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会話で一編できるかなチャレンジ:玉葱

2019.11.14

はあ、ぶら下がっている玉葱ね。
いつでもたくさんありますよ。
そうです、必要不可欠です、美味しい欧風料理にはね。
煮込みにもスープにも、薄く切って、切って切って刻んで、弱い火で炙るように炒めて、どんどん甘くなりますからね。
すがたは見えませんでしょうけども、無けりゃあほかになにを入れたって味が喧嘩しちゃってね。
焦げちゃうとこまで炒めてね、とろとろにして、それが旨いんですよ。
中華鍋で、強火でさっと炒めたのもいいですやね、歯ごたえがしゃきっとして。
僕はハンバーグには生のまま練り込むのが好きですよ。はい、どうぞ。
そういやこないだつれてたひと、どういうかたなんです、綺麗なひとでしたね?

いやあ不思議なひとだったよ。
なんというかねえ、どこに連れて行ってもすっと馴染んで、恐ろしいほど会話の幅が広かったね。
ちょうど玉葱みたいに、すうっとそばにいて、主役でも脇役でもなく、そのときどきの役をころころうまく変えるんだ。
初めは面白がっていろいろ連れ回したけどねえ、役者かいと聞いてもいやいやというし、ではふだんなにを、と聞いても笑って黙ってしまうんだ。
よく喋るひとだったけどね。

へえ、けどね、ってな、もう会わないんですか。わりかし惚れてたようでしたけど。ひひひ。

惚れていたよ。
もうそりゃあ好きだったね。
けれど話しても話しても、こちらの心を読んだようにすうっと合わせてくるから、だんだん実体が無いんじゃないかななんて思えてきちゃってね。
人間味があるようで、ないんだなあ。
自分の主張や好みってのがあるじゃない。
特に綺麗なひとのわがままなんて、聞いてやりたいもんだけどさ。そんなおれのきもちまで見透かして、ネエ、なんていいタイミングでおねだりがくるんだよ。それがハンカチひとつでも、おれが買ってやりたいな、と見ていたものをねだるんだよな。
そんなふうな塵がどんどん積もってさ、でもとにかくなんでも上手なもんだから恋心はもう持っていかれっぱなし。
いかれっちまった頭のすみで、こいつは幽霊なんじゃねえかと思っている自分もいてさ。ついに強く問いただしたんだ。おまえはどこのだれなんだ、ってなことをさ。

おいおい、まさか殴ったりはしてませんでしょうね。物騒なはなしは聞きたくないですよ。

いやいや。
まあ語気は荒かったぜ、それは恋のせいにしてくれよ。まあそれでさ、膝付き合わせて問い詰めてさ、しまいにゃ本気で惚れてるんだって熱弁奮って、だからおまえのことを教えてくれって、おれの恋人になってくれ、ってな。
にこにこ笑っていつも通り、かと思いきや、すっと能面みたいな面になっちまって、おれの頬をいっぺんぱしんと叩いたあとに、一言残して消えちまった。
そんなつまらないことばかり気にしているひととなんでわたしが連れ添うと思うのかしら、だって。

きっついねえ、そりゃ。
綺麗な顔してたし、能面だったなんて余計にだね。
愛想も良かったが、冷たいことを言うもんだ。
なにかおもてにでらんない、のっぴきならない事情があったものかもしれないねえ。

いやはやほんとうに玉葱のようなひとだったね。
あんなに楽しく話していた日々が嘘のようだよ。
むいてもむいても核心には辿り着けずに、気づいたらばらばらんなっちまってて、のこるはおれの涙だけだぜ。

まあまあ、ばらばらんなっちまっても玉葱は玉葱ですよ。そら冷めちまう前に食べてください、それにもじっくり炒めたのがはいってますからね。

ああ、あったかいな。
そうなんだよ、こういう芯からあったまるぬくもりがあのひとにはなくってさ。だから気にしちまったんだよ、笑ってんのになんでだよってな。
まあもう連絡もつかねえ。
ああ、あったかくって旨いなあ。

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