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好感度が高い人の欲深さ『オールドファッションカップケーキ』

良いドラマって、最初の30秒、いや20秒でグッと惹き込まれますよね。

「あ、これは傑作の予感」って震えませんか?
私は震えます。

というわけで、熱中症になりかけた日の夜、ずっと見ずに取っておいた『オールドファッションカップケーキ』を一気に見ました。

いやあ、面白いのなんの、夜中に何度も身悶えしちゃいましたよ。
このまま熱中症であの世に行ったら、このドラマを見ないまま人生を終えるところでした。危なかったです。

さて、このドラマは、四十路手前で会社では理想の上司として女性社員の人気も高い野末(武田航平)と、その部下で三十路手前のイケメン外川(木村達成)が少しずつ心の距離を縮めていく様子が描かれます。

というか、外川が野末に密かに片思いしていて、野末がだんだん彼のペースに巻き込まれていくというBLドラマなのですが。

冒頭で目覚まし時計が鳴ってから、それを止めてベッドの上で一服する野末。
いつもの慣れた手つきで朝食の準備をし、テレビを見ながら独り言をつぶやく。

その丁寧な描写と世界観に、あっという間に惹き込まれました。

ーー寝て、起きて、仕事をする。それだけの毎日。“それだけの毎日”を好きで選んでいる。

冒頭のこの淡々とした野末のモノローグが、ドラマの世界観を見事に表しているのですが、原作の漫画ではこれに「憂鬱だ」という言葉が加わります。

けれど、ドラマでは白髪が増えたことを嘆く独り言はあるけれど(このあたりの武田航平のナチュラルな演技は素晴らしい)野末の憂鬱はもっとそこはかとない不安として描写されています。

このそこはかとない不安が、ふわふわとドラマ全体を漂っていて、それが何とも言えない世界観としてドラマ全体を覆っています。

そのふわふわした雰囲気に波乱を起こすイケメンの外川。
いやあ、この外川が本当にザ・イケメンで。

演じる木村達成さんも確かにとってもイケメンなのですが、このドラマでは外川という役柄にふさわしいイケメンリーマンぶりで、細身のスーツがよく似合います。

物語としては、野末に片思いする外川がグイグイと距離を詰めてきて、それに驚いたり戸惑ったり喜んだりする野末が、オジサンとは思えないぐらいに可愛らしいのですが、自分の欲しいものに向かって明確に努力する外川よりも、一見無欲そうに振る舞っている野末みたいな好感度高いタイプの方が実は欲深いんだよなあ、と思いながら見ていました。

野末は昇進の話も断るし、部下がミスしても怒ることなくフォローするし、いつまでもガラケーだし(途中でスマートフォンに機種変しますが)いつも穏やかで飄々としていて、欲深さとは無縁のように見えます。

でも、こういう人の方が実は欲望を隠し持っていたりするんですよね。
そして、自分の欲深さを自分でも薄々気づいていて、自分をごまかしていたりする。

それがきちんと描かれているのが、このドラマの素晴らしいところだと思います。

大体さ、外川と遊びに行くメールの返信が来ないだけで、あんなにイライラするなんてかなりのワガママ彼女じゃないですか。
若干メンヘラ入ってますし(笑)

外川を合コンに誘いにきた同期の桐島部長(吉井怜)にも「とにかく行かせないから!」と椅子を飛ばすぐらいに立ち上がって主張したり。

日曜日、キャンプに行こうと同僚と話し合っている外川をじっと(嫉妬の眼差しで)見つめたり。あの眼かなり怖かったよ?

最終話、野末は去って行こうとする外川を追いかけて走ります。普段は運動なんかしない野末が全力で走ります。

ーー可愛く笑いかけてほしい。俺のために怒ってほしい。俺のために泣いてほしい。喜怒哀楽ぜんぶほしい。

いやあ、このセリフは良かった。
野末が強欲で良かった。
喜怒哀楽ぜんぶほしいだよ?
どんだけ強欲よ(笑)

傷心の外川をつかまえて、愛を告白し合った後に「80歳までずっとこうやって仲直りしましょう」と言う外川に対して、野末は「81からは?」と悪戯っぽく聞き返します。

この「81からは?」というセリフは原作にないのですが、野末の欲深さがとても表れているセリフだと思います。
2人の距離が(物理的に)近いところでこういうセリフを言うあたりが、桐島部長の言う「罪な微笑み」ってヤツですね。
外川が惚れてしまうのもわかるわ。

最終話の冒頭で、野末の朝のルーティンが第1話と同じように描かれるのですが、目覚まし時計がスマートフォンのアラームに変わっています。

たとえ外川が自分の日常からいなくなっても、自分の人生に変化が起きたことは変えられない。

その変化を受け入れた時に、野末は外川の気持ちも受け入れざるを得なくなったのかもしれません。

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