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【小説】#24 怪奇探偵 白澤探偵事務所|新春セールの誤出品

あらすじ:新年を迎えた白澤探偵事務所に幻永界のよろず屋、エチゴが訪ねてきた。要件を聞けば、新春セールを開催するが品が足りないため協力して欲しいと言う。今日の夕方からの開催ということで会場までの運搬を手伝う白澤と野田だったが――。

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 春や秋は来たなと思うのに、夏や冬はいつのまにかその季節になっていることが多いように感じる。イチョウの葉がすっかり落ちて朝の玄関周りを掃除しなくてもよくなったと思えばクリスマスが過ぎ、街中の赤と緑のイルミネーションが紅白に変わったのを認識した頃には年が明けていた。
 三が日はぼんやり餅を食いながら過ごし、白澤探偵事務所は暦に合わせて営業を再開した。
 仕事始めにまずやったことは年始に合わせて用意していた正月飾りの片付けと、事務所の暖房を点けることだった。
 今日は朝一番からお客さんが来ている。向こう側――幻永界でよろず屋をしている、エチゴさんが来たのだ。
 夏頃、三階の倉庫にある不用品の引取と、幻永界にある白澤さんの家に必要な本棚の取り寄せを依頼したときに初めて会った。俺としては、遠見の人と引き合わせてくれた人でもある。
 年末年始は大掃除に伴う不用品の引き取り、鑑定依頼から処分を承ったもので三階の倉庫は賑やかになるが、まだ不用品の買取をお願いする段階ではない。一体何の用事だろうと白澤さんとそろって話を聞けば、エチゴさんは困ったように眉を下げながらも、垂れ気味の目を細めて笑った。
「今日は商談というか、急なお願いなんですけどぉ~……」
「お願いですか?」
「ええ! 実は、今日の夕方から新春セールを開催する予定なんです。昨年はお客様にたくさん助けていただいたおかげで乗り切れたところがあって、何かお返しができればと思って……」
 エチゴさんが春から色々大変でしたから年明けくらい、と言えば、隣の少年――ニィくんが肘で小突いた。そういう話をしに来たわけではないだろうという仕草に、エチゴさんがはっと口元に手を当てる。前に会ったときも思ったが、ニィくんはしっかりしている。
 言葉の端から愚痴が出そうになったあたり、どうやら幻永界もてんやわんやだったらしい。多少なりともこちら側の影響があったようだ。
「新春セールのイベントの一つとして、目玉商品のオークションを企画しているんです。けど、在庫が少し不安で……不用品があれば買い取らせていただきたくてぇ……」
 どうでしょうか、とエチゴさんは白澤さんを見る。ニィくんは隣で小さく頭を下げた。どうするのだろうと横目で白澤さんを見れば、うんと小さく頷くのが見えた。
「構いませんよ。昨年はお世話になりましたから」
「わあっ、助かります~! 本当に本当に、ありがとうございます!」
 エチゴさんがニィくんの手をとってぶんぶんと激しく振っている。ニィくんはといえば、面倒くさそうながらも手は振り払わず大人しい。少年に見えるが大人びているあたり、見た目通りの年齢ではないのかもしれないと今更気が付いた。
「未鑑定のものがあるので、それは除くとして……野田くん、少し手伝ってくれる?」
「わかりました」
 ソファーから立ち上がり、自分のデスクにあるファイルを取り出す。送付物の鑑定進捗をメモしておいたリストがあるのだ。鑑定後の処理方法も記入してあるから、処分品だけをエチゴさんに案内するのは難しいことではない。
「どれくらい欲しいみたいな、数の目安はあります?」
「……あればあるほど嬉しいです!」
 鑑定済のものであればすぐ渡せるが、未鑑定のものが一部ある。鑑定を済ませたものをすぐ渡せれば数は増やせそうだが、鑑定をするのは白澤さんの仕事である。思わずエチゴさんと同時に白澤さんを見つめれば、白澤さんは小さく肩をすくめてからソファーから立ち上がって三階へ上がっていった。
「いつまでにお渡しできれば良いですかね?」
「ええと……それがその、実は、オークションも今日開催予定でして……」
 時計を見上げる。時計は十時を少し過ぎたくらいを指している。手元にあるリストには、残り三十品ほどの未鑑定のものがあった。
「急いだほうがよさそうすね」
 リストの予備をプリント出力をしてから、エチゴさんとニィくんを伴って三階の倉庫へ向かった。

 一階の事務所には暖房があるが、三階の倉庫には残念ながら暖房はない。冷えた空気にぶるりと震えが来たが、夕方までとなると急がなければならないだろう。自然と、それぞれが手を動かし始めていた。
 白澤さんは未鑑定のものを鑑定にかかり、俺は鑑定済のものを並べてエチゴさんが値付けをしやすいように整えておく。鑑定後返送、と但し書きのないものを集めれば意外と数が集まって驚いた。白澤探偵事務所がモノで溢れるのは、この時期だけだ。
 鑑定の済んだものからニィくんが一か所に積み上げていく。最後にまとめて持っていくつもりらしい。
 昼までは黙々と作業を続け、昼食の休憩を挟んでからはエチゴさんも鑑定に加わってくれた。目利きも商売の一つですのでと言いつつてきぱきと品を寄り分けていく様子は普段のどこかゆったりとした空気と違い、仕事人という感じがする。
 白澤さんとエチゴさんの二人がかりで鑑定を終え、値付けとリストアップを終えたころにはすっかり日が暮れていた。
「あら、どうしましょう……もうセールの開場時間だわ」
「会場は向こうでしょう? 私の方で繋ぎますよ」
 白澤さんは壁に符を貼り、幻永界に繋がる扉の準備を始めた。大半の荷物をニィくんが持った。エチゴさんは電話での指示出しに忙しい。開場には間に合わないが、オークションには間に合わせるつもりらしい。
 二人が諸々の準備をしているのにぼんやり立ち尽くしているのも気が引けて、手配を終えたエチゴさんに声をかけた。
「何か、俺が手伝えることありますか?」
「それでしたら、会場でこの出品目録を倉庫番に渡していただけますか? これがあれば、何をどう扱うかわかるはずなので!」
 これで更に時間が巻けます、とエチゴさんは親指を立てた。詳しく聞くと、どうやらエチゴさんとニィくんが荷物を搬入する場所と、オークションの出品順リストを扱う場所が別らしい。
 会場の地図を貰って場所を確かめているうち、壁に貼った符が僅かに光った。どうやら、白澤さんの方は準備が出来たらしい。
「私は会場に入ったら扉を閉じるけど、それ以外に手伝えることは?」
「扉の始末が終わった後はご自由に! お礼になるもの……ええと、取り急ぎ会場参加チケットをどうぞ」
 エチゴさんは白澤さんの手にぎゅうぎゅうとチケットを持たせた。くしゃくしゃの紙が白澤さんの手に渡った瞬間、白い折り鶴に変わって驚く。
「その鶴をお持ちの方は売買もオークションもどの品でも参加できます。では御礼はまた改めて、いきましょう!」
 扉が開く。エチゴさんとニィくんに続いて、俺も扉の向こうに足を一歩踏み出した。

 頭上に仄かな明かりが連なるランタンや提灯が浮かび、賑々しい出店が並んでいるのが見える。そこここから安くしておくよと声かけが聞こえ、ひそやかに値切りをする人の姿も見える。場内の賑やかさに呆気にとられ、つい足が止まってしまった。
「では野田さん、また後ほどー!」
 エチゴさんがニィくんを伴い、元気いっぱい走っていく。白澤さんは扉の処理に忙しい。周囲にいる人たちはこの光景を特段珍しがるわけでもなく通り過ぎていく。幻永界ではよくあることなのかもしれない。
「野田くん、後で合流しよう」
「了解です」
 地図を片手に、早足に人混みを抜ける。こんなに他人の姿を見るのも久しぶりだ。家の中にいることが多かったし、依頼者と直接顔を会わせた回数も少なかった。丸井さんからはよくオンライン通話の誘いが来て、画面越しにヘンテコなグッズをたくさん見た。
 エチゴさんの作ってくれた地図の指し示すとおりに進んでいくと、無事会場の裏手に到着した。賑々しい空気は遠く、人々の楽しそうな声が時折聞こえてくるくらいだ。
 白い幕を降ろしたテントが三つ並び、そのうちの一つにのぞき窓のようなものがあって肘をついた腕が見えている。あそこが受付口だろう。
「あの、すみません……エチゴさんに頼まれて出品目録を届けに来たんですけど」
 受付口の中は暗く、受付の人の顔は見えない。声をかけると、腕は手のひらを返し、指先を何度か内側に曲げた。早くくれ、というジェスチャーだと気付いて目録を渡す。
 目録を渡すと手は内側に引っ込んで、ぱらぱらと紙を捲る音が続く。よく見れば、内側に目隠しの布のようなものが垂れ下がっていた。顔を見られないようになのか、テントの中を見せないためなのかはわからない。
 エチゴさんは荷物の搬入に間に合っただろうか。気にした瞬間、場内放送で間もなくオークションが始まりますと告知が聞こえてきた。
 俺がエチゴさんに頼まれたのは目録を渡すところまでだ。検分は中でしてもらっているから、ここでやるべき仕事はもう終わったとも言える。もうやることもないし、白澤さんと合流するためには来た道を戻らなければならないし、と考えてとりあえずこの場を離れることにした。
「……ええと、失礼します」
 お疲れ様ですと言うのも変な話だが、中に向かって声をかけると検分の終わったらしい腕が伸びてきて、俺を指さした。
「何すか?」
 何も言われないまま指をさされていると、少しむっとしてしまう。最近こういうのがなくなってきたけれど、過去にされたことは案外覚えているものだ。
 何で指さされているのかわからないまま、しかも何の用事があるのか聞いているのに返事もない。エチゴさんには悪いがもう帰ってしまおうと背を向けると、ぼそりと掠れた声が聞こえた。
「登録漏れ」
 どういう意味かわかりかねて振り返ろうとした瞬間、頭の外側がぐわんと揺れる感覚があった。視界が歪み、滲んで消える。何が起きたのかわからないまま、ぷつりと意識が途切れた。

「皆さま、お待たせしました!」
 ぐわん、と近くで大きな音がして目が覚める。瞬間、あまりの眩しさに俯いた。何とか瞬きをしているうちに明るさに慣れて周囲を見渡して驚いた。
 数多の目が俺を見ている。好奇心の視線が降り注ぎ、思わず後ずされば何かに阻まれた。手さぐりで見た感じ、壁があるようなのだが俺の目で見ることはできない。見えない壁と言えばいいのか、とにかくここから逃げ出すことはできなさそうだ。
 ついさっきまで、会場の裏手のテントにいたはずだったのに場所が変わっている。移動させられた、と考えていいだろう。それならここはどこなのか。考えるより早く、やかましいマイクの音が耳を刺す。
「本日の目玉の前に、飛び入りで入ってきた珍しいお品! 当世ではしばらくお目にかかれない――の目!」
 マイクの音声がハウリングし、一部は聞こえなかったが自分の状況は理解できた。
 オークション会場に居るのはまだわかる。問題は、目録を渡しに行っただけだというのにどうして俺が出品される品としてステージの上にいるのかということだ。
 はあ、と思わず音の方向に首を捻る。どうしてと声を上げようか迷ったが、逃げることもできない見えない壁に阻まれていてなお行動する気は起きない。逃げられないとなると抗議する以外できることはないが、聞き入れられそうにない空気だ。
「最低額は事前にお伝えした通り! 参加をご希望の方は番号札を上げてください!」
 カン、と甲高い音がする。どうやらオークションの始まりを告げる槌が鳴ったらしい。場内からちらほらと番号札が上がりぞっとする。札を上げるのと同時に口元が動いているのが見えるが、声は聞こえない。この見えない壁の中は聞こえる音が制限されているのかもしれない。
 どうしよう。どうするべきだろうか。動揺している間にも札が上がり、背中に変な汗をかいている。嫌な予感というか、嫌悪感が隠しきれない。自分に値段が付けられていると考えると気持ちが悪すぎる。
 ふと、会場で手を振っている人がいるのが目に入った。よく見ればそれは白澤さんで、ほっと息を吐く。白澤さんがいるなら何とかなるだろうと思いながら手を振り返そうとするのだが、どうも身体の動きが鈍い。それなら声を出そうと思うのだが、喉の奥から空気が抜ける感触だけがしてさっと血の気が引いた。
 白澤さんの口元が動いているのが見える。何か言っているのだろうが、聞き取ることができない。反応できずにいると、白澤さんはステージの方に近づきながら札を上げた。
 会場の空気がざわついたのが、見ているだけでも十分わかった。会場中の視線が白澤さんに向けられ、参加を示す札がちらほらと下がり始める。白澤さんが掲示した金額がよっぽど高いのか、競おうとする人は多くないようだった。
「――、他にいらっしゃいませんか?」
 白澤さん以外の札が一つ、下がらない。金額の部分だけがハウリングを起こしていて、聞き取れない。
「二十三番の方、どうしますか?」
 取り仕切る声は、白澤さんにさらに金額を出すかどうかを訊ねている。ようやくステージの前まで着いた白澤さんが、俺に向かって目を細めて笑うのが見えた。同時に、また金額を告げる。
 ざわ、と会場が動く。もはや俺を見ているのではなく、白澤さんを見ている人のほうが多い。白澤さんは俺に背を向け、まだ上がっている番号札へ視線を送っていた。
「三百七番の方、どうしますか?」
 札の先が微かに震え、それから番号札は伏せられた。
「――、他にいらっしゃいませんね。ではこちらで!」
 落札を告げるベルが鳴る。では次の品、と槌が鳴った瞬間、また意識が遠のいた。見えない壁の向こうから、白澤さんが小さく手を振っているのが見えた気がした。

「野田さん、本当に、本当に、申し訳ありません~っ……」
「いや、手違いだったならエチゴさんは悪くないですし……」
「お客様であることを伝達し忘れたのは私ですからっ、急いでいたとはいえ……重ねて申し上げます、本当に申し訳ありませんでした……」
 平身低頭のエチゴさんを前に、どうにも困ってしまった。
 どうやら、元々の予定では俺の持つ目と似たものがオークションで取り扱われる予定だったらしい。目の搬入が当日にずれこみ、エチゴさんの到着も遅れたことが災いし、目録に記載はないが恐らくこれだろうと受付の人が焦って俺を出品登録してしまった、ということだった。
 オークションにかけられた生き物が暴れ出すのはお客様にも危険が及ぶということで、見えない壁の張り巡らされたテントのようなものに入ると声も出ないし動きも鈍くなるようになっていたそうで、無事に外に出てからは声も出るし身体に違和感もない。
 とりあえず何事もなかったのだからとエチゴさんに頭を上げるよう頼んでいるのだが、全く顔を上げてもらえなくて困ってしまった。
「エチゴさん、野田くんもこう言ってますし……競りの金額についても解決しましたし、結構ですよ」
「また後日、お詫びに伺いますぅ……せっかくですから、野田さんも会場を楽しんでいかれてください」
 エチゴさんからくしゃくしゃの紙が手渡される。手の中にぎゅうと押し込められたそれは、瞬きのうちに鶴へと形を変えていた。これがあれば会場内を自由に出歩けるというチケットであることは、白澤さんに手渡されたのを見ているからよく知っている。
「では本日はこれで……」
 エチゴさんは最後に深々と頭を下げ、ニィくんを伴って会場の裏手へ去って行く。これから反省会なんだろうな、と小さく苦笑した。
「よかった、野田くんに何もなくて」
「はあ、いや……何かっていうか、まあ気を失ってる間に殆ど終わってた感じですけど」
 白澤さんがゆっくりと人混みに向かって歩き出したのに続いて、俺も足を進めた。深い時間になったからか、人混みの流れは随分穏やかになり、出店を覗く人たちもゆったりと買い物を楽しんでいるように見えた。
「いつまで経っても来ないと思っていたらエチゴさんが血相を変えて走ってきてね、慌ててオークションに参加したんだよ」
「そうだったんすか」
「取り消しが間に合わないというから、とりあえずふっかけておこうと思ってね」
 ふと、白澤さんが足を止める。古い本がぎっしりと詰まった出店だ。日本語は見当たらなくて、全く俺の知らない言葉ばかりが並んでいる。
「……あの、俺、いくらだったんですか?」
 日本円で、と付け足せば白澤さんは古い本をぱらぱらと捲りながらしばらく黙り込む。そのまま店頭にあった数冊を買い取り、店を離れた瞬間、白澤さんはぽつりと言った。
「三十億くらい」
「さっ……」
 会場がざわめくわけだ、と今更になって理解する。そりゃあ俺を見るより、俺にこれだけ金額を出すこの人は何だと思うのも当然だ。俺としては好奇心の視線から逃げられて助かったが、もしかしてそれを狙っていたのだろうか。
「大変な目にあった後だから何かプレゼントしようか。欲しいものがあったら言って」
「はあ、そうですね……とりあえず、出店を全部見てみたいです」
「構わないよ」
 仄かに明るいランタンと提灯が会場を照らしている。出店には見たこともない品があれば、どこかで見たことがある品もあった。これは丸井さんが好きそうだと思うものもあれば、こういうものは依頼があっても避けたいというものもある。
 白澤さんにあれこれ聞きながら会場を回るのは意外と楽しくて、二人で会場を歩き回った。欲しいものは結局なくて、手ぶらで会場を去ったのはしばらく後だ。次があれば欲しいものもわかるだろうと白澤さんが言って、俺もそうだといいなと思う。間違えて出品されることがなければ、また来たいと思える良い催しだった。