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【小説】#6.6 怪奇探偵 白澤探偵事務所|閑話

あらすじ:迷子の猫ちゃんを探してほしい依頼人、秋原さんからお歳暮でハムが届いた白澤探偵事務所はハム消費活動をしています。

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「この間いいハム貰ったじゃないですか」
 冷蔵庫を閉じつつ呟く野田くんにソファーからうんと返事をする。台所ではかちゃかちゃと金属がこすれる音がしている。これは最近野田くんが購入したホットサンドメーカーの蓋が閉まる音だ。かち、とコンロに火がついて、それからしばらくすると香ばしい匂いが漂う。
「ハムステーキとか色々して、それでもまだ残ってたんでいまホットサンドにしてるんですよ」
「私の分は?」
「これ白澤さんの分、俺は後で自分の分焼きます」
 冗談のつもりで聞いたのに、朝食はハムサンドで決まっていたらしい。紅茶をいれようかコーヒーをいれようか迷っていたけれど、コーヒーにしようと決めた。
 台所に並んで立ち、ケトルに水を汲む。ちらと横目でコンロを見れば、ちりちりとパンの焼ける匂いにハムの油が溶けて美味しい匂いが漂い始めたところだ。
「……あのね野田くん、一個でも足りるよ?」
「え、白澤さんいつも腹ペコなんだと思ってました」
 野田くんのホットサンドメーカーは、一度に二つのサンドが作れる。これが私の分だと言われて少し考えてみたが、何というか、このところ野田くんは私の胃を気遣ってか量を用意してくれるのだ。
別に食べられる量ではあるし、美味しくいただいている身ではあるが、用意してもらうというのが申し訳ないような気がするのだ。
「今までは一人だったから適当に済ませていただけだよ」
 事実、野田くんが来る前の食生活は、あまり人に言えるような状態ではない。馴染みの店は方々にあるし、美味しいものを楽しむこともするが、家で腹を満たすものといえば小さな冷蔵庫の中にため込んだ栄養ゼリーくらいのものであった。それを野田くんに言ったらカップ麺生活よりはましだとコメントをしつつ、ご飯に誘ってくれる回数が増えたように思う。
「こんなおいしいハム、俺だけで食べてたらもったいないし」
「野田くんが貰ったようなものだから、一人で食べてもいいのに」
「そういうことじゃないですよ」
 野田くんがむっとしながらホットサンドメーカーをぱかりと開ける。きつね色のパンがふわふわと湯気を立てている。ケトルもほとんど同じタイミングで湯を沸かしてくれた。私はドリップの用意をして、野田くんは焼き立てのそれを皿にひょいと乗せる。
「野田くんもコーヒーでいい?」
「俺は牛乳飲むんで大丈夫です」
「わかった」
 ホットサンドの乗った皿を受け取り、野田くんが冷蔵庫の方へ向かうのを何となく目で追いながら皿の上にあるそれを手に取る。
「いただきます」
「……どうぞお」
 感謝はしているのだ。家でご飯を楽しむようになったことも、誰かが用意してくれるということも。私だけが思っているわけではないといいな、と思う。思うけれど、彼に言うことはきっとない。
 かしりと齧れば、サンドの中にあるハムの油が溶けて舌に触れる。次いで、チーズがとろりと伸びたのでつい笑ってしまった。ハムとチーズは美味しい。ふと顔をあげれば、野田くんがにんまりとした顔でこちらを見ている。
「別に、俺も作るのやじゃないんで。いいですよ、全然」
 気にしなくても、と言いながら野田くんがパンを齧るので、続きはうまく聞き取れない。美味しいからそれでもいいか。何しろそれで良いと言われているし、と同居人の言葉に甘えることにした。