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【小説】#24.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所|新春セールの誤出品|閑話

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「今回は誠に申し訳ございませんでしたぁ……」
 後日、白澤探偵事務所を訪れたエチゴさんは再び深く深く頭を下げた。
 エチゴさんの企画した新春セールのオークションで、出品目録を持って訪ねただけの俺が誤って出品されてしまった。咄嗟に白澤さんが入札をしてくれて事なきを得たが、後から考えれば中々恐ろしい状況だったと言える。
 何事もなかったから白澤探偵事務所に無事に帰ってきているし、エチゴさんから深々と頭を下げられているとも言える。隣にいるニィくんもまた、深く頭を下げているので何だか居心地が悪い。
「再発防止にダブルチェックと、総責任者である私の確認を必須としました。今後このようなことは起こしませんので……」
「いえ、ただの手違いでしたし、俺は本当に大丈夫なので……」
 今後ともお世話になることはあるだろうし、手違いから起こった事故で誰も悪くはない。もしかしたら、誤って受付をした人はエチゴさんにこってり絞られたかもしれないが、そこはまあ俺のあずかり知らぬところだ。
「野田くんもこう言ってますし、大丈夫ですよ」
 隣に座った白澤さんも同じように頷いている。エチゴさんはようやく顔を上げると、ほうっと息を吐いた。どうやら謝罪はこれで終わったらしく、俺も内心胸をなでおろす。
「それで、こちらはつまらないものなんですが……」
 ニィくんが足元から紙袋を引っ張り出し、エチゴさんが中から包装された細長い箱と、正方形の小さな箱を取り出す。反射的に受け取って、菓子折りだと後から気が付いた。
「私も先日食べておいしかったので……あと、これは白澤くんに」
 エチゴさんは正方形の小さな箱の蓋を開け、中身を見せてくれた。何が入っているのだろうと覗き込めば、四角いクッキーのような、けれどクッキーにしては分厚いものが入っている。俺の記憶にある中で一番近いものは、パイナップルケーキだろうか。丸井さんにお土産でもらったことがある、少し分厚いクッキーのようなあれだ。
「ああ、これは珍しい品を……」
 パイナップルケーキが珍しいのだろうか。じっと箱をのぞき込んでいると、白澤さんが俺の方をちらりと見て、小声で言った。
「……野田くん。これはあまり人間向けのものではないから」
 白澤さんの金色の目が強く念を押してくるものだから、勢いで頷いてしまった。
 そういえば、随分前になるが情報を最適化する薬を飲んでいたのだった。薬を飲むと、刺激が強いものを身近な情報に置き換える作用があると言われたことを思い出す。今目の前にあるものは俺の目に見えるままのものじゃないかもしれないのだと、一瞬背筋が冷えた。どう見てもパイナップルケーキなのに、そうではないかもしれない。
「今後も御贔屓にお願いしますね」
「……よろしくお願いします」
 お互いに頭を下げ、少し雑談をしてからエチゴさんとニィくんは帰って行った。
 曰く、新春セールの評判は大変良かったらしい。特にオークションは大きな話題になって幻永界でもちょっとした騒ぎになったそうだ。やはり三十億円というのは向こうでもインパクトのあることだったらしい。
「野田くん、エチゴさんのくれたゼリーおいしいよ」
「……これは普通のゼリーですよね? 最適化されてゼリーに見えてるとかでは……」
「大丈夫。千疋屋だよ」
 何かあったら私が教えるから、と言いながら白澤さんは箱詰めされたゼリーを積み上げて楽しそうに笑っている。俺の視界に入らないようにしまわれた白い箱の中身がどういうものだったか聞くのは憚られて、白澤さんに差し出されたゼリーをひとつ受け取って、その後は忘れることにした。