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【小説】#23.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所|隠蔽された記憶|閑話

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 細く開けた窓から、時折夜風が吹いてくるのが心地よい。
 新宿は夜になってもずっと蒸し暑いのに、場所が変わるだけでこうも過ごしやすさが変わるのかと今更驚いてしまう。
 縁側に向かい合わせで並んだソファーで、ぼんやりと過ごしている。外からは川のせせらぎが聞こえる。トンネルを抜けたときに見た、あの滝へ向かうのだろうか。
「こんなに良くしてもらっていいんですかね……」
 思わずそう呟いてしまったのは、夕食で満たされた腹のせいだろうか。それとも、白澤さんに付き合って飲んだ酒か、部屋付きの露天風呂でゆっくりしすぎたせいだろうか。ふと漏れた独り言に、白澤さんが小さく首を傾げる。
「それは、どうして?」
 向かいのソファーでゆっくりと寛いでいる白澤さんが俺の返事を待っている。遠慮する白澤さんを何とか言いくるめて肩だの背中だのを解したあとだからか、普段より柔らかい雰囲気に見えた。
「いや、何でもやって貰いすぎのような気がして申し訳なくて。宿の手配だけじゃなくて、着替えまでいただきましたし」
 俺が遠見さんの家で寝ている間に、宿とレンタカーの延長手配だけでなく適当に着替えも揃えておいたというのだから本当に驚いた。郊外のユニクロって広いね、と言われて少し笑ってしまった。確かに、郊外の店舗というのはやけに広い。
「私は、野田くんが大事だからね」
 だからケアもするのが自然でしょう、と白澤さんは口元だけで笑う。
 何だかくすぐったいことを言われている気がするが、筋は通っている。大事だからケアをする、と頭の中で繰り返して、くすぐったいでは足りなくなって照れてしまった。
「私は人間と違うから、ショックを受けた時の人間がどういう気持ちで何を欲しているのかはわからない。今まで接してきた人たちから学んで、それをしているだけだよ」
「世間一般的に百点満点だと思いますけど……」
「学習の成果だね」
 白澤さんと勉強という言葉が結びつかなくて思わず笑ってしまった。白澤もつられたのか、普段より大きな声で笑う。そういえば口を開けて笑うのは初めて見た気がした。酔っているからなのか妙に面白い。
 ひとしきり笑ったら、気持ちも随分すっきりした。気持ちは大分晴れた。肉体的にも疲れは取れている。何より、この人がいるなら何とかなるだろうという安心感がある。
「なんか、いつも同じこと言っちゃうんですけど……ありがとうございます」
「私も同じことばかり言ってる気がする」
「あと、お世話になります」
 これから先のことを示して言えば、白澤さんは力強く頷いて返してくれる。金色の瞳が穏やかに俺を見つめている。それに安堵を覚えている自分の変化が面白い。
 目を瞑る。部屋の明かりがぼんやりとまぶたの裏に残っている。同じ場所にいて、こうした不安や悩みを共感できる人と働くことは今までなかった。
 何かがわかればいいなと思う。早くなくても、先に進んでいければいい。あんなに寝たのに眠気がにじり寄っていて、薄っすらと眠たい。布団にいくのはまだ億劫で、黙って目を閉じていた。