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長編トラベルミステリー小説「急行八甲田の男」。13.余市警察署。

13.余市警察署

余市警察署に勤務する市川警備課長は、降りしきる雪の中、四駆のホンダ・オデッセイに乗り、男が余市駅についた年の暮、十二月三十日朝八時半、余市警察署に出勤した。
オデッセイを駐車場に止めると、雪を避けるように余市署の中に入った。署の入口には新年にそなえて大きな門松が置かれ、しめ飾りが飾られている。今日の昼過ぎから署内で大掃除をやる予定である。市川警備課長は余市署の警ら車(パトカー)全般の業務を任されている。
ところが、市川課長が部屋に入ると、誰もいない。いるのは、今年警察学校を卒業した阿部巡査が一人っきりである。市川課長は驚いた。
「一体どうなっているんだ。署内には誰もいないじゃないか!」
阿部巡査は今年高校を卒業後、警察学校で教育を受けた新任の巡査である。阿部巡査は答えた。
「すいません。実は、今朝六時頃国道でトラックが横転したもので、みんな出ているんです」
市川課長は舌打ちした。
「そんなもの交通課の連中に任せとけよ。それだけで署内を空けるのは問題だな。重要な事件が起きたらどうするんだ・・」
阿部巡査は答えた。
「あの、そのトラック、荷台に釘を満載していて、その釘が雪の国道に散乱して、夜勤の者が総出で交通整理にあたっているとのことです」
「なるほど、しかし僕の経験から言っても、悪いことは立て続けに起きるものなんだ。水野巡査はどうした?」
「水野係長は交通整理の陣頭指揮にあたっています」
市川課長は「そうか」と机の上に帽子を置き、自分のデスクに座った。後ろのボードのカレンダーはすでに平成八年のものに変わっている。もうどこの会社も仕事納めは終わったのだろうが、仕事納めは警官には関係がない。
雪は相変わらずしんしんと降り続いている。市川課長の足元は融けた雪で濡れている。冬の余市の街に容赦なく雪が降り続いている。その吹雪の舞う、薄暗い余市の街を見ながら、市川課長は一人もの思いにふけった。今年ももう何もなければいいが・・。昨日は一件の交通事故と、雪おろしで屋根から落ちたお年寄りの世話、それだけだった。市川課長は阿部巡査に話しかけた。
「よく降るな・・」
阿部巡査が答えた。
「日本海にこの冬一番の寒気団が南下している。ここ二日は雪が降り続けるとかニュースで言っていましたが」
「そうか・・」
市川課長と阿部巡査は窓の外を見た。市川課長は家の雪おろしを自分の十五と十七になる息子に頼んできた。あいつら、ちゃんと雪おろしをしていればいいが・・。
市川課長は、自分の息子とそんなに歳の違わない新任の阿部巡査に尋ねた。
「ところで阿部君は今年警察学校を出たんだったな・・・」
「そうです」
「仕事には慣れたかね?」
阿部巡査は、頭を掻きながら答えた。
「いや・・失敗ばかりで、水野係長に怒鳴られっぱなしです」
「そうか・・・しかし道警の人事は一体なにを考えているんだ」
阿部巡査は尋ねた。
「それは、どういう意味ですか?」
市川課長は答えた。
「君のような若い巡査は、札幌市内のもっと事件の多い署に勤務するほうが勉強になっていいと思うんだがね」
「そんなものですか」
「そうだよ。いろいろ同じ年代の仲間がいて、いろいろな経験ができる。若いうちにそういう修行を積むべきだよ」
ふうん・・そんなものか・・阿部巡査は考えた。確かにこんな何の事件もないような場所よりも札幌市内あたりの繁華街の署に勤務していれば大変だろうが、勉強にはなるかもしれない。阿部巡査は市川課長に一つここはいろいろ聞いてやろうと考えた。
「ところで市川課長は以前札幌におられたと聞きましたが」
市川課長は答えた。
「そうだよ。札幌のススキノ署で十五年間不良少年係をやっていてね。年老いた親の面倒を見るということで、配転願いを出して、ここの警備課長だ。
ススキノは、知ってのとおり札幌一の繁華街で、同時に不良少年、不良少女の溜まり場さ。カツアゲ、大麻、覚醒剤、売春・・、社会の裏側がみんな集まっているところでもある」
「はあ・・」
「まあ、なんというのか、今はめちゃくちゃだな。今時の不良少年、少女を見るにつけ、一体、中学や高校の先生、それに親たちは何を考えているのかね?」
市川課長はこう呆れて話を続けた。
「とにかく、最近は女子高生が短いスカートをはいて『援助交際』と称して売春をやるんだからな。それで儲けた金で、シャネルの香水やエルメスのバッグを買い、ゲームセンターで遊び回る。子供がそんな分不相応な、そんなもの買う金を与えた覚えもない香水やバッグを家に持ち帰っても、親は注意すらしない。それで、テレホンクラブの一斉摘発で娘が捕まって、自分の娘が何をやっていたかを知る。一体、世の中どうなっちゃったんだい?」
阿部巡査は、この話を時々相槌をうちながら興味深げに聞いていた。市川課長は続ける。
「とにかく、あのコギャルとかいう連中が、高校の授業をサボって百貨店なんかで自分のほしいものを見つける。それも六万円とか七万円のバッグやコートなんかだ。そうすると、夕方あたりの街をほっつき歩いて客を見つけたり、テレホンクラブを介して客を見つける。客はたいてい四十歳くらいの『オヤジ』だ。それで三万円か四万円の金を貰う。その金で百貨店で目星をつけたバッグやコート、香水を買う。こういう女子高生と遊ぶ『オヤジ』はけしからんが、百貨店の店員も、そんな女子高生が何万もする買い物をして何とも思わないのかね?商売を度外視しても販売を拒否してしかるべきだと思うよ。こうした、世の中の大人たちは『社会人としての責任』というものをどう考えているのかね?君、最近は『エンジョ・コウサイ』というと外国でも通用するそうじゃないか。まさに国辱ものだ。
それから、最近は東京あたりで、男子高校生が『オヤジ狩り』なんてやってるんだ。要するに援助交際で札びらきってオヤジが女子高生と遊んで一緒に歩いているとだな、この『オヤジ』を男子高生が襲うんだ。」
阿部巡査は驚いた。
「それ、本当なんですか?!」
「そうだよ。それで『オヤジ』から金を奪う。ところが、『オヤジ』のほうは警察には訴えれないだろ。君、女子高生と遊んで一緒に歩いていたら、高校生に襲われ金を奪われました。そんなみっともないこと訴えれるかね?」
「すると泣き寝入りということですか?」
「そうせざるを得んだろう。そんな援助交際に加担していたなんて職場で知られれば大変なことになる。そして『オヤジ狩り』をしている連中は、自分たちは札びらきって女子高生と遊ぶ悪党のオヤジどもを成敗したロビンフッドみたいな英雄だと考えている。高校生が売春婦とそのヒモのようなことをやっているんだ。世の中どうなってるのかね?」
「さあ・・わかりません・・私のいた高校ではそんな悪い奴はいませんでしたが」
「とにかく」市川課長は確信をもって、阿部巡査を教え諭すように語った。
「彼らの犯罪の背後には、必ず大人の無責任が隠れており、それが彼らを犯罪にかりたてるんだ」
「責任ですか」
「そう、責任だ。きみも僕くらいの歳になればわかるよ。たとえば、家庭において子供を一人前の人間に育てるのは、父親と母親の責任だ。これを放棄すると、弱い子供たちが非行に走ることになりやすい」
「そんなもんですか?」
「そうだ。不良少年係の仕事の大半は、犯罪を犯した少年、少女たちの身の上話を聞くことさ。そうすると、彼らは実に多くのことを語ってくれるものさ。そして、その更生を援助するのも仕事の一つだ。以前はススキノ署にそうした人たちが時々遊びに来てたよ。今はススキノ署に僕がいないと知って、余市署まで来る子もいるな」
阿部巡査は感心した。
「ふうん・・」
市川課長は続けた。
「それから、上司の責任というのもある」
「上司の責任ですか」
「そうだ。上司たるもの、その部下を正しく導くだけの人格的な力が必要なのだ。部下が悪しき道に踏み入れようとしたら、それを見つけ正し、社会人として育てていくのが、上司の責任だ。この責任を放棄する。あるいは上司に部下を心服させるだけの人格的な力がなく、不正、虚言を好む。あるいは、女遊びやバクチを平然と教えるという傾向があるのは問題だよ。これによって部下が堕落して、組織の健全性、効率性が失われる。下手をすれば組織が、会社の倒産のような形で崩壊する。そして、この元部下が食えなくなり犯罪に走る。こういう結果を生む。とにかく、組織の崩壊で失職する部下のことを考えれば、上司には、人格的な力の涵養と維持に対して重い責任がある。きみもこのことを忘れず、誠実に職務を遂行することを奨励すべきだな。人間としての誠実さを忘れると、それは必ずきみにはねかえってくる。そのことを忘れないように」
阿部巡査にはこの話がよくわからなかった。市川課長のいつもの道徳談議が始まったなんて考えていた。しかし、わからない話でもない。なんとなくわかるような気がする。
阿部巡査は答えた。
「はあ、そんなものですか」
「そうだ。そうした誠実さがあれば、部下を安んじて任せることができるからね。前の署にいて痛感したが、何よりも、金をもっていれば何をやってもかまわない。そういう輩がいるのが最大の問題だ。とくに売春なんて最低の犯罪だよ」

窓の外ではしんしんと雪が降り続いている。市川課長は呟いた。
「少し署内が暑いな。空調のきき過ぎかな」そして阿部巡査に言った。
「そうだ!もうそろそろテレビでニュースをやっていないか?この雪で、道内でも被害が出ているんだろ」
「はい」と答えて阿部巡査が立ち上がり、テレビをつけようとした時、市川課長のデスクの電話がけたたましく鳴った。市川課長は素早く電話を取った。
「ええ何っ?・・ああ・・ああ・・へえっ!?・・この凄い雪の中を・・どういう理由なんだろうな・・。とりあえず、わかった。ぼくと阿部君で対処してみる。・・そう、署内に待機しているのはぼくと阿部君の二人だけだ。内容はわかった」
市川課長は受話器をガチャリと置くと阿部巡査に声をかけた。
「おい、阿部君出動だ。すぐ用意をしたまえ」
「わかりました!」
二人は警棒と拳銃を装着して、革コートにカッパを着ると、雪の降りしきる屋外駐車場にあるパトカー(警ら車)に向かった。玄関を出ると、激しい吹雪が二人を襲った。市川課長は叫んだ。
「何だ!この雪は!」
二人は、玄関脇のパトカーに乗り込んだ。冷え冷えとした車内はビニールシートの匂いがする。阿部巡査は素早くエアコンのスイッチを入れた。暖風が車内に吹き出してきた。
「阿部君、運転を頼むよ。行き先は、月が丘だ」
阿部巡査はギアを入れると車は発進した。積もった雪の上をガクンガクンと揺れながら、署に面した道の手前に停車して、左右を確認すると右に折れた。
パトカーは雪の市街地を静かに走っていった。
市川課長は出動の内容を阿部巡査に説明した。
「いつまで降るんだ。もう三日目だぞ・・ところで出動の内容だが、駅前のタクシー知ってるな」
「はい」
「そのタクシーの運転手からの110番通報だ。月が丘に若い二十三、四歳の不審者がいるというんだ」
警ら車は雪の積もった道を静かに走っていった。まわりの家では住民たちが雪降ろしをしていた。雪は容赦なく降り続けている。
「阿部君は雪の運転に慣れたかね?」
「まだ・・でもなんとかします」
パトカーは交差点で停車すると左に折れた。その際、交差点隅の雪の固まりに乗り上げガクンと揺れた。車は二車線の道路を走り始めた。
「それでタクシー運転手の通報の内容だが」
「はい」阿部巡査は聞き耳を立てた。
「この雪の中、コートも着ていない、防寒靴もはいていない、荷物を持たない若い男が、月が丘まで行ってくれと頼んだそうだ」
「この寒いのにコートを着ていないんですか!」阿部巡査は驚いた。
「しかも、その若い男は、この雪の中、月が丘の雪の原野の真ん中の潰れた廃屋の前で、車から降り、もう帰れと言ったというんだ。しかも、カッパも着ていなければ、傘も持っていない。それでタクシーの運転手が不審に思い、タクシー無線を通じて110番通報をしてきたというわけだ」
「一体なんですかね?」
「さあ、わからん。とにかく職務質問をするには理由は十分だ。直接本人から聞けば良い。ただ・・なんとなく嫌な予感がする」
「そうですか?」
阿部巡査はそう言いながら、パトカーは、雪が狂ったように舞う交差点を右に折れた。
「そうだ。きみも二十五年間警官をやっていればわかるよ。たとえば、この男、防寒靴もはいていない。きみ、北海道でこの冬のそれもこんな雪の降る中、長靴や防寒靴をはかずに歩く奴がいるか?いないだろ」
「そうですが・・それがなにか?」
「阿部君、だからそこでプロである警官は推定をするんだ。防寒靴をはいていないということは、どこか雪の降らない遠いところ、たとえば仙台、宇都宮あるいは東京あたりから来た者だという推定が成り立つ。水野君はそういうことは教えてくれないのか?」
「ええ、まあ・・」
「そうか・・・。さらにこの男荷物を持っていない。そんな雪の降らない仙台以南から北海道の余市に旅行をするのに荷物を何も持っていないというのは変だ。それに雪の降らない地方から北海道に来るならば、当然雪に備えた靴をはいてくる。何か急な旅行だったんだだろうな」
「急な旅行ですか?」
「そうだ。極端なケースとして、どこか雪の降らない地方で犯罪を犯し、追及を逃れるため慌ててその足で列車に飛び乗ったという場合も考えられる。それなら防寒靴の用意も荷物もないというのも納得できる」
「なるほど」
その時、余市署の指令より無線連絡が入った。
「警ら3号、応答願います」
市川課長はマイクを取ると、無線に応答した。
「こちら警ら3号。何だ?」
「たった今、東京の警視庁より、二日前の十二月二十八日夕刻に新宿、歌舞伎町で発生した殺人事件の重要容疑者の本籍照会があった。重要容疑者の名前は木村道雄。年齢は二十二歳、本籍地は、余市町月が丘225番地だ」
市川課長、阿部巡査は驚愕した。「月が丘225番地」それはまさにタクシーの運転手が若い男を降ろした場所である。市川課長は即座に応答した。
「さきほど通報のあった男は、その殺人事件の重要容疑者である可能性が強い。ぼくと阿部君だけでは対応できない。至急応援をよこしてほしい」
「了解!警ら2号応答願います!」
「阿部君、車を止めろ!」
市川課長は阿部巡査に車を止めるように指示した。警ら車は雪の積み上げられた道路脇に停車した。
「阿部君。これはきみにとって始めての大仕事になるよ・・。拳銃に弾は装填されているな」
二人はホルダーからナンブ式拳銃を取り出すと、リボルバーを外して拳銃の弾が入っていることを確かめた。
阿部巡査は尋ねた。
「市川課長。なぜこの男がその殺人事件の重要容疑者だと考えられたのですか?」
「昔ね、先輩の刑事からこんな話を聞いたことがある」
「と、言いますと?」
「つまりね、犯罪を犯した人間は非常に不安な気持ちにさせられるんだ。特に殺人を犯した奴はね。だから、自分の昔の恋人とか、家族とかそんなものにすがりつきたくなる。それで、これに向かってまっしぐらというわけだ。この月が丘225番地の廃屋というのは、多分、昔、その殺人事件の重要容疑者の家族が住んでいたんだろう」
阿部巡査は頷いた。市川課長は続ける。
「だから、こうした重要容疑者の家族、昔の恋人の家の張り込みをするというのは、犯人逮捕の常套手段なんだ。しかも、殺人があったのは二十八日の夕刻だ。上野駅からその晩の夜行に乗れば、余市に着くのは三十日の今頃だ。それに防寒靴をはいていない、ということから、ぼくは先にこれは雪の降らない地方から来た人間だと推定した。そして、殺人事件は雪の降らない東京で起きている。しかも容疑者の年齢とその月が丘の不審者の年齢ともほぼ似ている。こう考えると、この不審者は多分この殺人事件の重要容疑者だろうな」
市川課長が促した。
「行こう・・」
阿部巡査はパトカーを発進させた。
その時無線が警ら3号を呼んだ。
「警ら3号。応答願います!」
「こちら警ら3号」
「水野、堀井の両巡査が、警ら2号にてそちらに向いました。月が丘に入る手前の四ツ辻で待機しています」
「もう、その四ツ辻だ!」
二人は車の前方を見た。降りしきる雪に視界を遮られていたが、しばらくすると、警ら2号が前方に見えた。
「見えた!しかし、四人でも不安だ。至急応援を頼む!」
「了解!」
月が丘に入る四ツ辻の、降りしきる雪の中に、じっと警ら2号が待機していた。その前に警ら3号が停車して、市川課長が、車の窓から警ら2号の、水野、堀井の両巡査に手で合図をした。警ら3号が発進すると、その後を警ら2号が追走する。
「あっ!タクシーが見えました」
阿部巡査が叫んだ。前方に黒いセドリックのタクシーが停車していた。
二台のパトカーはタクシーの後部に停車すると、市川課長たちは、しばらく男を観察した。この猛吹雪の中、黒いジャンパーの男がうつむいてじいっとしている。後ろの警ら2号のドアが開くと水野、堀井の両巡査が降りてきた。水野巡査が助手席の窓をコンコンと叩くと、市川課長は少し窓を開け、「前のタクシーの運転手さんにこちらに来てくれるように言ってくれ!」と大声で叫んだ。
水野巡査は、前のタクシーの運転席の窓を叩いて二言三言話すと、タクシーの運転手がこちらのパトカーに降りしきる雪を避けながらやってきた。
警ら3号の後部座席には水野、堀井の両巡査とタクシーの運転手が乗り込んできた。
市川課長はタクシーの運転手に挨拶した。
「こんにちは!ご苦労さまです。どんなあんばいですか?」
タクシーの運転手は答えた。
「さあ、どう言うんだか・・とにかく仕事とかいろいろ聞き出そうとしたんですが、じっとして何も言わないんです」
「ほう・・なるほど。ところで、よく靴を見てましたね」
「ああ、仕事柄冬は注意しているんです。駅に降りる人の靴を見ていると、ああこの人は防寒靴はいてるから地元の人だ。ああ、この人は防寒靴はいていないから遠くからの旅行者で長い距離を乗ってくれる人だってわかりますからね。それで冬は靴を見ているんですよ」
「ああ、そういうことなんですね」
市川課長は得心した。市川課長はさらにタクシーの運転手に尋ねた。
「ところでどうです。あの男凶暴な感じでしたか。たとえばものの言い方、態度などから判断して?」
タクシーの運転手は答えた。
「いや、おとなしく、無口な人でした。あの人、何かやったんですか?」
市川課長は答えた。
「いや、たいしたことじゃないんだ。それで、男の様子は?」
タクシーの運転手は言った。
「あの人は、あそこにもう十分近くああして立っている。寒いから車の中に入れと誘っても、全然動こうとしない」
「そうですか」
市川課長は水野巡査に尋ねた。
「どうする?応援は頼んであるが・・」
水野巡査は答えた。
「まあ、四人ならなんとか取り押さえられると思います」
この会話にタクシーの運転手は驚いた。
「あの人、そんな人なんですか?!」
市川課長は答えた。
「そうだ。東京で殺人を犯してきた可能性がある」
「へぇーっ・・殺人!」運転手は恐ろしさに震え上がった。そんな男を後ろに乗せてきたとは思わなかったからだ。
市川課長は水野、堀井の両巡査に確認した。
「拳銃に弾が装填されていることは確認したな?」
二人は頷いた。
「そうか。じゃあ行くか」
四人の警官は意を決して、雪の降る中をパトカーから飛び出した。市川課長が叫んだ。
「なんてひどい雪だ!」
四人の警官は拳銃のホルダーに手をやり、深い雪に足をとられながら男に近づいた。市川課長は男に大声で呼びかけた。
「おおい!そんなところで何をしている!」
男はその呼びかけに振り向くと、いつの間にか四人の警官が自分に近づいていることを悟った。これには心臓が凍りついた。自分の人生はもう終わりだ。これからは長い牢獄での生活が待っている。
水野巡査は高飛車に男に言い寄った。
「おい!一体おまえは・・」
これを市川課長は制止した。市川課長は、男の様子から、この男が決して凶暴な人間ではないことを確信した。市川課長は男に優しく声をかけた。
「きみは一体こんなところで何をしているのかね?」
男は、ただ黙っていた。
「どうしたのかね?」
男はなんとか口を開こうとしたが言葉にならない。
「実は・・・」
「うん、実はなんだ?」
男は勇気をもって告白した。
「実は、東京で人を殺してきました」
四人の警官は一瞬緊張した。市川課長は尋ねた。
「刃物とか、拳銃とかは持っていないね?」
男は頷いた。
「じゃあ、身体検査をさせてもらうよ。水野君、やってくれ」
市川課長の指示を受け、水野巡査は手早く男の身体をあらため、凶器のないことを確かめた。男は何か言おうとしたが、市川課長は制止した。
「こんな寒い中では話もあったもんじゃない。まあ、パトカーの中で聞こうじゃないか」
そう言って市川課長は男を促した。

男はパトカーに向かって、四人の警官に連れられて、雪に足をとられながら歩いていった。

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