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人生という舞台で輝くために【自己肯定感について思うこと】

よく耳にする「自己肯定感」というもの。

あまり強く意識はしたことはないのですが
耳にすることはたくさんあります。

まず、この自己肯定感ってなんだろう?と
私なりに考えてみました。

自己肯定感というと

【自己を肯定する感覚】
と捉えて自発的なものな気がしますが

実は私が思う、世の中が求めている自己肯定感というのは
【自己を肯定してもらえる感覚】
なんじゃないかと思っています。

つまり他者の承認があるからこそ
自己肯定感が高くなる
ということなのです。

だから承認欲求が高い人は
自己肯定感が低くなりがちだとも思うわけです。

何故なら承認してもらいたい気持ちが
強くなればなるほど
よりたくさんの他者からの承認が必要になる。

ただ、世の中の現実として
自分も含めて、みんなそんなに
他人のことまで面倒見られるほど
時間もお金も余裕もないのが普通だと思います。

そうなると
承認されたい気持ちが強い人ほど
思うように承認されないと
感じられる機会の方が多くなる。

つまり結果的に
承認されたいのに承認されないという
事実がどんどん積み重なり
結局自己肯定感は上がることもなく
日々は過ぎるわけです。

だからこそ
本来の意味での自己肯定感が必要になる。

それは他者承認ではなく
自己承認が出来るようになるのかどうかにもかかってきます。

やはり全ては、自分次第

だと思うんです。
それが、自己承認の第一歩に繋がるのだと思うのです。

そして、その中で
私が昨年頃から気づいたことは
【自己肯定感と自己評価】
これは反比例しているなということ。

まずは、私自身のことから
そう気付きました。

【今の私】は周りから見ても
かなり<自己肯定感>が高い方だとは思います。
(注意:昔は低かったと思います)

では<自己評価>が高いかどうかというと
決して自己評価は高くない。

むしろ、私なんてまだまだと本気で思っています。

いつも反省することも多いですし
何かを頼まれても

え?!私にそんなこと出来るのかな?!
と不安になることも多いです。

周りは私の何をみて
その仕事を私にさせようと思ったのか?

と、わからないことも多いけれど。

自己評価の低い私だからこそ
それを任されたことに関して
真摯に向き合い。

まずこの私の能力を超えている案件を
少しでも相手に満足してもらえるために
未熟な私が何をやれば良いのか。

断るという選択もある、という方もおられるでしょうが、私も断ることはしています。
もしくは、ここまでなら、出来る、これ以上は無理というお話もちゃんとします。

それでも、この未熟な私に
出来ると思うからやってみてと
何かを依頼してくれるのだから。

それに一生懸命応えることだけを考えて
とにかくこれまでの経験をフル活動させて
少しでもいいものをと日々努力はします。

そして、迎えた結果に対しては
こういう受け取り方をします。

・もし成功だと思える結果になった時

→まさか自分がここまでやり遂げられると思わなかった
→振り返って、もっとこんな風に出来たのでは?という点を糧に
→出来ないことが、一つ減って、新しい伸ばすべきスキルが得られた


・もし失敗だと思う結果になった時

→やはり、自分には難しい案件だった、それを断り切れなかった自分が悪い
→ただ、挑戦したコトに関しては、やらなければ得られない見えない世界を見せてもらえたという意味で感謝したい
→二度と引き受けないと決めることはせずに、やはり苦手なんだと再認識した上で、もし万が一次のお話が来た場合はそれも踏まえて、対策も伝えて、決して無理はしない

この間は、本当に手を抜くことなく
真剣に最後まで、自分の責任だと思って
取り組んだからこそ、思える答えです。

これで、どうにもならないものは
きっと、私の能力では、本当にどうにもならないこと。

元々、自分はそこまでデキる人間ではないので、低評価を頂いても
それはそれ、で、受け止められます。

でも、だからこそ。
そんな私に、何かを依頼してくれることが
きっと【自己を肯定して貰えるという感覚】と
感じやすい。

逆を返せば

【自己評価が高い】となると

・私がこんなにしているのに
・私がこんなに出来ているのに
・本当はもっと出来るのに
という形で、他者や自分への要求が高かったり
本当は、、、という(その本当が一体どういう根拠なのか分からないことも多いのですが)
自分にハードルを上げて、自分に負荷をかけ
結果的に周囲に認めてもらえないことに気が向き
どんどん、自分なんて、どうせ誰もという感覚や
なんであんな自信のなさそうな人が認められるのか?
などと、周りをみて、他者と比べて
自分を追い込む結果になると思うのです。

自己評価は高かろうが低かろうが
基本は他人と比べてではなく
自分の自分に対する評価。

他者は介入しない
全て自分の基準です。

その中で「本当に自己評価が低い】人は
基本的に何も望まない。

何故ならば自分が何かを望めるほどの人間だと思っていない。

でも、そんな自己評価の低い私でも
残念ながら、未来の希望や目標や夢はもってしまうから。

そのために
まだまだ自分は足りないと思って
日々自分の成長だけを見つめて過ごしているから
心はとても穏やかで平穏なのです。

自己評価が低い、そんな自分を受け入れられると
結局最後は本当に伸び代しかなくて
毎日が楽しいので、おススメです😂

自己評価が高い人は、自己肯定感が低くなりやすい。
自己評価が低い人は、自己肯定感が高くなりやすい。

ちょっとこの視点で物事を思い返すと
何か気づきや発見があるかもしれませんね☺️



人生という舞台で輝ける人を育てる 自分の幸せは自分で生み出す こどもたちにその大切さを伝えるため また 未来を作る若者たちのための サードプレイスを作ります。 そのサードプレイス作りに必要な形で 有効活用させていただきます。