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犠牲者が多いと同情心が薄れていく 「コンパッション・フェード」

井戸に落ちた子どもが1人のときより、2人になると同情心が薄れる

わたしたちは、苦しんでいる人の数が増えると不思議と同情心が減るようになっています。井戸に落ちたり、飢えて死んだりする子供が一人でもいれば、私たちは心を揺さぶられ、手や財布(募金など)を動かして行動を起こします。しかし、犠牲者の数が2人になった途端に、情緒的、行動的な同情心が薄れていきます。このような「思いやりの薄れ(コンパッション・フェード)」は、人道支援の分野で広く記録されており、少なくとも3つの理由で問題となっています。

第一に、この現象は、困っている人の命をどのように大切にすべきかという、私たちの規範的な信念に反するものだから。
第二に、人を助けるように頼まれたとき、私たち自身がどのように反応するかについての直感と矛盾しているから。
第三に、大量の飢餓や気候変動など、大規模な人道的危機や環境危機に立ち向かうためには、政治的・経済的なハードルだけでなく、心理的なハードルも乗り越えなければならないことを示唆しているため。


コンパッション・フェード

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コンパッション・フェード(Compassion fade)とは

助けを必要としている人の数が増えると、共感性が低下する傾向

です。認知バイアスのひとつ。この用語は、心理学者、ポール・スロヴィック(Paul Slovic)によって生み出された言葉で、大規模な悲劇に対して、人は助けたいという気持ちが麻痺してしまう傾向を持っています。これは感情ヒューリスティック(affect heuristic)というものが働くためと言われています。人は、苦しんでいる人の姿を見ることで同情心を最大限にするのですが、その規模が増えるとうまく苦しみに共感できなくなります。加えて、人は他者を思いやるとき、自己利益も考えます。これが大規模な災害の場合、バランスしなくなり、「自分の手に負えない」がゆえに、いっそ同情しない、という反応になります。つまり人の同情能力には限りがあるということです。その結果、同情することをやめてしまう「同情崩壊(Compassion collapse)」が発生することがあります。これは、大量の苦しみから目を背けるというもの。

ヨシフ・スターリンの言葉

スターリンの言葉のことばに次のようなものがあります。

「一人の人間の死は悲劇であり、何百万人の死は統計である」

この言葉が、コンパッション・フェードの概念が生まれたきっかけとなりました。スロヴィックによれば、人は、大量の苦しみに対して、自身を守る機能が起動し、同情心に制限をかけるため、心理的麻痺を起こします。この状態を解釈した上で、スターリンのことばを言い換えると

「多くの人が死ねば死ぬほど,気にならなくなる」

というなります。

寄付金は被害者の数と反比例する

コンパッション・フェードは、「すべての命が平等に評価されるべきだ」という、わたしたちが普通に抱いているつもりでいる価値観と矛盾しています。慈善団体への寄付に関する実証データによると、寄付金は、むしろ被害者の数が増えるにつれて減少することがわかりました。これは心理的麻痺によって起こっています。この心理的麻痺を関数にするとこのような表になります。

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危険にさらされている命の数と、命を救うことの価値の関連性
By Hickokc - On powerpoint, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19133916

例えば、1人の命が危険にさらされている場合、その価値は100ドル、10人の命が危険にさらされている場合、その価値は80ドル、50人の命が危険にさらされている場合、その価値は50ドルに減少します。これは、助けを必要とする命の数が増えれば増えるほど、具体的な人間の姿をうまくイメージできなくなり、その結果、その命の価値が下がっていくために起こっています。

コンパッション・フェードの実例

2014年のエボラ出血熱では3,400人以上の命が失われましたが、アメリカ赤十字社への寄付金は6ヶ月間で10万ドルでした。一方で、2015年にニューヨークの子どもがハーバード大学を訪問するためのクラウドファンディングキャンペーンでは、1ヶ月間で120万ドル以上の寄付金が集まりました(※2)。


対策・応用

犠牲者が馴染みのない人々(他国のよく知らない民族など)であったり、数が多すぎることで同情心が減るのがこのコンパッション・フェード。これは人が冷たいのではなく、人の同情能力の限界を超えてしまうために起こるものです。ゆえに犠牲者の姿をリアルに見せることで、この傾向を緩和できます。しかし行き過ぎる(残酷すぎる)と人は自己防衛機能が働き、再び心理的麻痺が発生します。許容範囲内で苦しむ人々にダイレクトに同情できる情報が、同情心を適切に喚起できるようになります。わたしたちは、つい「犠牲者の数」のインパクトを期待しますが、同情心においてはこれは逆効果になってしまうということです。


認知バイアス

認知バイアスとは進化の過程で得た武器のバグの部分。紹介した認知バイアスは、こちらに一覧にしています。



参照

※1:Compassion fade

※2:Valuations of human lives: normative expectations and psychological mechanisms of (ir)rationality

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