中勘助『銀の匙』より

”蚕が老いて繭になり、繭がほどけて蝶になり、蝶が卵をうむのをみて私の知識は完成した。それはまことに不可思議のなぞの環であった。私は常にかような子供らしい驚嘆をもって自分の周囲をながめたいと思う。人びとは多くのことを見なれるにつけただそれが見なれたことであるいうばかりにそのまま見すごしてしまうのであるけれども思えば年ごとの春に萌えだす木の芽は年ごとあらたに我れらを驚かすべきであったであろう”(後篇「八」146〜147頁)