夜を滑るタクシーと、3冊の本。


※ 2011年8月20日にかいたもの。Fccebookのノート機能が使えなくなったのでサルベージしてこちらに残す。

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今日は、久しぶりにすっきりした天気になったので、
拭き掃除とか、布団干しとかして、
家の中がカラリとして、とても気持ちが良かった。

そして午後からは、ハローワークの説明会へ。
前に、失業手当の申請に行ったのは10数年前のことで、
今回久しぶりだったので、いろいろ勝手が違っていて少しとまどった。
認定日までに、求職活動を2回以上しておくこと(原則、必要書類に要スタンプ)だったり、
ずいぶん、規定が厳しくなったなあ。とか。(以前が、ゆるすぎただけだけど。)

あと、年金の担当者の人たちが、出前で申請受付に来ていて、
わざわざ区役所に行かなくて済むようになっているのも、以前にはなかったこと。
たしかに、取りはぐれないためにはこれが一番良い方法だし、
求職者にとっても、二度手間にならないで済むのでとても助かるわけで。
セクションを超えて、より簡便に物事が進むのは、公共のサービスとして大歓迎。

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帰りは、博多阪急の丸善で、しばし本を物色し、

■『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる』/石井良子(河出文庫)
■ BRUTUS-たとえば、いま、あなたが 都会を離れて島で暮らすとしたら- (マガジンハウス)
■『いま、地方で生きるということ』/西村佳哲(ミシマ社)


の3冊を購入。

食い気と、旅気を満足させ、
そして、今まさに働き方と生き方に、もう一度向き合っているときに読むには、
もってこいの本たちだと思う。

明日は、旦那さんからもらった『主婦業お休みの日』(晩御飯を作らなくていい日のこと。)なので、
ゆったり読書の日にしよう!


石井好子さんといえば、どうしても忘れられないエピソードがある。


数年前。深夜残業を終えて乗りこんだタクシー。
たしか、夏の初めか、夏の終わりか。
とにかく、乗り込んだ車内の心地よいひんやり感を覚えているので、まだ外の気温が高い時分だっただろう。

当時はまだ珍しかった、ハイブリッドカーのタクシーで、
ぐったりくたびれた私の神経と体を乗っけて、滑るように無音で走り出した。
すると、音響抜群のものすごく素敵なカーステレオシステムから、
うっすらと、でもしっかりとした存在感で、とっても心地よくジャズが流れてくる。

疲れてやさぐれた夜にはパーフェクトすぎる帰り道だなあ。

そう思うと嬉しくなってきて、そのまま黙って乗っていようと思ったのに、
つい、運転手さんに『ジャズがお好きなんですか?』とか、気取って尋ねてみた。
運転手さんは『あ、お邪魔でしたら消しましょうか。』と、
これまたとても紳士な丁寧さと、穏やかな声のトーンで応えてくれる。

もしこれが、ジャズでなく、ヤナーチェックでも流れていて、
走っているのが筑紫通りでなく首都高速だったとしたら、
私が降りた先の夜には、二つの月が浮かんでいたことでしょう・・・なんちゃって青豆。

閑話休題。


私が、『いいえ。ジャズは好きですから、そのままでいいですよ。』と答えると、
運転手さんは『ジャズ、お好きなんですか?』と尋ねてくる。
私は特段詳しいわけでもないので、
『演奏者とか曲名とかあんまりわかりませんが、聞いてて気持ちいいですよね』と話すと、
『それでいいんですよ。難しいことを考えたり、語ったりすることはありません。』と優しく応えてくださる。
そして、『私は古い時代のジャズが、なんかあったかくて好きなんですよ』とも、教えてくれた。

それからはあまり多くは語らず、少しだけボリュームを上げて、また滑るように走り続けていく。
つくづく素敵な運転手さんだなあと思って、ゆったりしていると、
しばらくしておもむろに、『お客様は、石井好子さんをご存知ですか?』と尋ねられた。
私は『いいえ』と答えると、少し残念そうに、『そうですか』とおっしゃるので、
『どんな方なんですか?』と聞くと、
『日本のシャンソン歌手の草分けのような女性です。わたし、シャンソンも好きなんです。』
そして、『以前、石井好子さんをお乗せしたことがあるんですけれど、それが私の一番の自慢なんです。』と
嬉しそうに教えて下さった。
実物の石井好子さんは、当時はもう高齢でいらっしゃったはずだけど、
想像以上に素敵な女性で、乗せている間に、少しだけお話しできたのが嬉しかったのだそうだ。

ほんとに音楽が好きなんだなあと思っていたら、そうこうするうちに自宅についてしまって、
運転手さんに、石井好子さんについてもっと詳しく伺うことはできなかった。
それでそれ以来、『石井好子』という名前がずっと頭に残っていて、
いつかコンサートに行ってみたいと思っていたけれど、
昨年お亡くなりになってしまって、それももう叶わなくなってしまった。

そして不勉強甚だしいことだけれど、
石井好子さんという人がエッセイストであることも、ずっと知ることなく、
今日、偶然にも本屋で上記の著書に出会ったというわけだ。

書名からもわかる通り、ちょっと目を通しただけでも、
40年以上前の巴里の暮らしと食卓が生き生きと描かれていて、
しかもレシピまで、きちんとわかりやすく記されている。

1966年に『暮らしの手帖社』から刊行されたものの文庫化ということなので、
そのレシピや文体の上品ながらも質実剛健な感じが、なるほど納得。
じっくり読んで、いくつか再現できると嬉しいなあ。
(レシピだけを抜き出して写真付きで再構成されているレシピ本もあったのだけど、
 まずは、本家本元を読破してからと、安易に手を伸ばすのをぐっとこらえているのです。)


その後、残念ながらあのジャズタクシーには、再会することはなかった。
でもきっと今も、あの心地よいひんやりとした空間と、
小さなホールの特等席のような抜群のカーステレオシステムを乗せて、
その完璧な世界の主であるジェントルマンな運転手さんは、
夜の街をなめらかに滑っているのだろうな。と、私は思う。

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