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【発狂頭巾エレキテル第3話:ぎらつく眼は殺しを見抜く】

(2話までのあらすじ:目の前で家族を殺されたトラウマ(妄想)が八百八個ある狂った同心の吉貝は、平賀源内に脳内エレキテルを埋め込まれたことでトラウマを抑制し、日常を取り戻した。しかし、空が鈍く曇るとき、天候によって脳内エレキテルの効果が薄まると、持ち前の狂気を発揮して悪党を成敗していたのだ。)

「てえへんだ!キチの旦那!」
岡っ引きのハチが吉貝の長屋へ駆け込んでくる。
「どうしたハチ?」
「人斬りだ!」
「なんだと」
天下泰平、花の大江戸とはいえど、未だに殺しの話は尽きない。吉貝はおっとり刀で現場へと駆けつけた。

現場の河原では、すでに蓙を掛けられた死体があった。周りを何人かの同心が囲んで現場検証を行っている。
「いや、すまねえな、遅くなちまって」
「お、キチさん、こいつを見てくれ……」
先に現場検証を行っていた同心が蓙をめくって死体を見せる。
「こいつは……ぐっ!」

死体を見た途端、突如頭を抱えてしゃがみ込む吉貝。
「うぐああ……!」
「ちきしょうめ!こんなときに発作かよ。ハチ!先生のところへ連れて行ってやんな」
「がってんでい!さ、肩を貸してくだせえ」
ハチはしゃがみ込む吉貝を引きずり起こして肩を貸し、現場を去った。

「先生!源内先生!」
ハチが長屋の1室のふすまを開けて叫ぶ。
「吉貝のやつか」
源内先生と呼ばれた老人は驚きもせずに2人を部屋に招き入れる。部屋の中は奇妙なからくりで溢れかえっていた。ここは江戸一番の発明家でありカラクリ狂いでありエレキテルの第一人者でもある、平賀源内のすみかだ。

「フウゥー……!!」
血走った眼で今にも暴れまわりそうな吉貝。どうにか必死に堪えているが、手早く処理が必要だ。
「ハチ、ちょっと離れててくんなよ」
両手に電極を持った源内が、吉貝のこめかみを挟み込むように電極を押し当てる。
「アギャギャギャギャッ!!!!」

凄まじい電流が吉貝の脳を駆け巡り、脳内に埋め込まれたエレキテルを活性化させ、吉貝のトラウマ(妄想)を抑え込む。
「どれ?どうじゃ?」
源内が電極を離すと、ぐったりとうなだれた吉貝は平静を取り戻す。
「いつもすまねえな……源内先生」

「キチの旦那、また例のアレですかい?」
「ああ……あの仏さん、カンザシをつけていなかったか?」
吉貝は先程掘り起こされたトラウマ(妄想)を河原の死体と重ね合わせて語り始めた。
「カンザシ、ですかい……?」

「ああ、変わった形のカンザシでな。真っ直ぐじゃなくて波のような唸りがついてんだ。……おヨネに買ってきてやった土産だった」
「はあ、そうですかい……」
当然、今回の死体はおヨネ(吉貝の元妻、帰りが遅いと心配して探しに行ったら辻斬りにあっていたという痛ましい過去(妄想)がある)ではない。

「こうしちゃいられねえ、あのカンザシはおヨネの宝物だった。大切にしてくれててよぉ……見つけてやらなきゃ無念で極楽にもいけやしねえじゃねえか」
吉貝はすっくと立ち上がると、源内に頭を下げて町へ飛び出した。

「ま、待ってくださいよ!あっしも行きます!」
「頼んだぞ、ハチ。吉貝を助けてやれるのは、お前さんだけなんじゃからな……」
源内は、慈悲深く、あるいは哀れみに満ちた眼で、2人を見送った。

……吉貝とハチは一日中、波打ったカンザシを探した。だが、見つかるわけがない。そんな物、この江戸には存在しないのだから。日が暮れた町のめし処で吉貝とハチは途方に暮れていた。
「探しものってのはよぉ、ハチ。探そうと思ってる時にゃあ見つからねぇもんだなぁ……」
「まあ、そりゃあ……」
ハチは言葉を濁し、雰囲気を変えようと切り替えた。

「ま、今日はもう飯食って酒のんで寝て、明日にでも出直しましょうや。おーい!酒2本と飯をくんな!」
「はーい!」
落ち込んだ2人とは裏腹に、飯屋は活気に溢れている。すでに景気よく酒を飲んで酔っ払っている客も多い。
こうしている間にも、吉貝は客にすら目を凝らす。なにか、なにか手がかりはないか?

「はい、どうぞ!」
「お、来た来た。ささ、旦那、まずは飲みましょうや」
「……ああ」
どうにか元気づけようとするハチの気概に答え、吉貝はおちょこを手に持ち、酒を受ける。

吉貝は注がれた酒をぐいっと呷り、一つ大きくため息をつく。
「し、しかし、あっちの客は随分気前よく飲んでますぜ。ほら」
ハチが話題を変えようと奥に座って酒を飲む2人を指差す。吉貝が見ると、たしかにやけに陽気だ。それに、あまりここらへんでは見たことがない顔のようだ。
「……おい、ハチ」

「なんです?旦那?」
手酌で酒を飲み、ほろ酔いのハチが笑顔で答える。吉貝はハチに顔を近づけ、静かにつぶやいた。
「あの2人、店を出たら後をつけるぞ」
「え?」
「俺の勘が正しけりゃ、あの2人、なにかある」
その眼はどこか遠くを見ていた。

こういうときの吉貝は何かをやらかす前兆だ。このままでは死体が2つ増えることになる。
「……旦那、今夜はアッシにまかせて休んでくだせえ。なあに、後をつけるくらい一人でできまさぁ」
「しかし……」
「まあまあ、いいですから」

「だが……」
「あ!そうそう!」
急に何かを思い出したように、わざとらしくハチが声を上げる。
「源内先生が今夜もう一度旦那の様子を見ると言ってましたよ!いやあ、すっかり忘れてました!」
「そうだったか?」
「そうですよ!ほら!」
再びハチは顔を近づける。
「だからココはアッシにまかせてくだせえ」

「わかった。頼むぞ……」
「へい!」
吉貝とハチの話は決着が付き、酒を飲みつつ飯を食いながら、件の2人が店を出るのを待った。しばらくして2人が動き出したので、吉貝とハチは後を追うように店を出る。吉貝は源内先生の元へ向かい、ハチは尾行を開始した。

ハチの尾行は決して完璧とは言い難かった。途中で桶をひっくり返してしまったときなどは肝を冷やした。しかし、今回は運が良かった。追う2人組はしたたかに飲んでおり、多少の騒ぎなど気にしていなかったからだ。そのまま2人組は町の中心から離れ、どんどん裏道へと進んでいく。そして、ついに足が止まった。

「約束の金をいただきやしょうか」
2人組が、誰かと話をしているようだ。
「まず先に物を見せろ」
「へいへい。おい!見せてやんな!」
「へへ、これでさあ」
2人組の弟分のほうが、懐から何かを取り出す。
「ありゃあ……もしかして……」
ハチは目を疑った。それは、いびつに歪んだカンザシだった。

「フム、たしかに……」
取引相手の男はそれを手早く奪うと、懐へとしまった。
「ところで、女の方はどうした?」
「このカンザシを着けてた女ですかい?ちょいとばかり抵抗してきやがりましてね、あの世に送ってやりましたよ」
「なるほど、つまり、このことを知っているのはお前たちだけということだな?」

「もちろんでさあ。誰も見てねえところでバッサリ……」
「そうか、ならば安心だ」
上機嫌で話す二人組の兄貴分の言葉を聞き、取引相手の男は抜刀して大上段に構える。
「ま、まさか……!」
二人組は逃げようとしたが、酔いで足がもつれて尻餅をつく。

大上段に構えた刀が振り下ろされた。
「ぐわぁ!」
「あ、兄貴!うぎゃあ!」
即座に返しの切り上げを繰り出し、弟分の方も黙らせる。
「これで、この事を知る者は誰もいない」
「な、なんてこったあ……」
「……ぬ!」
男がハチの気配に気がついた。

しかし、ハチの逃げ足のほうが早かった。間一髪で路地から路地へと走り抜け、どうにか逃げおおせたのだ。
「……ネズミめが」
男は苦虫を噛み潰したような顔で納刀し、闇へと消えていった。

……翌朝。
「旦那!昨日の2人が!こ、殺されちまった!」
ハチが吉貝の長屋に飛び込んでくる。
「なんだと?……いや、しかしハチ、よく生きて戻ってきてくれた」
「それで、あの二人組なんですが……」
ハチは昨夜のことを一部始終話した。

「カンザシ……!」
吉貝の眼に淀みが宿る。
「ま、まさか本当にあるとは思いませんでしたが」
「その男を探すぞ。人相は覚えてるんだろうな」
「へい、バッチリでさあ!」
ハチは吉貝の顔を見る。幸い、今日はまだ調子が良いようだ。仕事をしても問題ないだろう。

ハチは懐に忍ばせた道具の所在を確認する。大丈夫だ。万が一のことがあれば、源内先生から預かったコレで、吉貝の旦那を止めることができる。吉貝とハチは町に繰り出した。

町をぶらつく吉貝とハチは、ひたすらにすれ違う者の顔を見る。時間が立つにつれて吉貝の目は段々とギラついてきたようにも見える。ついにはブツブツと言葉として聞き取れないくらいの独り言を発し始めた。ハチが、ここらで旦那は限界じゃないかと思案し始めたとき、ついに昨夜の男を見つけた。

「旦那!アイツです!」
ハチは小さな声で吉貝に囁き、男を指差す。その男の風貌は、どこぞから流れてきた浪人か。だが、佇まいからは油断ならない武を感じる。
「確かにあの男だろうな」
「へい」
「よし、追うぞ」
時は夕暮れ、じきに江戸の町が眠りにつく。さすればあの浪人の宿にたどり着くはずだ。

ぶっちゃけハチは不安でたまらなかったが、ここまでくれば、もう吉貝の旦那を止めることはできない。それどころか、死体が1つ増えることになる。
「わかりやした……!」
ハチは覚悟を決めた。吉貝とハチは静かに浪人の後を追った。

……浪人は尾行を気にする素振りを全く見せず、堂々と歩き、そして1軒の屋敷に入っていった。
「この屋敷は、越後屋!」
ハチは震えた。悪徳商人の噂が絶えない越後屋に、人斬りの浪人が堂々と入っていった。これがどういうことか、もはや想像に難しくはない。

「こりゃあ、アッシらだけの手に追える事件じゃねえですぜ。一旦奉行所に報告して……あれ?旦那?」
ハチが振り返ると、そこにいるはずだった吉貝の姿が見えない。
「まさか……」
ハチは空を見上げる。夜空を照らす満月が、じわりと雲に覆われていく。

……場所は変わって屋敷の中。
「いやいや、まったく、先生には助けられました」
いびつなカンザシを受け取る越後屋は、酒を飲みくつろぐ浪人に小判の束を差し出す。
「しかし、まさかそのカンザシが裏帳簿の箱の鍵だとは、誰も思うまいて」

「まったくそのとおりで。あの女にバレたときはどうしてくれようかと思いましたが、先生のおかげでこうしてまた越後屋も安泰というものです。クックックッ」
ギラつく瞳で汚い笑みを浮かべる越後屋。カンザシが裏帳簿の鍵だということを偶然目撃した女は、越後屋の不正を暴こうと鍵を盗み出したのだ。

しかし、あとは御存知の通り、女は殺され、下手人も殺された。流れ流れてカンザシは越後屋の元へと帰ってきたわけだ。
「クックックッ……」
越後屋は下卑た笑いを浮かべる。その時、奇妙な風が吹き、ろうそくの炎が揺らいだ。
「どうやら、ネズミが追ってきたようですな」

「ネ、ネズミだと?」
越後屋は慌てふためく。
「ご安心を。たかだか岡っ引きの1人や2人、相手になりやせん」
浪人は刀を手に取り立ち上がる。その時だ。

バリィイイイイッ!!!!!

部屋の障子戸を切り裂いて現れたのは謎の頭巾男!その眼は狂気に血走っている!
「な!なんだこいつは!?」
越後屋が部屋の奥へと後ずさる。
「汚い金のために殺されたおヨネのカンザシ、返してもらおう……」
「おヨネ?な、なんのことだ!?」

「どうやら、気狂いのようですな……」
浪人が刀を抜き構える。
「気狂い……だと……?」
頭巾の男の目つきが変わった。
「我が妻を金のために殺し、あまつさえ我が友も手にかけようとした……」
頭巾は抜刀し、刀を大上段に構える。空の月が、雲に覆い隠された。

「狂うておるのは……貴様らではないか!!!!」

カァーッ(例の音↓)!!

頭巾の構えた刀に突如落雷!脳内のエレキテルが活性化される!この状態の吉貝は、常軌を逸した身体能力を発揮するのだ!!

「ひ、ひぃ!!者共!であえ!であえーっ!」
越後屋の声にどこからともなく大量の浪人が現れて、発狂頭巾に襲いかかる!
「えいやあ!」
「ギョワーッ!!」
襲いかかる浪人に奇声を上げて反撃!その速度は雷の如し!
「ぐわぁ!!」

「な、なにをしておる!かかれ!かかれえええ!!」
越後屋の命令に浪人たちが次々と斬りかかる。
「エイッ!」
「ギョワーッ!!」
「イヤァ!!」
「ギョワーッ!!」
もはや雑魚では相手にならない!
「ギョワーッ!!」
浪人惨殺!
「ギョワーッ!!」
浪人惨殺!
「ギョワーッ!!」
浪人惨殺!
「ギョワーッ!!」
大立ち回りで連続惨殺!

気がつけば残されたのは手練の浪人一人。
「まさか噂の発狂頭巾にお目にかかれるとは……成敗してくれる!」
手練の浪人が斬りかかる!
「ギョワーッ!!」
相変わらず奇声を発しながら雷撃をまとった刀を振るう発狂頭巾。だが、一太刀に打ち倒すことはできず、一合二合と打ち合う。さすがに雑魚とは一味違う。だが……!

「成敗されるのは……お主だ!」
一瞬見せたかすかな正気!巧みに浪人の斬撃を受け流して体制を崩す!
「ギョワーッ!!」
下段に構えた刀を振り上げる!雷撃をまとった切り上げが浪人を股下から脳天まで真っ二つに切り裂いた!

「む、無念……」
倒れる浪人。そして残されたのは復讐に狂った頭巾と、金に狂った商人の2人となった。
「お、お助け……」
「ならぬ!死ね!」
発狂頭巾の刀が振り上げられたその時!
「アギャギャギャギャ!!!」
突然痙攣してぶっ倒れる発狂頭巾!

「ま、間に合った……」
いつの間にか屋敷に入り込んでいたハチが懐から電極打ち出し銃(エレキテルテーザーガン)を取り出し、発狂頭巾に発射していたのだ。
「旦那!しっかりしてくだせえ!」
「お、おお、ハチか。……あの浪人はどうなった」
「ご覧のとおりでさあ」
吉貝の目の前に、真っ二つの死体があった。

「下手人がいなくなっちまったじゃねぇか……」
「それなら心配いらねぇですぜ」
ハチが屋敷の入口を振り返ると、提灯と十手を持った男たちが屋敷になだれ込んできた。
「御用だ!」
「御用だ!」
「御用だ!」
「とにかく一件落着ってことですぜ、旦那」

ひっ捕らえられる越後屋を見た吉貝はおおよそのことを察した。そして、越後屋の落としていったカンザシを拾う。
「おヨネ、仇は取ったぞ……」
澄んだ瞳で空を見上げる吉貝。空には雲ひとつ無く、お月さまが輝いていた。

……翌朝。2日連続の辻斬り事件は解決されたとのお触れがあり、今日は事件も特になく、平和な江戸の町に戻った。吉貝とハチは見回りのために江戸の町をブラブラと歩く。
「ハチ、平和ってのは良いもんだな」
「へい!まったくでさあ!」
吉貝は憑き物が落ちたような顔をしていた。

昨夜の事件解決の折、カンザシを手に入れたことで、八百八個のトラウマ(妄想)の1つが消えたのだろうか。あるいは、一時的なものなのだろうか。ハチにはそれがわからなかった。だが、一時でも良い。狂う前の旦那が戻ってきたのだ。

こうして事件を解決していけば、すべてのトラウマ(妄想)を克服して、昔の旦那に戻ってくれる日が来るかもしれない。ハチは思い、吉貝の顔を見る。
「ん?どうしたハチ?なんか顔についてるか?」
「へへ、いやあ、なんでもありませんって」
「ふふ、変なやつだ」

吉貝はハチの顔を見て笑うと、近くの茶屋を指差した。
「さあて、源内先生のところに団子でも買っていくとするか」
「そうしましょう!」

天下泰平お江戸の町に、つかの間正気が戻るとき、吉貝の心もまた、つかの間正気を取り戻す。
お江戸に狂気が満ちるとき、吉貝もまた狂い咲く。
明日の吉貝、正気か狂気か、それはお江戸の闇次第。

【発狂頭巾エレキテル第3話:ぎらつく眼は殺しを見抜く】
おわり

↓他の発狂頭巾シリーズ↓


サポートされると雀botが健康に近づき、創作のための時間が増えて記事が増えたり、ゲーム実況をする時間が増えたりします。