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【小説】#2.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所 | 迷子の灰色猫を探せ|閑話

 帰宅とほぼ同時に終業時間を迎えた。オーナー、と呼ぶのは就業中だけだ。後は、同居人としての白澤さんがそこにいる。
「レポートは明日まとめよう」
「うっす」
 短く仕事の話を終え、事務所の明かりを落とす。もちろん、表の看板はとっくに閉店に切り替えているし、戸締りもしたから一階への用事はない。
 ぐう、と腹が鳴って空腹を自覚した。猫と散歩をしながらの昼食は落ち着かなかったな、と思い出す。公園のベンチで昼寝を始めたタビちゃんを横目に、そこらのコンビニで買ってきたパンを齧るというのは、空腹は紛れても食べた気がしなかったなと思う。
 さて、夕飯の支度である。朝炊いた米は残っていて、冷蔵庫には賞味期限の近づいてきた卵がある。ベーコンがもう少しで使いきれるし、野菜室のトマトも悪くなる前に食べてしまいたい。考えずに手癖で作れる料理、と自分の頭にあるレシピを広げて出た答えは、オムレツだ。
 冷蔵庫を開け、材料を並べる。一人分には多すぎる量だ。多すぎるというか、およそ二人分と言った方がいいだろう。早々に部屋着に着替えてソファーでくつろぐ白澤さんを見て、閃いた。
「白澤さん、夕飯まだですよね」
「ああ」
「あの、ちょっと一人で食べるには多くて。よかったら一緒に食べませんか」
 ソファーに座っていた白澤さんが、台所にいる俺をちらと見る。共同生活が始まってすぐ、互いの食事を用意する、みたいな気の使い方はしなくても良いと白澤さんが言っていた。気遣いなら大丈夫、と断る視線であることは理解していて、声をかけたのだ。
「……卵とトマトを使い切りたいので」
 これは気を使ったわけではなく、食事の用意をするとかでもなく、冷蔵庫の在庫整理への協力依頼だ。共同生活で、食費は白澤さんが出しているのだから、俺が用意した食事を食べるのはおかしくないと思う。
「じゃあ、いただこうかな」
 白澤さんは、どこかあきらめたようにふっと笑って手を振った。よろしく、と言ってソファーにごろりと横になる。出来上がるまで少し休むのかもしれない。
「出来たら起こしますから」
 わかった、とふにゃふにゃと柔らかい声がする。助手としてのサポートが未熟である以上、少しでも役に立たなくては。それに、食事は二人で食べても美味しいのだし、食事の傍ら、今までにどんな仕事をしてきたか聞くこともできるだろう。
 過去の依頼は、レポートを読むとか書類を見るとかで知ることはできる。けれど、できれば白澤さんから聞きたいのだ。きっと、その方が楽しいだろう。ざぶざぶと手を洗いながら、何から聞こうかということで頭がいっぱいになる。オムレツを焼く時だけはオムレツのことだけを考えようと決めて、夕飯の支度にとりかかったのだった。

 なお、出来上がったオムレツを食べた白澤さんにお代わりを要求され、意外と食べる白澤さんの姿にびっくりしたのは秘密である。