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【小説】#5.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所 | 仮面の少年 | 閑話

 料理において手癖というのは恐ろしく、疲れているときほどいつもの分量で作らないと失敗する。つまるところ、疲れたし適当に粥だけにしようと思っていたはずなのに、気が付いたら中華粥、解凍しておいたエビのガーリックソテー、小松菜と卵の炒めものが出来上がっていた。しかも健康な胃の分量なので多い。明日食べても重たい気がする。
「……白澤さん、おかゆ食べます?」
「食べる」
 最近、白澤さんを誘うと大体のものは食べてくれることに気が付いた。自分ひとり分だと適当にもなるが、ほとんど毎食食べてくれるのであれもこれもと作ってしまうところがある。何より白澤さんは食べっぷりがいいので、見ていると何というか、気持ちが良いところがある。
 いただきます、とどちらともなく手を合わせて食べ始める。ソファーに座っている白澤さんが、粥を一口食べてちらとこちらを見た。エビに手を伸ばしかけていたので視線の意図を掴みかねてつい止まってしまう。
「野田くんのご飯、おいしいよね」
「ども」
「家でご飯食べようってあんまり思わなかったんだけど、最近甘えてばかりだなって」
 美味しいからつい、と言いつつ手は動いているので、気に入ってくれているらしいことがわかって落ち着かない気持ちになる。もともと自分が満足すれば良い程度のものだったけれど、人に食べてもらう機会ができるとは俺も思っていなかった。
「……そういえば、野田くんはご実家に帰ったりする?」
「特にないっす。もしかして白澤さんは帰る感じですか」
「いや、出かける用事はないんだ。野田くんも家にいるなら蕎麦でもどう?」
 年越しそばで美味しいお蕎麦が出回るから、と少し弾んだ声で言う白澤さんについ笑ってしまう。好きな食べ物あったんだ。外で売られている年越しそばは大体二人前からだから、消費のお手伝いができる。ついでに調理もだ。
「天ぷら乗せますか、かき揚げとか」
「……野田くん、何でも作れるね?」
「いや、動画見ながら作ります」
 何しろ揚げれば大体のものは食えるから安全だ。失敗したところで、一人で食べれば消費できるし、上手くいった方は白澤さんのどんぶりに乗せれば良い。かき揚げって具に何が入っているのだろう、インスタントのせんべいみたいな天ぷらしか知らない。あれはあれとして美味いので好きだが、家庭で再現は出来ない。
「おいしいお店に連れて行くから、それで覚えればいいんじゃないかな」
「何が入ってるなーくらいはわかりますけど、別に再現できるわけじゃないすよ」
「いいんだ、野田くんの技術向上に投資するから。明日は暇?」
「暇です」
「よし行こう、決まり。お蕎麦も買って帰れる」
 怒涛の展開で出かける用事が出来てしまった。別に何をする予定もなかったからいいのだが、何というか、日常っぽいものについほっとしてしまう。非日常に触れて体が驚いているのかもしれない。休みの間は家でゆっくり過ごせる、と思うと何となく力が抜ける。
 食欲が許す範囲で食べて、そのままクッションに背中を預けて沈む。白澤さんは残り食べるね、なんて言ってお皿を空っぽにしてくれた。ほとんど食べてもらってしまった。
「ごちそうさま」
「ども……あ、皿」
「いいよ、私が片付けるから」
 後始末に立つ白澤さんの背中を見送り、そのまま流しの音を聞いている。体調が悪いとき、人の気配がすると安心する。一人ではないというのが、今はありがたかった。