不動産あれこれ第8回 地盤崩落した家を売った不動産屋の話

 自宅の裏の地面が崩落するという、ちょっとあり得ない事態が発生したため、さっそく不動産屋「A」の齋藤氏に連絡した。

  すぐに齋藤氏が現場確認にやって来て、崩落の状況を見て唖然としていた。建物は、一見すると何事も無かったかのように普通に建っているが、建物の際からザックリと地盤が崩れ落ち、プロパンガスのタンク設置場所や浄化槽の排水管等がダメになっており、このままでは普通に住むことなどできないのは明らかだからである。

 そこは齋藤氏。すぐに必要な工事関係の検討に入った。以前と同じようにこの家で暮らせるようにするにはどんな工事が必要かを考え、その見積もりの手配である。この時点では崩れた地盤を修復して元通りにするという選択肢が最有力候補だったため、工事の見積もりを手配するというのはごく自然な流れだったと思う。

 しかしその後、数日経つ間にいろいろ検討しているうちに、様々な懸念が沸々と湧き出て来た。直したところでまた同じような事態が起きないとも限らないし(こういうことが起きる立地だということがわかってしまったからだ)、そもそも修復工事中の大きな振動などで地盤がさらに崩れたり、家が傾いたりする可能性もあるのではないか、といった疑問である。

 そうこうしているうちに、工事の見積もりが上がってきた。その結果、「まとも」にやると数百万円クラスの工事になることが分かった。「まとも」でないやり方の場合でも、100-200万くらいはかかりそうだ。重機を使うための隣地使用許可なども必要になる。

 この頃になると、見積もり以外の現実的な事情も明らかになり始めていた。つまり、家の保険ではカバーできそうにないこと、自然災害を理由とする何らかの補償や支援を行政から受けることもできそうにないこと、この家を売った売主(不動産会社)に訴えて何らかの賠償を得ることもできそうにないこと、などである。

 このような状況の中、数百万円の工事を進めることにどれほどの意義があるのか、応急処置的なとりあえずの工事に100万円費やすことにどんな意義があるのか、非常に疑わしいと考えるようになり、話は次第に極めて渋い方向へ進んでいく印象だった。

 しばらくすると、齋藤氏が退職するという話が持ち上がった。

 資格と経験を活かして遂に独立することにしたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。かといって、別の不動産会社に移るのかというと、それもはっきりしない。どうもおかしい。齋藤氏とのこれまでの付き合い方からすると、新しい会社に移った後も物件を紹介してもらいたいと私が思い、齋藤氏もそれに応じてくれるだろうと考えるのがごく自然な流れだったと思う。取引をするのはその会社が信頼できるからではなく、担当者が信頼できる人だからというような話をこれまでもしてきていた、という経緯もある。

 つまるところ、ここにきて齋藤氏の様子が変わったのである。表面的には変わっていない。だが、この退職を機に、物件を通しての付き合いを終了したいと暗に言っている。

 ちなみに、この時点ですでに彼とは2件の取引を完了させており、引き続いてもう1件の売却案件について相談していた。だから彼が突然退職すると言い出したり、独立するのか他の不動産会社に移るのか、はたまた全く別の業種に転職するため不動産の話はもうできなくなるということなのか、はっきり言わなかったりするのは極めて不自然なことだと私は感じていた。

 ともかくも齋藤氏はやがて退職し、地盤崩落の件は新しく入社した別の担当者に引き継がれたらしかった。らしかったというのは、齋藤氏から退職の際にその旨を聞いたものの、新しい担当者とやり取りした限りでは全くやる気が感じられなかったからである。とても「引き継がれた」と言える様子ではなかった。

 その担当者(名前は忘れた)の態度を見て、私は方針を変え、不動産会社「A」に対して強い態度で臨むことにした。どういう経緯だったか、その担当者だけでなく社長の越谷氏も同席の上で協議したこともあった。

 これはまったくの私見だが、地盤崩落の件で、齋藤氏は越谷氏から何かしら言い含められて会社を去ることになったのではないだろうか。地盤崩落が起きた物件を売ってしまったし、その経緯もあることから彼が担当者でいる限り、会社として「A」はいろいろやりづらい。いっそのこと別の担当者にして、そこではっきりと「我々には法的には何ら責任はありません」と言ってしまえるほうが会社としてはスッキリするわけだ。もし齋藤氏が崩落の件に責任を感じて退職することを決意しただけだったとしたら、別に理由を隠す必要は無いだろう。

 齋藤氏が辞めるという話を聞いた時からどうもおかしいと思っていたが、その後の「A」の対応を見ると、あながち私の想像力がたくましすぎるというわけでもなさそうな気がする。

 以来、この不動産会社「A」とは縁を切っている。

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