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【小説】#6.7 怪奇探偵 白澤探偵事務所|閑話

一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負に参加しました。
【お題:三度目の正直】
休日、手作りマカロンに挑む野田とサポートする白澤のおはなしです。
マカロンは無事に焼けてこの日のおやつになりました。

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 探偵にも休日はある。普段よりゆっくり起きてぼんやり天井を見上げるとか、ちょっと足を延ばして美味しいものでも食べようとか、いたって普通のひとと同じように過ごす休日だ。
 白澤探偵事務所は土日と祝日を休日としている。
 今日は日曜で、大寒波の影響で外は強風と風雪に見舞われている。こういう日はゆっくり家で休むのが良いだろうとテーブルに積み上げた本の中からどれを読むか選んでいる最中、ぽんと肩を叩かれた。振り返れば、エプロンをかけた野田くんが立っている。
「白澤さん、聞こえてました?」
 どうやら台所から話しかけていたようで、私が返事をしなかったことに気が付いて声をかけにきたらしい。本を選ぶのに夢中で気が付かなかった。
「何かご用事かな?」
「いえ、台所しばらく使うんで……ってだけなんですけど」
 部下であり同居人である野田くんは料理が趣味らしく、休日にこうして台所を使うことを事前にお知らせしてくれる。私は全く料理をしないし、使ったとしてお茶やコーヒーを飲むための湯を沸かすくらいだから問題ないのだが、共有スペースなのだからとこうして続けているあたり、彼の人柄だなあと思ってつい頬が緩む。真面目というか。
「今日は何を作るの?」
「マカロンっす」
 マカロン。復唱すれば、野田くんは台所にあった箱を二つ持ってきてくれた。パッケージには手作りマカロンキットという文字と、かわいらしい写真が並んでいる。キットはどちらも同じメーカーのもので、パッケージにあるマカロンの色が違う。二種類作るつもりらしい。
「……家で作れるものなんだね、知らなかった」
 色とりどりのマカロンの並ぶショーケースは、見ていてにぎやかで楽しい。パティシエの技術があって作れるものなのだろうと思っていたから、手作りキットというものが存在することが意外だった。
「この間作ってみて失敗したんですよ、二回くらい」
 だから一個は予備で、とキットを指す野田くんはバツの悪そうな顔をしている。なるほど、どうやら私の知らないところで失敗があったらしい。それがいつかはわからないけれど、二回失敗しているとなると取り組みに熱が入っているのもわかる。
 やはり、マカロンは家で作るには難しい種類のものであるらしい。作り方が複雑なのだろうか。それとも材料の取り扱いが難しいのだろうか。食べ終わるのは一瞬のマカロンに対して、初めてどうやって作るのだろうと疑問が湧いた。キットの側面や裏側には作成の工程とワンポイントアドバイスで埋め尽くされている。ワンポイントどころではすまないアドバイスの数だ。
「このキット、売り場で見るたびに失敗したやつって思っちゃうんで……」
「リベンジ?」
「今日こそは、みたいな……三度目の正直ってやつ?」
 じゃあしばらく作ってるんで、とキットを回収して台所へ向かう野田くんの背中を見送り、充電スタンドに寝かせていたタブレット端末を立ち上げる。
 マカロンの作り方、検索。アーモンドプードルという材料の名前を初めて知った。粉糖とアーモンドプードル、メレンゲ、バタークリーム。絞り出すとか空気を抜くとかのほかに、マカロナージュという言葉が出てくる。文字の説明を見てもまったくピンとこない。
 動画も見てみる。卵白を泡立ててメレンゲにする、という工程を見ている最中に台所からミキサーの音が聞こえてきた。野田くんは今ここ、と思いながら動画の再生速度を二倍速に切り替え、立ち上がる。
 過去に二度の失敗があるなら、横で原因を見つけて調べるとかしたほうが成功確率が上がるのでは、と思ってのことだった。
「野田くん、横で見てていいかな」
「いっすよ! ……あ、マカロンの動画見てます? 後でカンニングするんで、止めておいてください」
 スマホで調べてたんですけどポケットから出すの面倒になってきたところで、と野田くんは困ったように笑う。多分、その面倒になったタイミングから何かが失敗してるんだと思う。
「今どこ?」
「アーモンドプードルと粉糖はふるってあって、メレンゲが今できたところで……」
「これからマカロナージュ?」
「何ですかマカロナージュって」
 私が動画を見せる。野田くんが手元のボウルで混ぜてみる。これであっているのか、この状態でいいのか、もう何もわからないと中断しようとする野田くんを宥めながら作業を見守る。
「なんかもっと……垂れる?感じ……」
「潰すように混ぜる、ってよく言われているみたいだね」
「ちょっと一時停止で……」
 野田くんが見やすいようにタブレットを抱え、がんばれ~と適当に応援してみる。野田くんはがんばるとかがんばってるとか適当に返事をしてくれた。
「あっ、動画みたいになってきましたよ! 出来たんじゃないですか、これ!」
「大丈夫、出来てると思うよ」
 やったね、と言えば野田くんは小さく親指を立てて返してくれた。キットの説明文ではマカロンの状態までは想像し辛いだけに、解説動画が役に立った。私は動画を再生するタブレットを持つスタンド係だったけれど、一緒に状態を見てやるくらいはできる。
「あとは生地絞って……乾燥させて、焼いて……焼いてる間にバタークリーム作ったら終わりです」
「もう動画は大丈夫かな?」
「はい! 次は完成したマカロンをお届けするんで、待っててくださいね」
 スタンド係は終わりらしい。残りの作業に取り掛かる野田くんを残し、台所を出てリビングへ戻った。
 タブレットを充電スタンドに戻しながら、積み上がった本を適当に選ぶ。文庫本なら、読み終わるのに大体二時間くらいかかる。そのころにはおやつが出来ている、と考えると少しだけうれしい。ただ横で見ているだけでも、何かが出来上がるというのを見るのはいいものだ。それが三度目の挑戦であればなおさら。
「……難しい本にしようかな」
 この後は甘いものが待っているし、と本を選びなおす。疲労には甘いものが聞くというし、成功したならおやつのリクエストに加えよう。野田くんは出来る子だからと思えばこそ、二時間後が楽しみだった。