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事業戦略、第五章、コストリーダーシップ戦略、503.コストの把握

コストリーダーシップ戦略だけでなく、もう少し踏み込んで、原価(コスト)全般について述べることとしよう。
我々が、ふだん原価というと、財務諸表を作成するために、製品一個あたり原価を計算するのが原価計算の目的と勘違いしやすい。
いわゆる原価会計というやつである。

ドラッカーは、このように製品一個あたりの原価を正確に計算する原価計算を、その著書「創造する経営者」(ダイヤモンド社刊)で否定した。
その根拠の概要は次の通りである。

1.いくら精緻に原価管理を行ったとしても、その製品が、ほとんど収益の獲得に貢献しないならば、原価管理自体、意味のない作業である。
そういう場合、必要なのは、活動の停止、事業の中止であって、原価管理ではない。

2.原価は工場で発生した金額のみを集計するのではなく、「製品が顧客の手に渡るまでの費用が最低になるように」管理されねばならない。
従って、会社というような法的実体を越えて、経済的な視点から原価管理が行われねばならない。

3.コストは工場においてのみ発生するものではない。
特に、近年では、生産活動以外の知識労働の原価の比率が高まっている。
設計費や品質保証費などの知識労働の経費を総生産個数のような配賦基準で割って、製品一個あたり原価を算定しても意味はない。

4.原価は、現代の企業では、大半が生産量とは関係ない固定的な要素を持っている。また、知識労働の原価は、多様な方法で配分されるべきである。

5.原価管理は、概算額で試験的に様々な視点と問題意識によって行われても良い。
そして、最も原価の発生額が大きく、効果的に原価削減が可能な部分から優先順位をつけて、集中的に取り組むのが効果的である。

どのようなコストも、収益獲得に貢献して初めてコストと呼べるのである。
収益の獲得に貢献しないならば、それは単なる浪費にすぎない。
そのようなコストを削減する一番良い方法は、活動自体をやめてしまうことである。

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売れない商品を抱えてセールスに回るセールス労働は無駄である。
セールスマンを売上未達成で死刑にするのではなく、どうしたらセールスマンなしで商品が売れるようになるか?を考えることが、販売費削減の最大のポイントである。
売れない製品の図面を、いくら綺麗に引いても、その知識労働は何の価値も生み出してはいない。

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次に、コストというのは、製品が顧客の手に渡り最後に廃棄処分されるまでの全コストが最低になるよう管理されなくてはいけない。

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一台の洗濯機は、その洗濯機が工場で生産され、配送され、店頭に並べられ、顧客が買い、取り付けの工事を行い、顧客が使用中の故障を修理し、新しい洗濯機を顧客が買い、その下取りした中古の洗濯機をスクラップにしてリサイクルするまでのコストを最小にしなければならない。
工場から出たら、後は野となれ山となれでは、これからの厳しい時代、企業は生きていけない。

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原価計算と言えば、昔は製品一個当たり原価を銭の単位まで正確に計算することだった。
しかし、生産現場の自動化や原材料費、直接労務費のウエイトが低下している現代において、製品一個当たり原価の計算がどのような意味があるか?を真剣に考えてみる必要があるだろう。

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現代の自動化された半導体工場で、半導体一個当たりの設計費、品質保証費、経理処理費を計算して、どういう原価管理が可能なのだろうか?

ある自動車部品メーカーでは、製品別原価計算は経理数字を出す意味しかない。
部品は、ビス、ナットに至るまで個別の部品番号でコンピュータ上管理されている。
そして製品が一個できると、その部品の物量個数勘定から、製品一個に消費される部品の標準使用量が差し引かれる。
月末に棚卸して、異常な数字の出たものを重点的に調査する。
このようにコンピューター技術の発展は、生産現場を物量管理の領域に戻してしまった。

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今日、生産数量という単一の配賦基準で原価計算をするのではなく、多数の配賦基準によって原価管理が行われなければならない。

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ある、アメリカの証券会社では、ディラーや担当者、顧客ごとに勘定を設け、ディラー、担当者、顧客別の電話代、資料作成のパソコンの事務経費、事務手数料、取扱手数料等の原価を計算、集計し、ディラーや担当者、顧客別の売上高と対比し、ディラー、担当者、顧客別の損益を計算している。
そして、ディラーや担当者の給与査定、顧客別の今後の営業方針の資料にしている。
ここでは、個別の電話料金、事務でパソコンをやる事務員の作業時間、伝票の処理枚数というような数量が、従来の原価計算における、生産数量に代わる原価の配賦基準である。
この配賦基準をコスト・ドライバーと呼ぶ。

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今日、生産活動を含めて、原価の比重が大きいのは、設備等の減価償却費、借入金の利息、知識労働者の給与のように、期間で発生する原価が大半である。

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東京から函館や札幌まで飛ぶ飛行機は、満員の乗客を乗せても、誰も乗らなくてもコストはほとんど変わらない。
こういう場合、航空会社としては、平日の閑散期に、タダ同然の価格でもいいから乗客を乗せてしまうのが絶対に得である。
だから、平日の函館、札幌の格安パックツアーでも採算が合うのである。また、格安航空会社の安売り運賃も、空席を埋めるための戦略である。

JRの快速、普通列車は、通勤時間帯を除けば、平日の昼間など、乗客は少ない。
快速、普通列車が満員でもガラガラでもコストは不可避に発生する。
それなら、青春18切符のような、JR全線乗り放題切符やJR全線、第三セクター乗り放題切符を通年で売れば、受けるのは確実である。

青春18切符の利用者は、老人などのシニア世代も結構多いように思われる。
思うに、定年退職して年金生活をしているお年寄りは、お金はあまりないが、時間はたっぷりある。
団塊の世代が大量に年金生活に入り、その人たちが、特急や新幹線ではなく、在来線のやや時間のかかる旅を選らんでいるのではないか?私には、そのように感じられる。

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固定費の発生が不可避であるなら、良く考えて、安売りによって、操業度を100%に保つ努力をする。
しかし、失敗例もある。

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プライベート商品というのは、操業度が低い企業が供給し、自社の操業度を高めるためにスーパーなどに卸す商品である。
固定費を負担せず生産されるので、スーパーに卸す価格は、非常に低い。
当然、スーパーでは販売価格が安いから、プライベート商品の供給が増加すれば、自社ブランドの商品市場を食い、自分の会社の希望価格が実現、維持できないこともある。
だから、こういう安売りをする時は、競合関係に注意しなければならない。

青春18切符で旅行する人が増えれば、特急や新幹線を利用する人は減るのかもしれない。
逆に、行きは青春18切符で行って、帰りは特急や新幹線を利用する客がいるのかもしれない。
だから、結果として特急や新幹線を利用する客を増加させるように作用しているのかもしれない。

ちなみに、青春18切符は、ドラッカーの製品別純利益寄与係数が100%の、特異な商品である。
つまり、紙の切符を売れば、まるまる利益になるのだ。

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そして、これらの計算は、あくまで試験的に行う特殊原価調査でなくてはいけない。
そのうち、重要なものは、経常的に原価を集計し、管理資料にする。

これらの原価計算手法を満たすために、ドラッカーは、活動基準原価計算(アクティビティ・ベース・コスティング)の手法を提唱している。

次に、活動基準原価計算を簡単に説明しよう。

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