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瞼の裏

瞼の裏の血管が見えることがある。
目を閉じた先に蛍光灯がある時や、意識的に目を閉じて瞼の裏の血管を見ようとするときだ。

幼い頃は、それが何か分からなかった。

保育園のお昼寝の時間は、退屈だった。
先生がランダムに敷く布団。隣で寝るのは仲の良い友達とは限らない。
おしゃべりをすると怒られる。
「目を閉じなさい」と言われ、目を閉じる。
その時に浮かぶのが、瞼の裏の血管だった。

何かの地図だと信じていた。
誰に聞いたわけでもない。人に聞いてはいけないことだと思っていた。

振り返ると、通学路の途中でエッチな本を見つけても誰にも話せないような感覚に似ていた。

「何かの地図」は、小学生になり伊能忠敬を知ってから、伊能忠敬の作りかけの地図であり、
自分は伊能忠敬の末裔で、伊能忠敬からのメッセージなのではないか?と思うようになった。
嫌なことがあっても「え?俺、伊能忠敬の末裔なんだけど?? ご先祖様が日本地図作ったんだけど???」と思うと、嫌なことを忘れられた。
順調に思考をこじらせていた。

「何かの地図」が瞼の裏の血管だと知ったのは、中学生になる前の春休みでインターネットからだった。
自分は特別な誰かでは無いことが分かった。早い段階で気付くことができて良かった。

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