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痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック~第7話:発狂頭巾vs人斬り抜根斎~】

(これまでのあらすじ:原子力江戸歴XXXX年。先の原子力奉行、吉貝狂四郎は不慮の事故によって命を落とす。だが、時の平賀アトミック源内と杉田バイオ玄白の手によって体内に小型原子炉を埋め込まれて息を吹き返す。かくして、夜な夜な世が裁けぬ悪を裁く発狂頭巾アトミックとなったのだ。)

今日も今日とて平和な原子力江戸の町を歩く岡っ引きのハチ。
「あ!吉貝の旦那!探しましたよ!」
「おお、ハチか。どうしたのだ?」
吉貝の着流しは泥で汚れており、なにやら細長いズタ袋を背負っている。

「どうしたもこうしたもないですよ。ここ数日姿を見せないと思って心配してたんですよ。どこ行ってたんですか?」
「なに、これよ」
吉貝はズタ袋をハチに見せる。その袋の口からは、なにやら植物の葉のようなものがはみ出している。
「こりゃあ、もしかして……」

「これ!むやみに触るでない!」
袋に手を伸ばそうとするハチの手を叩く吉貝。
「いててっ」
「これは引き抜いた者を狂わせるという恐るべき植物、マンドラゴラだ」
「ええ!?し、しかし……」
「しかしではない!近頃の奇妙な噂はお前も知っておるだろう」

「奇妙な噂ってぇと、どれのことですか?」
原子力江戸はアトミックとバイオがひしめく魔都であり、奇妙な噂は常に山ほどあるのだ。
「あれよ。夜な夜な奇妙な叫び声が響いたかと思うと、惨殺死体が転がっているという話よ」
「え?それは旦那のことじゃあ……」

「違うわ!俺がそんなことをするわけがなかろう!」
吉貝は発狂声と共に悪を斬る。しかし、この話の惨殺死体は悪人だけではない。善良な商人も被害者となっているのだ。
「この件、俺はおそらくマンドラゴラの仕業に違いないと判断した。しかし証拠がない。そこでこれよ」

吉貝は改めてズタ袋をハチにずいっと見せつける。
「俺が手ずから掘ってきたこのマンドラゴラを杉田バイオ玄白先生に見てもらい、犯人探しの手がかりにしようというわけだ」
杉田バイオ玄白は原子力江戸の二大学問奉行の一人、バイオ奉行である。彼女ならばマンドラゴラにも詳しいというわけだ。

「ですが、その……」
「ハチ、さっそく行くぞ。お前も付いてこい」
何か言いたげなハチの言葉を遮り、吉貝はずんずんと歩き出す。
「は、はあ……」
ハチはこれ以上の言葉のやり取りは不可能だと判断し、吉貝の後を追った。

……場所は変わって江戸城地下奥深くの研究室。青いの核御紋が淡く光るフスマを開けて吉貝とハチが入室する。
「杉田先生はいますか?」
「ヒヒッ、なんの用事だァイ?」
杉田バイオ玄白は4本の腕を器用に動かし、薬品を調合している。

「先生、こいつを見てくれ。マンドラゴラだ」
吉貝がズタ袋を差し出す。
「キヒィ!コイツは……ただのゴボウだねえ……」
「なんだと!?」
杉田バイオ玄白の言葉に吉貝は驚きを隠せない。

「いやあ、アッシも言おうとしたんですがね……」
吉貝が持ってきたズタ袋、そこからはみ出る葉っぱは、明らかにゴボウの葉っぱであった。
「そんなまさか……」
「キヒヒ、どうせ何日も山ごもりでもして、小型原子炉がウラン不足にでもなったんだろうさ。後で平賀のジジイにでも見てもらうんだね」

「ぬぅ……」
唸る吉貝。小型原子炉を体内に埋め込まれた吉貝は、継続的にウランを摂取しなければならない。その必要量は通常の原子力江戸っ子の数倍だ。わずか数日摂取を怠っただけで幻覚症状を引き起こすこともある。
「ですが、そうなると噂の惨殺死体はマンドラゴラとは無関係なんですかね?」
ハチが杉田バイオ玄白に問う。

「キヒ、まあ十中八九無関係だろうねえ。そもそもマンドラゴラってのは……そうだ。せっかくだから見ていってヨ」
杉田バイオ玄白は吉貝とハチを連れて廊下に出る。
「マンドラゴラを引っこ抜くと絶叫して、そいつを聞いたら死ぬだとか発狂するだとかってのは、大昔の凶暴な野生種の話」
杉田バイオ玄白は歩きながら説明する。

「滋養豊富な生き物ではあるけどねェ、収穫するのにいちいち死人を出してたんじゃあ、たまったもんじゃない。そこで、代々のバイオ奉行は品種改良を続けてきたというわけさァ」
3人はしばらく廊下を歩き、1つの扉の前で立ち止まる。
「さあ、これが最新のマンドラゴラ牧場だヨ」
杉田バイオ玄白が扉を開くと、そこには地下マンドラゴラ牧場が広がっていた。

「まー」
「まー」
「まー」
「ここのマンドラゴラはストレスを与えずに放し飼いにしているのさァ」
杉田バイオ玄白の言葉の通り、大根くらいの大きさのマンドラゴラたちは、まーまーと鳴きながら敷地内をぽてぽてと歩き回っている。

「カワイイやつらだろォ?」
杉田バイオ玄白がマンドラゴラを抱きかかえる。マンドラゴラの方は暴れるどころか、甘えるようにまーまーと鳴く。
「へえ、こいつはなかなか」
ハチもマンドラゴラを抱きかかえる。マンドラゴラの方は無邪気にまーまーと鳴く。

「どうれ、俺も」
吉貝もマンドラゴラを抱きかかえる。
「ま、まー……」
吉貝に抱きかかえられたマンドラゴラはナニカに怯えるようにガクガクと震える。
「ふうむ……杉田先生、こやつは調子が悪いのではないか?見てやってくれ」
吉貝はマンドラゴラを地面にそっと下ろす。

「まー!」
吉貝の手から離れたマンドラゴラは杉田バイオ玄白の足にしがみつき、プルプルと震える。
「旦那が怖かっただけじゃあないですかね……」

「なにい?」
吉貝がハチをギロリと睨む。
「そ、その目ですよ旦那!旦那は侍としての覇気が強いんですから、抑えてくだせえ」
吉貝の気が部屋中に広がり、マンドラゴラたちが一斉に怯えだす。中にはあまりの恐怖に地面に潜ってしまうマンドラゴラもいるくらいだ。

「むぅ……あいや、すまんかった」
マンドラゴラたちの様子を見て、吉貝は気を鎮めた。
「これで分かったと思うけどネ、叫ぶマンドラゴラなんてのは原子力江戸の町には存在してないのサ」

「そういうことならば別の線から調べてみるとするか。世話になった。行くぞ、ハチ」
「へい」
吉貝とハチは軽く頭を下げると、杉田バイオ玄白の部屋を後にした。

……その後、吉貝の体内小型原子炉メンテナンスのために、2人は平賀アトミック源内の元を訪ねた。思いの外メンテナンスに時間がかかり、江戸城地下を出たのは日も暮れた頃であった。
「いやあ、すっかり遅くなっちまいましたね」
「久しぶりに体調も良いわ」
吉貝はアトミック充填されて元気一杯だ。

「それじゃあアッシはここで。調査の続きはまた明日にしましょうや」
「うむ。ではまたな」
2人は各々の長屋に向かって歩いた。

……吉貝は人気のない長屋にたどり着く。今夜はもう寝てしまおうかと思ったその時だ。
「ギョワーーーーーー……」
どこからか、狂ったような叫び声が聞こえてきた。
「まさか!出おったか!」
吉貝は長屋を飛び出し、声がした方に向かって全力で走り出す!体内原子炉がブーストし、人間離れした身体能力を引き出すのだ。

……吉貝が声の聞こえた場所にたどり着いた時、すでに犯人の姿はなく、惨殺死体のみが残されていた。
「遅かったか……いや……」
吉貝が思案するところにハチも到着した。
「旦那!おかしな声が聞こえたもんで、まさかと思って来てみりゃあ、しかし、一足遅かったみたいですね……」

「いや……ハチ、お前は奉行所に連絡を。俺は犯人を追う」
吉貝の目には薄ぼんやりと青い光が灯っていた。その目には、吉貝にしか見えないナニカが見えていた。
「ヘイ、旦那もお気をつけて!」
ハチは街に向かって走り出す。吉貝は逆に、更に人気の少ない場所に向かって走り出した。

……吉貝は犯人が残した僅かな香りを頼りに、ゆらりゆらりと歩を進め、ついに1軒の小屋にたどり着いた。
「ここか……ヌゥ!」
吉貝は背後から襲いかかる殺気に振り返る。
「貴様が原子力江戸の町を騒がす人斬りか」
問われた男は無言で腰の得物に手を添える。抜刀術の構えだ。

「それが答えか。ならば、容赦はせぬ!」
吉貝が刀を抜くより一瞬速く、男は腰の得物を振り抜いた!
「ギョワーーーーーー!!」
「ぬぐ……やはりその獲物は……」

男が振り抜いた得物は人を狂わせる絶叫を吉貝に浴びせる!
「……マンドラゴラであったか!」
どこで手に入れたのか、男はゴボウのような凶暴野生マンドラゴラを腰の袋に収め、勢いよく抜くことで絶叫を浴びせる”抜マンドラゴラ術(ばつまんどらごらじゅつ)”の使い手だったのだ。

「ぐ、ぐぐ……おのれ人斬り抜根斎め……」
いかに小型原子炉で体と自我を強化している吉貝とはいえ、間近でマンドラゴラの絶叫を浴びてしまってはまともに動けぬ。だが、”抜マンドラゴラ術(ばつまんどらごらじゅつ)”の男はなぜ平気なのか?
「貴様、耳が聞こえぬのだな……」

然り。本来、”抜マンドラゴラ術(ばつまんどらごらじゅつ)”は一朝一夕で身につく技ではない。だが、惨殺死体の噂は最近のものだ。であれば、”抜マンドラゴラ術(ばつまんどらごらじゅつ)”から使い手自らを守る手段として、耳が聞こえぬことはむしろ好都合である。
(おまえも、くるいしね)
抜根斎の唇が動く。耳が聞こえず、言葉は曖昧になったとしても、唇はまだ雄弁に言葉を発する。

「狂い死ね、だと……?」
男の言葉に激しく反応する吉貝。
「己が過ちのためにこの世を捨てるのは勝手。だが、善良な町人をそれに巻き込むというのならば……」
吉貝の頭は、いつの間にか禍々しい頭巾で覆われていた。

世に巣食う悪党たちに江戸伝説めいた噂があった。どんな悪事も見逃さない”青い目の侍”がいるという噂。狂人じみた剣術で死体の山を築く恐るべき始末人がいるという噂。そして、青く光るウラン刀を振るう剣士がいるという噂。……その全てが、現実となって抜根斎の前に立ちふさがった。

「狂い死ぬのは……貴様のほうだ!!!!」

カァーッ(例の音↓)!!

吉貝は体内小型原子炉を全力稼働!発狂頭巾となり、マンドラゴラの狂気を相殺!
「今一度マンドラゴラの狂気で死ぬがよい!」
発狂頭巾は腰の得物を引き抜く!それはズタ袋に入っていたマンドラゴラ……ではなくただのゴボウだ!

「ギョワーッ!!」
発狂頭巾がゴボウで斬りかかる!
「ギョワーーーーーー!!」
抜根斎はマンドラゴラでそれを受ける!

「ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
発狂頭巾のゴボウと抜根斎のマンドラゴラが激しくぶつかり合う!狂気の悲鳴が共鳴し、この世のものとは思えぬ音が空間を支配する。

「ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
「ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
「ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
ゴボウとマンドラゴラがぶつかりあうたびに恐るべき狂音が渦まく。

「ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
ほぼ互角の勝負が延々と続くかと思われたが、しかし、じわじわと発狂頭巾の方が不利となる。
「ギョ……ギョワーッ!!」
「ギョワーーーーーー!!」
いかに発狂頭巾といえども、マンドラゴラの音を長時間聞き続けるのは負担が大きいのだ。

「ギョ……」
ついに発狂頭巾が膝をつく。
「ギョワーーーーーー!!」
一方マンドラゴラの方はまだ元気一杯だ。このまま発狂頭巾は負けてしまうのか。……否!

「ギョ……ギョ……ギョワーッ!!」
発狂頭巾は体内原子炉を急速稼働!劇的な核分裂で細胞分裂を活性化し、高速新陳代謝で狂った細胞を正常な細胞に置き換えた!

(なに!?)
抜根斎がうろたえる。その僅かなスキを発狂頭巾は見逃さなかった!
「ギョワーッ!!!!!!」
今夜一番の狂声が発狂頭巾の腹の奥から放出された。その声はマンドラゴラですら狂わせるのに十分な声だった。

「ギョワーーーーーー……」
マンドラゴラは気を失い、ぐんにゃりとヘタれる。
「ギョワーッ!!」
発狂頭巾のゴボウ一閃!マンドラゴラの首は落とされ、完全に息絶えた。

(そんなばかな……)
愛マンドラゴラを失った抜根斎は為す術もなく震え、発狂頭巾を見る。その目は青く鋭く光り、耳が聞こえない抜根斎の”目”に、狂気を深く刻み込んだ。
「ああああああああああああ!!」
あまりの恐ろしさに、抜根斎は声にならない悲鳴を上げる。

「ギョワーッ!!」
発狂頭巾のゴボウ一閃!抜根斎の首は落とされた。……いや、実際には首は繋がっている。抜根斎は狂気に飲み込まれ、ゴボウで斬られる自分自身の幻覚に飲み込まれたのだ。

抜根斎はここに息絶えた。
「ギョワーッ!!」
だが、発狂頭巾はゴボウを納めない。否、納められないのだ。
「ギョワーッ!!」
急速新陳代謝によって、体内原子炉は限界まで稼働していた。このままでは暴走してメルトダウンだ。その時!

「旦那ァ!!」
発狂頭巾の背後に突進する男が一人。ハチだ!その手には制御棒短刀が握られている。
「臨界御免!!」
ハチが制御棒短刀を発狂頭巾の背中から腹に貫通するように突き刺す!
「ギョワーッ!!」

発狂頭巾に突き刺さった制御棒短刀が、いい感じに体内原子炉の核反応を中和する。
「ギョワー……」
発狂頭巾の狂度が低くなったところで、ハチは制御棒短刀を引き抜く。傷口は細胞分裂によってすぐに塞がった。
「旦那、しっかりしてくだせえ!」

「お、おお、ハチか……」
発狂頭巾は……吉貝は、周囲を見て自分の置かれた状況を理解した。
「どうしてここが分かったんだ?」
「へへ、奉行所からでも旦那の声がよおく聞こえましたからね。アトミック籠で飛ばして来たんですよ」

「いつもすまねえな」
「へへ、ソレは言わねえお約束ってもんですよ!」
吉貝とハチはにこやかに笑い合った。

……翌日、江戸城地下奥深くの研究室。
「なるほどのう、それが野生のマンドラゴラかいな」
平賀アトミック源内は吉貝が持ち帰ったマンドラゴラの死体をまじまじと見る。
「キヒヒ、ジジイは引っ込んでな。こいつはアタシの管轄サ。じっくり調べて出どころを探らないとねェ……」

杉田バイオ玄白は4本の腕をワキワキと動かし、未知の研究材料を目の前にニヤニヤと笑う。
「しかし、本当にマンドラゴラだったとは……。ところで、旦那が持ってたマンドラゴラはどうしたんですかい?」
「なんだと?俺はマンドラゴラなぞ持っておらんぞ」

「へ?いや、だって、マンドラゴラとマンドラゴラで斬りあったんでしょう?」
「それよ。アヤツとの勝負が終わった後、いつのまにかゴボウにすり替わっておったのだ。不思議なこともあるものよ」
「は、はあ。旦那がそう言うんなら、そうなんでしょうな……」

あまりにも真剣な声で話す吉貝に、ハチはこれ以上問うのをやめた。あれは最初からゴボウだった気がするが、実際にはマンドラゴラだったかもしれない。いや、そんな事があるわけがないのだ。だが、しかし、ここはアトミックとバイオがひしめく原子力江戸。何があってもおかしくはない。

「ははは!なにはともあれ一件落着よ!」
「そ、そうですね!ははは!」
ハチは深く考えないことにした。

原子力江戸の町が闇に染まる時、闇を晴らす青き危険な光あり。誰が呼んだか発狂頭巾アトミック。ああ、チェレンコフ光が、今日も平和な町を照らす。

痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック~第7話:発狂頭巾vs人斬り抜根斎~】

おわり

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