけで、何の力もないただの人間なんですよね。しかも高卒無職。
俺が好きなTwitterアカウントで「みずにゃん」というおじさんがいてけいおんのコスプレをしてるんですが(上)、アイリーンとラブリーメロンの出会いをこれで例えるとみずにゃんと平沢唯ちゃん(本物)が出会って放課後ティータイムが始まる感じですよね。違うか。全然違うな。
さて、そんな二人の出会いのシーンなんですが、これは本当に良いので一ページ丸々読んでいただきたい!
はい。
こんな感じで、アイリーンはラブリーメロンを自分と同じヒーローとして、ラブリーメロンはアイリーンを自分と同類のコスプレ仲間として認識するところから物語は始まります。期待半分、戸惑い半分なアイリーンに対して完全に舞い上がっちゃってるラブリーメロンの表情がかわいすぎる!
まあこのテンションの差も当然で、アイリーンは普通にヒーローと悪が戦うような世界に生きているので、自分以外のヒーローがいてもさほど違和感を覚えません。(元いた火星でも彼女はチームを組んで怪人と戦っています。)
ところがラブリーメロンの視点だと、彼女自身はコスプレをして近所を徘徊しているただのキチガイなわけで、そんな痛い人自分以外にいるわけないですからね。アイリーンを見つけたときはめちゃめちゃ嬉しかったと思います。それでこの顔です。可愛過ぎんだろ…(おっぱいがデカ過ぎんだろ…)
2. ヒーロー活動
そんなわけで二人はヒーローとして共に活動し始めるのですが、当然地球に怪人がいるはずないので、怪人を魔法の力で倒すといったような派手なヒーロー活動は期待できません。
しかし、一見とても平和に見える場所でも必ずどこかに闇が潜んでいるもの。ラブリーメロンも仰っとる。そこで二人は街をパトロールし、地に足着いたヒーロー活動(≒慈善活動)を行っていくことになります。
具体的な活動内容としては、
・喧嘩の仲裁
ここで助けた子供たちとはその後仲良くなり、この子達も準レギュラーとして話に絡んでくることになります。
・ゴミ拾い
だいたいこれです。3話に1回くらいはゴミ拾いしてます。
・ゲーセン
アイリーンは当初乗り気でなかったのですが、ラブリーメロンに「反射神経を鍛えるためのヒーローの訓練」とうまく言いくるめられて一緒にゲーセンに行くことに。割と満喫して帰ります。
ハハハ
・カラオケ
上のゲーセンもそうなのですが、ラブリーメロンは基本的にコミニュケーション能力に問題があって友達がいないので、カラオケとかゲーセンみたいな「友達とやる定番のイベント」の類いに異常な執着を見せます。
家にアイリーンとお隣さんが来た時も強引にタコパをやろうとしたくらいなので…(結局タコがなくて中止になりましたが…)
完全にはしゃいじゃっててかわEですよね。ちなみにラブリーメロンの家にはろくに遊ばれていないパーティーゲームが大量に眠っています。
3. ラブリーメロンと枝織
そんなコミニュケーション能力難アリ高卒無職のラブリーメロンですが、物語中盤で一念発起してバイトを探すことに決めます。
アイリーンもホームレスでお金が無いので、二人は一緒のバイト先に応募することに。
そのバイト先は動物メイド喫茶。
アイリーンは当初メイド服を恥ずかしがってバイトを渋りましたが、一人ではとても持ちそうにないラブリーメロンの様子を見て挑戦することを決意。
こいつ↓アイリーンと出会うまでの間本当に大丈夫だったのか?まあコスプレでヒーローごっこしてる成人女性は全然大丈夫じゃないが…
さて、こうしてメイド喫茶でのバイトが始まったわけですが、教育係としてついてくれた女の子と最低限の会話を交わす以外、基本的にラブリーメロンは誰ともコミニュケーションをとることができません。
ああ…
ここでラブリーメロンの話を掘り下げておくと、彼女の本名は緑川枝織(みどりかわ しおり)。彼女は繰り返し述べたように高卒の無職で、コミニュケーション能力にも難があります。
そのため高校時代も2,3人の陰気な女子とつるむ程度の交友関係しかなく、クラスの演劇でのキャストは木の役でした。
成績は良好だったものの無気力人間で、進路希望調査はいつも白紙。結局高校卒業と同時に無職になり、実家でテレビを見るだけの植物人間のような生活をしていたところ、見かねた母親から一人暮らしを勧められます。
生活能力のない彼女にとって一人暮らしは精神的にも負担が大きく、依存する対象を必要とした彼女は女児アニメのヒーローから着想を得てラブリーメロンという第2の人格を作り上げます。暇を持て余した彼女はラブリーメロンとして街のパトロールを始め、今に至る…という感じです。
憧れのヒーローであるラブリーメロンに近づくため、家事や料理、笑顔の練習など様々な努力を彼女は重ねていたのですが、結局知らない人とコミニュケーションをとることはできないまま。何も変わっていない自分に絶望し、ラブリーメロンはめちゃめちゃ落ち込んでしまうのですが…
アイリーンがラブリーメロンを元気づけ、二人はようやく友達となります。
ここでアイリーンがラブリーメロンと友達になりたいと思えたのはこれまで二人が仲間としてヒーロー活動を行ってきたからですが、そもそも二人が出会ったのは、枝織が日々ラブリーメロンとして街中をパトロールしていたことがきっかけでした。最初はたかだか苦し紛れで作り出されたラブリーメロンという人格が、枝織とアイリーンの二人を繋いだわけです。そういう意味で、枝織のラブリーメロンとしての頑張りは全く無駄ではありませんでした。(俺も嬉しい)
ところが…
4. 「大人になれ」という呪い
物語の後半、ある事情があってアイリーンはなんと火星に帰ることになってしまいます。(左の二人はアイリーンの同僚です)
ラブリーメロンは泣いて悲しみますが、彼女は気を遣いすぎるくらいに遣う性格のため、事情も聞かず笑顔でアイリーンを送り出します。こうしてアイリーンは地球を去り、ラブリーメロンはいつもの日常に…
そのタイミングでラブリーメロンに妹からの働けLINEが来ます。衣装とか作ってるみたいだから、服飾業に勤めたらどう?とのこと。これがきっかけで彼女は(別に服作りがやりたい訳でもないのでほとんど成り行きでですが)服飾の勉強をし始め、現実と向き合い始めるようになります。こういう作品の終盤にありがちな展開ですよね。トイストーリー3でも、アンディは最後にはウッディたちを手放してしまいました。
現実を見ろ。大人になれ。いつまでも夢を見続けてはいられないのだから。
世間という、かつて夢を諦めた大勢の大人たちから押し付けられる強大な「諦め」の力がラブリーメロンにも例外なく降りかかり、「アパレル業界に務める緑川枝織」として生きていくような方向に彼女の人生が「矯正」されていくさまをここに見てとることができます。彼女の初出勤のときのシーンは、特にその論理が色濃く反映されています。
ここで枝織がつけていたネックレスは、まだヒーロー活動をしていたころに彼女がアイリーンから貰ったものです。枝織が現実と向き合い大人になるということは、彼女が子供っぽい「夢」の象徴であるネックレスをみっともないものとして、隠して生きていかねばならなくなってしまったことを意味しています。こうして枝織は大人になり、ラブリーメロンだったときのことを「楽しかった」と思い返しながら残りの人生を生きていく…
しかし、『ぽんこつヒーローアイリーン』はここで終わらないんですよ。
このネックレスのシーンの直後、会社へ向かう枝織のもとに、火星から戻ってきたアイリーンが姿を現します。
↑(^ω^)ニコニコ←俺
この記事ではラブリーメロンに注目して展開を追っていたので触れていませんでしたが、アイリーンの地球での目的は、誰かのためになることをすると手に入る「ストーン」と呼ばれる魔法の石を集めること。ラブリーメロンと別れたあと火星に戻ったアイリーンは、このストーンに秘められたアリガトウパワーという力が火星の怪人を浄化する鍵になることを、上司から知らされていました。アイリーンが戻ってきたのは地球で再びストーンを集めるため。
上司から人員増強を言い渡されていたアイリーンはラブリーメロンの力を借りることを考え、こうして彼女の元に現れたわけです。
枝織は当然「アパレル系に勤めることになったから応援してくれると嬉しいな^^;」と言わざるを得ないわけですが、アイリーンはそれを真っ向から拒絶。
枝織が無理をしていること、アパレル業界で働くことなんて本当は望んでいないのだということも、アイリーンには伝わっています。だからこそ彼女は、行きたくもない道に進もうとしている枝織の背中を押してあげることができない。
自分の気持ちをまっすぐに伝えるアイリーンを前にして、枝織もとうとう自分の本当の気持ちを漏らします。彼女も心の奥底では、ラブリーメロンとして、以前のようにヒーローとして生きていくことを望んでいたのです。
さて、それではいOKとは行かず当然母と妹が止めに来るわけですが、それに対してアイリーンはこの態度。
そしていよいよラストシーン。
めちゃめちゃいいシーンだからこそ実際に読んでいただきたいので、ここはセリフだけ抜粋しますが…
「私ともう一度 ヒーローになってくださいッ」
「…もう アイリーンのせいで私の人生めちゃくちゃよ。ちゃんと責任とってよね!」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
一度は嫌々ながらも現実を受け入れることを選びかけた枝織ですが、最後にはラブリーメロンとして、ヒーローとしてアイリーンと共に生きていくことを選び、「大人になれ」という同調圧力に対してはっきりと「NO」を突きつけました。俺はこの結末が本当に好きです。
『ぽこリーン』の中で「夢」の側にあるのはヒーローが魔法の力で怪人と戦うような世界ですが、こういう現実離れした夢ってほかにも色々考えられますよね。(漫画家になりたい、みたいな類の夢はここでは違うかもしれない フィクションとしての夢です)
そういう夢を追いかけ続けたっていいじゃないか、ということを『ぽこリーン』は言ってくれているように俺は感じました。『ぽこリーン』のラストでラブリーメロンは「ヒーロー」というフィクションを仕事に選びましたが、そのようにフィクションを現実として体験する余地は、我々にも様々な形で残されているように思います。
浅い引用になってしまって申し訳ないのですが、有名な「われ思うゆえにわれあり」の方法論的懐疑においてデカルトが「考えるものとしての私」を確保したあと次に確実であるとしたのは「私に感じられる限りでの感覚」でした。要するに、今私の目の前に対象が見えていると私が感覚しているとき、その対象の実在はあくまでも疑わしいが、私が「その対象があると感覚していること」自体は疑いようもなく明らかである、ということです。独我論や観念論を主張するつもりはありませんが、そのように感覚(あるいは感情)の確実性に軸足を置いたとき、世間の言う「現実」なるものと、それと対比されしばしば批判される「夢」あるいは「フィクション」なるもののどちらか一方を自明にすぐれたものであると判断することは、果たしてできるのでしょうか。これは、私たちが自分で考え、自分自身の意見を持つべきところかもしれません。
『ぽこリーン』の答えは、「現実を見ることばかりが全てじゃない、夢(フィクション)もなかなか捨てたもんじゃないぜ」というものでした。この作品はそういうテーマに目を向けること、しばしば「現実逃避」と揶揄されてきたフィクションというものの価値を見直す機会を与えてくれるものという意味で「夢と現実の交差点」だったのではないかと、自分は思っています。
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