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痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック第10話:土用の丑のウランギ騒動】

(これまでのあらすじ:原子力江戸歴XXXX年。先の原子力奉行、吉貝狂四郎は不慮の事故によって命を落とす。だが、時の平賀アトミック源内と杉田バイオ玄白の手によって体内に小型原子炉を埋め込まれて息を吹き返す。かくして、夜な夜な世が裁けぬ悪を裁く発狂頭巾アトミックとなったのだ。)

今日も今日とて平和な原子力江戸の町。ふらりと歩く吉貝に声をかける岡っ引きのハチ。
「旦那ァ!吉貝の旦那ァ!」
「おう、どうしたハチ?」
「へへ、明日は土用の丑の日。旦那もウランギ食いに行くんでしょう?」
土用の丑の日といえばウランギ、初代平賀アトミック源内が広めた風習だ。

「うむ、夏といえばウランギ。核分裂を活発にして夏バテに負けない体を造らんとな」
原子力江戸に暮らす人々は、大昔の大戦によって核耐性を得た人類の末裔だ。それどころかウランを取り込むことで核分裂し、エネルギーを作り出す体質を得たのだ。

こと、エネルギーを必要とする夏場は、核汚染が進んだ原子力江戸湾でたっぷりとウランを取り込んで川を登ってくるウランギ(うなぎのような見た目をしている)を食べるのが良いとされている。
「しかし旦那、今年も高いんでしょうなあ……」

春は初鰹、夏はウランギ、秋はサンマ、冬はスズキと、四季折々の旬のものや縁起物は高い値がついて取引されている。
「仕方あるまい。江戸っ子は古の時から縁起物を重宝する故な」
「そうですねえ。ちょっと様子見してみやしょうか」
ハチは近くのウランギ屋を覗き込む。

「大将!明日はウランギ食わせてもらえっかい?」
「おうよ!年に一度の土用の丑の日にウランギが出せなくて、ウランギ屋かってんだ!明日の仕入れの分まで準備万端ってなもんでい!」
ウランギ屋の大将は元気よく答え、パタパタとうちわをあおぎ、ウランギの蒲焼きを焼いていく。

「こりゃあ安心ですね。旦那」
「……」
陽気に笑うハチだったが、吉貝の様子がおかしい。なにか、遠くを見ている。
「あれ?旦那?どうしたんです?」
「ん、ああ、いや、なんでもない。ただ、少し嫌な予感がしてな」
我に返った吉貝が淡々と答える。

「縁起でもねえですぜ!旦那の悪い予感は当たりやすいんですから……」
実際、過去9話において、ほとんどの事件の起こりは吉貝の嫌な予感と一致していた。体内原子炉が見せる未来の幻覚か、あるいは、空気中に飛び交う電子のゆらぎを感じるのか。原因は定かではない。

「うむ、すまなかった」
「いや!旦那が謝ることはねえですって!虫の知らせみたいなもんでしょう。アッシだってたまにはそういうこともありやすけど、当たった試しなんてねえんですから」
「ふふ、そうだな。ハチの予感が当たったことなんて、これまでに無かったからなあ」

「旦那ァ!そりゃあちっと言いすぎですぜ?アッシの勘だって当たったことはたまには……あり?あったっけかな?アハハ!」
笑ってごまかすハチ。
「あっはっは!」
吉貝もつられて笑う。まるで、さっきの予感を忘れようとしているかのようだった。

……しかし、翌日。吉貝の悪い予感は的中してしまった。
「旦那ァ!てえへんだ!」
屋敷の庭でバイオ水牛の毛づくろいをする吉貝の元に、ハチが転がり込んでくる。
「どうしたのだ、そんなに慌てて」
「ウ、ウランギがとんでもねえ値段になってるんですよ!」

「……なんだと」
「とにかく、すぐに来てくだせえ!」
「わかった」
杉田バイオ玄白から頼まれていたバイオ水牛の世話を手早く済ませた吉貝は、ハチとともに原子力江戸の町に繰り出した。
「ううむ。これは……」
吉貝は町の状況に息を呑む。どこのウランギ屋も、例年の数倍の値段なのだ。

吉貝は昨日のウランギ屋に話を聞く。
「これはいったいどういうことだ?随分と高いではないか?」
「へえ、それが……今朝になって急にお触れが出たもんで」
「お触れ?」
「はい。なんでも、『ウランギは毎年捕獲量が減っているから大量消費を避けるために値段を上げよ』ってことでして」

「そんな!土用の丑の日にいきなりなんて殺生ですぜ!」
ハチは驚き怒る。
「お上にゃ逆らえませんよ。そもそも、こっちだっていきなり仕入れ値が倍以上になっちまったんだ。こうでもしなきゃおまんまの食い上げでさ」
大将が焼く蒲焼きの数は昨日の半分以下だ。

「大将も苦労してるんですな……」
ハチは大将の心情を察すると、高ぶった気持ちが収まってきた。
「おい、ハチ」
今まで口をつぐんでいた吉貝が口を開いた。
「なんです?」
「先生のところに行くぞ」
吉貝の顔が、仕事をする男の顔になった。
「へい!」

……場所は変わって江戸城地下奥深くの研究室。青いの核御紋が淡く光るフスマを開けて吉貝とハチが入室する。
「源内先生はいますか?」
「ヒヒッ、源内のやつなら今は奥の部屋で実験中ダヨ」
吉貝に答えたのは杉田バイオ玄白。原子力江戸の二大学問奉行の一人、バイオ奉行だ。

「源内先生に急ぎの話が……」
ハチが言いかけたその時!ズガァーーーン!!!爆音と共に奥のフスマが粉砕!
「ゴホォッ!……へっへっ!まーたやっちまったわい!」
粉砕したフスマの奥から煙に包まれて現れたのは平賀アトミック源内。原子力江戸の二大学問奉行の一人、アトミック奉行だ。

「ぬ?どうした吉貝。体内原子炉の調子がまた悪くなったか?」
平賀アトミック源内は爆発でモジャモジャになった髷を整えながら笑う。
「いえ、実は……」
吉貝はウランギ高騰の件を話した。

「……なるほどのぅ」
平賀アトミック源内は原子力演算器をバシバシと叩き始める。
「そんなお触れが出たという議事録は存在せんな」
「ええ!?それじゃあ偽のお触れを出してウランギの値を釣り上げたやつが居るってことですかい!?」
ハチが平賀アトミック源内に詰め寄る。

「そういうことになるな。ドサクサに紛れて仕掛け人はボロ儲け。足がつく前に江戸から逃げて万々歳といったところか」
平賀アトミック源内は冷静に現状を分析する。
「そんなあ!それじゃあ、アッシらみたいな金のない奴らは泣き寝入りってことですかい!?」

土用の丑の日のウランギ摂取は原子力江戸に暮らす人々にとって重要な栄養摂取だ。このままではアトミック飢饉(原子力不足で町民が大量餓死する現象)が起こりかねない。
「そうは言っても……」
「イヤイヤ、今年は運が良い。イヤァ?悪党にとっては運が悪かったか……キヒィ!」
杉田バイオ玄白が笑う。

「どういうことですかい?」
ハチが問う。
「イヤァ、ナアニ。今年は土用の丑の日がもう一度あるって事デスヨォ」
「土用の丑の日がもう一度……そうか!」
吉貝は杉田バイオ玄白の言いたいことに気がついた。
「嘘のお触れを流した奴らは、次の土用の丑の日も、嘘のお触れを貫き通さなきゃならねえ」

土用の丑の日といえば年に一度のイベントのように思えるが、実際には1年に2回ある年が多々ある(例えば西暦2020年は7月21日と8月2日の2回だ)。その短時間の間に証拠を隠滅して逃げることは困難だ。つまり、12日後の”2回目の土用の丑の日”にも、悪党は同じことをしなければならない。

「キヒィ!バカな悪党だネェ!ワタシだったらあと2年待ってたヨ」
杉田バイオ玄白は陰険な笑みを浮かべる。
「と、ともかく!やつらはもう一度動くってことですね?」
「そういうことだ」
ハチの問に吉貝が答える。
「そうと決まれば、準備が必要じゃな」
平賀アトミック源内が腰を上げる。

「やつらが動くとしたら次の土用の丑の日の前日じゃ。頭の回らん悪党どもめ、今ごろ必死に考えとるじゃろうが、どうせやることは今日と変わらんじゃろうて。ワシにできることは悪党どもの根城探しじゃ。二、三日掛かるが、まあ、首を長くして待っとれ。必ず見つけ出す」

「ワタシはその間に悪党どもが逃げられないように根回ししておくとしましょうネ……キヒヒ」
杉田バイオ玄白は4本の腕を器用に動かし、多数の書類を同時に製作していく。彼女の手にかかれば、限定条件をかけた上での一時的な江戸閉鎖令状を出すことなど造作もない。

「ハチ、お前は俺と一緒に噂話でも何でも良いから、とにかく聞き込みをしてくれ。頼んだぞ」
「へい!任せてくだせえ!」
吉貝の言葉に元気良く答えるハチ。そこには、吉貝を昔から仕えてきた信頼があった。
……それから数日、4人は各々のやるべきことを淡々とこなした。そして、時は訪れた。

……本年二度目の土用の丑の日、その前夜。江戸の町から離れた川沿いのあばら家が一軒。その中で囲炉裏を囲んでいるのは、3人の悪党だ。
「結局逃げる時を見失っちまった」
「仕方ねえだろ。いきなり関所封鎖なんて計画に無かったんだ」
3人のうち2人は少々不安なようだ。

「まあよい。明日も先日と同じように振る舞えば良いのだ。そうだろう?」
やけに落ちつた首領らしき男が酒をグイッと呷る。
「そ、そりゃあそうなんですが……」
「ん?なんだ?今更怖気づいたってんじゃあねえだろうな?」
首領が腰の刀に手をかける。
「いやいや!そういうわけじゃ……」

「た!たいへんだ!」
あばら家内の緊迫感をぶった切るように現れたのは4人目の悪党だ。
「どうした?」
「や、奴が来る!」
4人目の悪党は動揺し、息も絶え絶えだった。だが、それ以上に、何かを異常に恐れていた。
「奴だぁ?なんだそいつは?」

「あ!青い目の侍が来るんですよぉぉおおお!!」
「青い目の侍、だと……」
発狂寸前の4人目の悪党の言葉を聞き、首領の額に冷や汗が滲む。
「バカな……青い目の侍が……」
あばら家全体の緊張感が最大限に張り詰めたその時だ!
「バモオオオオオオ!!!!!」

突如として現れたバイオ水牛があばら家の壁を粉砕!その角には赤々と燃え盛る松明が装備されている!
「「「「うわああああ!!!!」」」」
屋敷内の悪党4人組は阿鼻叫喚!!
「バモオオオオオオ!!!!!」
牛車を牽引しているバイオ水牛はその場で停止。否が応でも悪党たちの目線は牛車に集まる。

鉛の牛車から姿を表すのは、頭巾を被った侍だ。その瞳は、チェレンコフ光でうっすらと青く光っている。
「お、お前はもしや……」
悪党の一人が震えてその名を口にする。
「……発狂頭巾!」

世に巣食う悪党たちに江戸伝説めいた噂があった。どんな悪事も見逃さない”青い目の侍”がいるという噂。狂人じみた剣術で死体の山を築く恐るべき始末人がいるという噂。そして、青く光るウラン刀を振るう剣士がいるという噂。……その全てが、現実となって悪党たちに襲いかかった。

「うわあああああああ!」
「でたああああああ!!」
「あああああああ!!!」
4人中3人の悪党は発狂頭巾を目にした衝撃で大混乱に陥る。だが!
「落ち着けええええい!」
悪党首領の一喝!
「「「……ハイ」」」
悪党3人は落ち着きを取り戻す。
「所詮相手は1人。こっちは4人だ」

首領が刀を抜いて構える。
「4対1だ。負けるわけがねえ。やれるもんならやってみろ!狂人が!」
「狂人……だと……?」
首領の”狂人”という言葉に激しく反応する頭巾の侍。

「金儲けのために民の口に入るはずのウランギを買い占め、飢饉が起ころうと知らぬ存ぜぬふりをする……」
頭巾の侍がウラン刀を抜刀!その青い輝きが闇夜を照らす。

「狂うておるのは……貴様らではないか!!!!」

カァーッ(例の音↓)!!

「ええい!かかれ!かかれえ!」
数の有利に任せて首領が号令を掛ける!
「い、いやーっ!!」
悪党が斬りかかる!
「ギョワーッ!!」
発狂頭巾のチェレンコフ光一閃!
「ぐわぁ!」
悪党無残!

「「いいやああっ!!」」
左右から同時に斬りかかる悪党2人!
「ギョワーッ!!」
二人の斬撃をバックステップで回避してそのままチェレンコフ光横回転斬り!
「「ぐわぁ!」」
悪党無残!

「おのれ発狂頭巾め……!」
残った首領は刀を構えて距離を取る。打ち取るためには一撃で仕留めなければならない。首領は思案しながらじわりと左に移動する。発狂頭巾もそれに合わせて左に移動する。間合いを取り合う読み合いだ。

じわりじわりと動く二人……。だが、発狂頭巾が急に足を踏み外す。先程のバイオ水牛車突撃の折に踏み抜かれた床に足が挟まってしまったのだ。
「……そこだあ!」
これを見逃さず首領は発狂頭巾に接近!勢いの乗った太刀筋で袈裟懸けに発狂頭巾をぶった切った!

「ギョワーッ!!」
あわや発狂頭巾!もはやここまでか!
「やったかぁ!」
そんなわけがない!
「ギョワーッ!!」
発狂頭巾の傷口が見る見るうちに塞がっていく!!
「なにぃ!?バカなぁっ!?」
あまりの事態に正気を失いかける首領。

発狂頭巾アトミックは傷を負ったと同時に体内原子炉を急速稼働。劇的な核分裂で細胞分裂を活性化し、常人には不可能な速度で傷を癒やしたのだ!
「ギョワーッ!!」
うろたえる首領にカウンターの一撃!
「ぐ……ぐはぁっ!」
首領もついに倒れる。

ウランギを買い占めて不当な利益を得ようとしていた悪党は、ここに完全に潰えた。
「ギョワーッ!!」
だが、発狂頭巾は刀を納めない。否、納められないのだ。
「ギョワーッ!!」
傷の急速回復によって体内原子炉は限界まで稼働していた。このままでは暴走してメルトダウンだ。その時!

「旦那ァ!!」
発狂頭巾の背後に突進する男が一人。ハチだ!その手には制御棒短刀が握られている。
「臨界御免!!」
ハチが制御棒短刀を発狂頭巾の背中から腹に貫通するように突き刺す!
「ギョワーッ!!」

発狂頭巾に突き刺さった制御棒短刀が、いい感じに体内原子炉の核反応を中和する。
「ギョワー……」
発狂頭巾の狂度が低くなったところでハチは制御棒短刀を引き抜く。傷口は細胞分裂によってすぐに塞がった。
「旦那、しっかりしてくだせえ!」

「お、おお、ハチか……」
発狂頭巾は……吉貝は、周囲を見て自分の置かれた状況を理解した。
「いつもすまねえな」
「へへ、ソレは言わねえお約束ってもんですよ!」
吉貝とハチはにこやかに笑い合った。

……翌日、本年2回目の土用の丑の日。
「さあさ!今日は土用の丑の日だ!ウランギ食って精をつけてってくれよ!」
ハチたちが毎年お世話になっているウランギ屋では、例年よりも安い破格の値段でウランギの蒲焼きが売られていた。

「大将、こんな値段で売って良いんですかい?」
ハチはウランギを頬張りながら陽気に問う。
「前のおふれは取り消されましてね。それどころか前の分のウランギまでどんどん出てきて安売りしなきゃ捌けねえんですよ」
ウランギ屋は忙しそうに、だが、嬉しそうに答える。

「こうして夏に皆がウランギを食べられる。よいことではないか」
吉貝も笑顔でウランギを口に運ぶ。
「へへ、そうですね!」
ハチはといえば、もう一人前をぺろりと食べてしまったようだ。
「大将、おかわり!」
「こら、ハチ!食べ過ぎは体を壊すぞ」

「おっと、そりゃそうだ。大将!おかわり半人前!」
「はいよ!」
「ははは!ハチは相変わらずだな!」
「ヘヘ!」
今年もウランギ屋は評判だった。

原子力江戸の町が闇に染まる時、闇を晴らす青き危険な光あり。誰が呼んだか発狂頭巾アトミック。ああ、チェレンコフ光が、今日も平和な町を照らす。

痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック第10話:土用の丑のウランギ騒動】

おわり

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