見出し画像

【小説】#8.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所|満開の枝垂れ桜|閑話

 無事に仕事を終えられた安堵のせいか、急に動けなくなってしまった。
 園内を歩き回った疲労なのか、視ることに意識を使いすぎたからなのかわからない。歩みの遅い俺を見て、少し休んでから帰ろうと白澤さんに提案を受けた。
 ぼんやりとベンチに座り込む。園内の休憩用ベンチは、桜の鑑賞に適した場所に設置されているらしい。目の前にぼんやりと照らされる桜があるとつい見上げてしまう。満開のものもあれば、まだ寒々しいものもあった。
「お団子を持ってくるべきだったかな」
「……花より団子?」
「ふふ、花も見てるよ」
 何か他に話すべきことがあるはずなのに、何も言葉が浮かばない。ついさっき見た白い何かは、もう姿をはっきり思い出すのも難しい。枝垂れ桜はこんな事態でもなければきれいに見られたかもしれないけれど、今はそんな気持ちになれなかった。
「それと、疲労回復には甘いものがいいから」
 糖分はエネルギーだし、と白澤さんがポケットから何かを取り出して俺の手のひらに乗せた。白いフィルムに包まれた四角いそれを見て、ついくすりと笑ってしまう。
「キャラメルすか」
 キャラメルなんて、久しぶりに見た。確かに、何もないよりはましかもしれない。フィルムを剥いて口の中に放ると、懐かしい味がする。小さい頃、そんなに食べた記憶はないのに、不思議だ。
「野田くん、視るのが上手になったから……その分、疲れやすくなったのかもしれない」
「桜は……そうすね、割とくっきり見えました」
「お守りがね、もう野田くんをカバーしきれなくなっているんだ」
 白澤さんの声音は静かで、今回の件を通して俺の身を案じてくれているのだな、というのがわかる。カバーしきれない、というのがどういう意味かわからなかったけれど、その静けさに口の中のキャラメルを溶かしながら頷くしかできない。何かを食べる、というのは単純に心が落ち着くな、とか考えていた。
「事務所に帰ったら別のお守りをあげるから、しばらく持っていてくれるかな」
「……前に貰ったのと一緒に持ってていいですか?」
「持っていて悪いものとかではないから、構わないよ」
 ポケットには以前貰ったお守りが二つ入っている。何となく手放すのが惜しくて、ポケットに手を突っ込んでそれを握った。ざらりとした布の感触に触れるたび、何となく安心する。
「白澤さん」
「ん?」
「……一人になったときに対処できるように、こう、色々教えてもらえますか?」
 何をどう教わればいいかというのはわからないし、聞くにしてもこういう風に言って伝わるのかわからなかったけれど、とりあえず思ったまま口にしてみる。白澤さんはいつもと変わらない様子で、そのうちねと言って、キャラメルをもう一つくれた。