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ヘント~ウェヴェルヘム2021

モニュメントに次ぐ格式をもつフランドルの伝統的クラシックレース。石畳の激坂はE3やロンド・ファン・フラーンデレンと比べると難易度は低く集団スプリントで決着することも多いレースではあるものの、北海から吹き付ける横風が思わぬ混乱を巻き起こすことも多いサバイバルレースだ。

昨年もカオスな展開が巻き起こったこのレースだが、今年も同様に激しい混乱が序盤から巻き起こる。

ロンド・ファン・フラーンデレンまであと1週間。247㎞、6時間弱に及ぶ厳しい戦いを振り返る。


序盤に生まれた逃げは4名。

エフゲニー・フェドロフ(アスタナ・プレミアテック)
シュテファン・ビッセガー(EFエデュケーション・NIPPO)
ヨナス・ルッチ(EFエデュケーション・NIPPO)
ローレンス・レックス(ビンゴール・パウェルス・ソーセズWB※)

※ビンゴール・ワロニーブリュッセルが3/25付で名称変更。

プロトンに対して最大で7分に及ぶタイム差をつけながら、逃げ続けていた。


だが、残り176㎞地点。

このレースを特徴づける激しい横風がプロトンを襲い、結果として以下の21名の「第2集団」が出来上がる。

サム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ヤスパー・デブイスト(ロット・スーダル)
ダニー・ファンポッペル(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ネイサン・ファンフーイドンク(ユンボ・ヴィスマ)
ソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)
ジャック・バウアー(バイクエクスチェンジ)
ルカ・メズゲッツ(バイクエクスチェンジ)
マイケル・マシューズ(バイクエクスチェンジ)
ロバート・スタナード(バイクエクスチェンジ)
イマノル・エルビティ(モビスター・チーム)
ルイス・マス(モビスター・チーム)
ヤシャ・ズッタリン(チームDSM)
ジャコモ・ニッツォーロ(キュベカ・アソス)
スヴェンエーリク・ビストラム(UAEチーム・エミレーツ)
マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)
シュテファン・キュング(グルパマFDJ)
ミハウ・ゴワシュ(イネオス・グレナディアーズ)
ティモシー・デュポン(ビンゴール・パウェルス・ソーセズWB)
ジェレミー・ルクロック(B&Bホテルス・p/b KTM)
シリル・ルモワンヌ(B&Bホテルス・p/b KTM)

優勝候補ファンアールト、マシューズ、トレンティンなどが含まれた非常に強力な21名。当然、それぞれのチームメートも全力でこれを牽引する。

やがて先頭に逃げていた4名を吸収し、「先頭集団」に。

一時はプロトンに対して2分近いタイム差を保ち、着々と残り距離を消化していった。


一方、優勝候補ジャスパー・フィリプセンとティム・メルリエを含むアルペシン・フェニックスや、先日のE3サクソバンク・クラシックでも最後まで先頭集団に残り続けていたグレッグ・ファンアーヴェルマートとオリバー・ナーセンを含むAG2Rシトロエン・チーム、そしてサム・ベネットは乗せてはいるものの彼一人で勝負するのはさすがに不安のあるドゥクーニンク・クイックステップなどがメイン集団を積極的に牽引。

とくにオンループ・ヘットニュースブラッドでもE3サクソバンク・クラシックでも強力なチームワークを発揮して勝利を掴み取っていたドゥクーニンク・クイックステップは、残り90㎞を切ってから1回目のケンメルベルグ付近でアタックを仕掛け始める。

最初はダヴィデ・バッレリーニとゼネク・スティバル。のちにバッレリーニが落ちると今度はイブ・ランパールト。

アルペシン・フェニックスもティム・メルリエがメカトラで遅れる中、オスカル・リースベークなどが食らいつき奮闘。

先頭は23名(レックスは脱落)に対し24秒遅れの14名の追走集団が形成され、その中にはランパールト、スティバル、ルーク・ダーブリッジ(バイクエクスチェンジ)、セーアン・クラーウアナスン(チームDSM)、ジャンニ・フェルメールシュ(アルペシン・フェニックス)、リースベーク、オリバー・ナーセンなどが含まれている。

だがその後、2017年から追加されたプラグストリートの3連続未舗装路区間などを経て、ワウト・ファンアールト自らも牽引する先頭集団とこの追走集団とのタイム差は徐々に再び開いていく。

そのタイム差は1分を超える。

あまりにも早すぎると考えられていた20名の序盤からの抜け出しは、まさかの逃げ切りへと着実に駒を進めていた。


残り54㎞。

2回目のケンメルベルグの登り。

ファンアールトによるペースアップで、先頭集団が一気に絞り込まれる。

以下の9名に。

ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ネイサン・ファンフーイドンク(ユンボ・ヴィスマ)
サム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ダニー・ファンポッペル(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
ソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)
マイケル・マシューズ(バイクエクスチェンジ)
ジャコモ・ニッツォーロ(キュベカ・アソス)
マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)
シュテファン・キュング(グルパマFDJ)

精鋭揃いの中で、アシストを携えているのはファンアールトただ一人。

ユンボ・ヴィスマ移籍以降、北のクラシックでは常にアシスト不足で苦しみ、先日のE3でも同様に(パンクでの牽き上げでチームメートが足を使ってしまったとはいえ)一人で戦わざるを得ない中で悔しい敗戦を経験していた彼にとって、今日は最大のチャンスであった。

イヴ・ランパールトやヨナス・ルッチなどが積極的に回す「第3集団」も懸命に追走を続けるも、タイム差は1分を切ることなくチャンスが着々と失われていく。


残り36㎞。

最後のケンメルベルグ。

ここでもワウト・ファンアールトが先頭でペースを上げ、ここでネイサン・ファンフーイドンクは一度遅れかけてしまう。

それでも、ケンメルベルグを終えたあとの下りで、なんとか再び集団復帰するファンフーイドンク。

元BMCレーシング。のちにグレッグ・ファンアーヴェルマート指名のアシストとしてCCCチームに残留するが、今回のタイミングでのAG2R移籍時には連れていってもらえなかった。

そんな中、このワウト・ファンアールトの待望のアシストとして招き入れられたユンボ・ヴィスマ。彼にとって、最大のチャンスであると共に確実に結果を出さないといけないというプレッシャーもあったはずのこのクラシック最高峰のレースで、彼は執念を見せ続けた。


さらに、ただ追いついただけではない。

この後、ファンフーイドンクはさらなる働きをしてみせる。


すでに最後のケンメルベルグも終え、あとはフィニッシュまで舗装された平坦路が続く。

昨年もこの区間でアタックと牽制合戦が繰り広げられ、ファンデルプールとファンアールトは互いに牽制し合う中で勝機を失った。

今年はライバル不在。集団内でスプリントすれば、ファンアールトが最も優勢であることは明らかであった。それがゆえに、たとえば独走力の高いシュテファン・キュングなどの飛び出しには常に注意をしていないといけない。

そんな中、ファンフーイドンクの動きは非常に重要であった。


まずは残り16㎞。

ファンフーイドンクが集団の先頭を牽いてその後ろにファンアールトが控えている中で、突如ファンアールトがペースを落とし、ファンフーイドンクが抜け出す格好に。

これを見てすぐさまそのギャップを埋めにかかるシュテファン・キュング。何もしなければただただファンフーイドンクの足が削られる局面の中で、うまくライバルたちの足を削る動きを敢行していく。

そしてこの際のペースアップで、集団からサム・ベネットとダニー・ファンポッペルが脱落。

元々体調不良だったというベネットは今にも崩れ落ちそうな身体を懸命に支えながら諦めずペダルを回し続ける。

彼にとってこの日はこれで終戦だろうが、それでもアシストもなく200㎞以上のこのサバイバルレースを、よく先頭で堪え続けていた。


強力なスプリンター2名を脱落させ、先頭は7名に。

コルブレッリ、マシューズ、ニッツォーロ、トレンティン。まだまだ強力なスプリンターはいるものの、今やツール・ド・フランスで世界トップスプリンターたちと互角に渡り合うワウト・ファンアールトがいまだ集団の中で最強であることは変わりなかった。

警戒すべきは、スプリントに持ち込みたくないであろう、シュテファン・キュングによるアタック。これを見逃せば、集団内でワウト・ファンアールトが牽引の責任を押し付けられるのは間違いなく、それがこれまでの彼の負けパターンの典型であった。


ゆえに、ファンフーイドンクの存在は非常に重要だった。常にハイ・ペースで集団の前を牽き、アタックを許さない。

そして残り2㎞。キュングが仕掛けるには最適なタイミングで、再びファンアールトがファンフーイドンクを行かせる。

このときもまた、すぐさま飛びついたのがシュテファン・キュング。ライバルチームたちはもう、下手にファンアールトを前に出すこともできない状況となり、ファンアールトはこれで、先頭から3~4番手という、スプリントをするには最適なポジションを手に入れることとなった。


あとはもう、危なげのない完璧なスプリントを敢行するだけだった。

ジャコモ・ニッツォーロがこれに食らいつこうとするが、まったく並ぶこともできない中、最後は悔しがることもせず、諦めたように頭を振る。

そしてかなり早めのガッツポーズをしてみせたファンフーイドンクを背景に、ファンアールトは歓喜の勝利を味わった。

9.ヘント~ウェヴェルヘム


2回目のケンメルベルグを終え、先頭集団を9名に絞り込んだ時点で、この勝利は誰もが予想していたものであった。

最後は完璧なレース運びで何の不思議もない圧倒的な勝利。もはや彼を止められるのはマチュー・ファンデルプールやタデイ・ポガチャル、あるいは万全のドゥクーニンク・クイックステップくらいなもの。

しかしそんな彼の勝利を本当の意味で確実なものにしてくれたのは、170㎞におよぶ長い大逃げ工程において常に傍らで彼をアシストし続けたネイサン・ファンフーイドンクの存在。

彼がいるだけで、ただそれだけでファンアールトは真の意味で「勝って当たり前」の存在になれる。

今回の勝利はファンアールトの勝利であると共に、このファンフーイドンクの勝利でもあった。


そしてまさかの敗北となったドゥクーニンク・クイックステップ。

すべては、残り176㎞地点における大分断において、サム・ベネット以外の誰一人先頭に置くことができなかったことに原因がある。

なぜ、横風を武器とする側のはずの彼らが、そのとき誰も先頭に置けなかったのか。

あれさえなければ、あとは、残り90㎞からのアグレッシブな走りなど、1つ1つの動きは相変わらずのチーム力を生かした動きであり、問題はなかった。

ゆえに、彼らの強さが失われたわけではなかった。

ただ、なぜか最初のボタンを大きく掛け違えてしまった、ただそれだけ。

逆にその理由をしっかりと見定めなければ、同じような敗北がまたやってきてしまうだろう。


とはいえ、ヘント~ウェヴェルヘムというのは特殊なレースであることは確かなので、ロンド・ファン・フラーンデレン本戦ではまた違った展開を見せることになるだろう。

今度はそこに、マチュー・ファンデルプールもやってくる。

ワウト・ファンアールトも、同じような勝利を同じように得られるわけでは決してない。

それでもそのときまた、ファンフーイドンクやその他のチームメートが彼の傍に残ってくれていれば、勝ち目はあるだろう。


いよいよロンド・ファン・フラーンデレンまであと1週間。

果たしてそのとき、どんなドラマが待ち受けているのか。







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