見出し画像

【小説】4月7日 午前9時 新宿 白澤探偵事務所二階にて

※J.Garden48開催中止のため、怪奇探偵白澤探偵事務所3巻のノベルティイラストカード+SSを公開いたします。3巻を頒布する際に、こちらと同内容のイラストカードをお付けいたします。WEB公開したものと内容が同じですが、お手に取っていただける際はお手元で楽しんでいただければ幸いです!

画像1

 誕生日というのは一年に一度必ず来るもので、産まれた日という以上の意味はないと思っていた。実家にいた頃はバースデーケーキを食べたし、妹弟から拙いプレゼントをもらったこともある。実家を出てからは、そういえば誕生日だった、と思い出す程度の日だったが、今日は違った。
「野田くん、今日誕生日だよね。お祝いしたいのだけど、一日貰ってもいい?」
 四月七日の朝、白澤さんに突然そう切り出された。
「別に、俺は構いませんけど……」
「わかった。それじゃ、今日は白澤探偵事務所はお休みということで」
 そう言ってにっこり笑う白澤さんと外出の支度をし、家を出た。とりあえず朝食にと連れられて行った店でうまいコーヒーをごちそうになり、欲しがっていたものがあったよねとビックロに繰り出してホットクッカーを買ってもらい、お気に入りのお店があるんだと連れていかれた小料理屋ではのんびりと美味しい昼食をいただいた。
 食事を済ませ、温かいお茶をいただいてから店を出る。プレゼントと称して買ってもらったホットクッカーが、夜に配送で届く予定になっている。この後はケーキでも買って帰ろうか、と白澤さんが先に歩き出した。
「すいません……なんか、色々ありがとうございます」
「昨年祝えなかった分張り切りすぎてしまったかな、ごめんね」
「いえ、そんな……おいしかったですし、うれしいです」
 お祝いと聞いて高価な店を想像していただけに、気負わず食事ができたのはうれしかった。高そうな店の作法なんて知らないし、サービスを受けるというのも慣れていない。白澤さんはそういう微妙な塩梅をわかっていて俺を連れて行く店を選んでいるのがすごいとよく思う。
「野田くんの誕生日を知ったのが過ぎてからだったからね。祝わせてくれてありがとう」
 白澤さんに誕生日を聞かれたのは、昨年の誕生日を過ぎてからのことだった。もう過ぎました、と言えば残念そうな顔をしていたのを覚えている。それだけに、お祝いしたいと言われたら断るのも悪いとほんの少し思っていたのだ。
「こんなにお祝いって感じで祝われたの、さすがに初めてです、俺」
「楽しんでもらえたらうれしいよ。……まあ私としては、何でもない日も祝いたいくらいだけど」
 人間はすぐいなくなってしまうからという白澤さんの横顔は、どこか遠くを見ている。
 白澤さんは人間ではない。人間よりずっと長い時間を生きている。今まで知り合ってきた人間をどれくらい見送ったのかを考えると、白澤さんがしたいことを思い切りできる機会は一年に一度しかない貴重な日なのかもしれないと気が付いた。
 こんなに祝ってもらって悪いなとか、自分ばかりが良い思いをしているのではないかと思っていたが、白澤さんがそうしたいなら心ゆくまでしてほしいとも思う。祝われる身としては、少し気恥ずかしいけれど。
「あの……なんていうか、俺が言うとちょっとおかしいかもしれないんですけど」
 何て言えばいいのかわからないまま口に出すと、白澤さんが不思議そうに俺の顔を見上げた。
「……またお祝いしてくれると嬉しいです」
 白澤さんが満足いくまで何度でも、と付け足せば、わかりやすく白澤さんの頬が緩んだ。金色の目が細くなって、にっこりと微笑む。
「そうしよう。とりあえずはまた次の年もね」
 よろしくお願いしますというのも変な気がして、小さく頷いて返事にした。俺に出来ることは来年もここにいるという約束を守ることと、プレゼントに貰ったホットクッカーをどう使いこなすかだ。
 とりあえずおでんから始めようかなと決めて、白澤さんの後を歩く。来年も同じように歩いているといいなと思いながら、前を歩く背中を見つめていた。