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E3サクソバンク・クラシック

かつてはE3ハーレルベーケと呼ばれていたこのレース。60年代に建設されたフランスとアントワープを結ぶ主要高速道路である「E3(現在はA14)」を使用して、ベルギー・ウェストフラーンデレン州の街ハーレルベーケを発着するコースから取られた名前であったが、2019年にスポンサーとなったビンクバンクの名前を用いてE3ビンクバンク・クラシックに改称。

さらにこのビンクバンクをサクソバンクが買収したことによって、再び名前が変更し、E3サクソバンク・クラシックとなった。


ターインベルグ、オウデクワレモント、パテルベルグといったロンド・ファン・フラーンデレンでもお馴染みの石畳急坂が登場し、1週間後に控えるロンド・ファン・フラーンデレンに向けての最も正統派な前哨戦と言えるこのレース。このレースの過去リザルト上位者とロンド・ファン・フラーンデレンのリザルト上位者との相関性も高い。

今年もロンドの行方を占ううえで重要なレースということで、昨年ロンドワンツーのマチュー・ファンデルプールとワウト・ファンアールトを始め、強力なクラシックレーサーたちが集結した。


逃げは12名。

タコ・ファンデルホールン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
アンドレ・グライペル(イスラエル・スタートアップネーション)
マルコ・ハラー(バーレーン・ヴィクトリアス)
ジョナタン・ミラン(バーレーン・ヴィクトリアス)
イェレ・ワライス(コフィディス・ソルシオンクレディ)
ユリウス・ファンデンベルフ(EFエデュケーション・NIPPO)
アレクシー・ブルネル(グルパマFDJ)
ヨハン・ヤコブス(モビスター・チーム)
ルイス・マス(モビスター・チーム)
リンゼイ・デヴィルデル(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ニキ・テルプストラ(トタル・ディレクトエネルジー)
ラスムス・ティレル(UNO-Xプロサイクリングチーム)


レースが動き出したのは残り80㎞地点のターインベルグ(登坂距離700m、平均勾配6.3%、最大勾配16%)。

ドゥクーニンク・クイックステップが7名全員を集団の先頭に送り込み、全力の牽引。あっという間に集団は破壊され、メイン集団から以下の9名が抜け出す。

ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
カスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)
フロリアン・セネシャル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
イヴ・ランパールト(ドゥクーニンク・クイックステップ)
マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ヤスパー・ストゥイヴェン(トレック・セガフレード)
マイケル・マシューズ(バイクエクスチェンジ)
マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)

これを追いかける第3集団は30名ちょっと。シュテファン・キュング率いるグルパマFDJや、グレッグ・ファンアーヴェルマート&オリバー・ナーセン率いるAG2Rシトロエン・チームなどが中心となって牽引する。

抜け出した9名は逃げ集団から零れ落ちてきたミランやファンデンベルフを吸収しつつそのタイム差を縮めていくが、残り72㎞地点でファンアールトがパンクして脱落。

このファンアールトを吸収した第3集団がユンボ・ヴィスマ総出で牽引し始めたことで第2集団と第3集団とのタイム差が急速に縮小していく。


だが、ファンアールトがこの抜け出した集団に復帰するより先に、先頭では動きが巻き起こる。

まずは残り70㎞地点。第2集団が逃げ集団を吸収。先頭が19名に膨れ上がり、ユンボ・ヴィスマが強力に牽引するプロトンは45名程度に。

そのまま残り67㎞地点のボイネベルグ(登坂距離1,000m、平均勾配5.2%、最大勾配12.3%)に差し掛かると、再びドゥクーニンク・クイックステップが総出でペースアップ。

まずはフロリアン・セネシャルがアタック。イェレ・ワライスがこれに食らいつく。

続いてゼネク・スティバルがペースアップ。テルプストラがこれをさせじと貼りついていく。

しかし第3の矢として、今度はデンマークチャンピオンジャージを着るカスパー・アスグリーンがアタック。

このクイックステップの波状攻撃に、今度は誰も、これを捕まえようと動ける者はいなかった。

抜け出した後はすぐさまセネシャルとスティバルがローテーション妨害。

「ウルフパック」のお家芸が始まった。


マチュー・ファンデルプールもペースを上げてこれを追走しようとするが、当然のごとくドゥクーニンクの二人が食らいついてきて重しとなる。

同行したワライスなども積極的に動こうとするが、牽制状態に陥った追走集団はなかなかペースが上がり切らず、やがてユンボ・ヴィスマが全力牽引してきたメイン集団に残り62㎞で捕まえられてしまう。

グルパマFDJのシュテファン・キュングが繰り返しアタック。モビスター・チームのイバン・ガルシアやグレッグ・ファンアーヴェルマート、マイケル・マシューズなども次々と攻撃を仕掛けていくが、その度にセネシャルやスティバルが動いてチェックをかけていく。

残り57.5㎞からはこのE3名物のスタチオンベルグ(登坂距離700m、平均勾配3.2%、最大勾配10%)の登りに。

踏切を越えた直後から始まる、駅の裏側に用意された石畳の登り。残り距離が絶妙であり毎年のアタックポイントの1つとなっているこの地点で、今年もニキ・テルプストラとマチュー・ファンデルプール、ワウト・ファンアールトの3名が抜け出すが、ここにもすぐさまゼネク・スティバルが食らいついてきた。

そしてトム・ピドコックがこのあたりから脱落しかける姿を見せることに。

今年、オンループ・ヘットニュースブラッドやミラノ~サンレモなどで期待以上の強さを見せ続けてきた男だが、昨年のインタビューでもロンドのような「石畳の登り」は苦手とコメントしていただけに、やはりちょっと厳しい様子を見せることとなった。


残り55㎞でファンデルプールらの抜け出しは吸収されて、再び一つになったプロトンはすでに30名程度に縮小されていた。

一時は先頭アスグリーンとのタイム差を11秒程度にまで縮めていた彼らも、集団が再び大きくなったことで牽制状態に陥り、タイム差が再拡大していく。

残り54㎞。プロトンからさらなるアタックがかかり、新たに第2集団が形成される。以下の6名。

フロリアン・セネシャル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
オリバー・ナーセン(AG2Rシトロエン・チーム)
マルコ・ハラー(バーレーン・ヴィクトリアス)
ジャンニ・フェルメールシュ(アルペシン・フェニックス)
アントニー・テュルジ(トタル・ディレクトエネルジー)
マルクス・フールガード(UNO-Xプロサイクリングチーム)

しかしアスグリーンとのタイム差は開いていく。

残り48.2㎞でアスグリーンとこの6名とのタイム差は39秒。そしてアスグリーンとファンデルプールらの含まれるプロトンとのタイム差は1分を超える。

勝負はこの6名とアスグリーンのものとなってしまったのか?


もちろん、そんなことは昨年のロンド1位&2位が許すわけがなかった。

残り42㎞。

本家ロンド・ファン・フラーンデレンでは最後の勝負所となる短くも厳しい超激坂パテルベルグ(登坂距離400m、平均勾配11.1%、最大勾配18%)で、マチュー・ファンデルプールとワウト・ファンアールト、そしてグレッグ・ファンアーヴェルマートが一気にアクセルを踏んでプロトンとのから抜け出す。

そこにはもちろんクイックステップから、ゼネク・スティバルの姿も。

これが残り38.6㎞から始まるオウデクワレモント(登坂距離2.2km、平均勾配4%、最大勾配11.6%)の登りにて第2集団6名と合流。

のちにイヴ・ランパールトとディラン・ファンバーレがブリッジしてくるが、のちにランパールトはメカトラによって脱落したため、先頭は以下の11名に。

フロリアン・セネシャル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
オリバー・ナーセン(AG2Rシトロエン・チーム)
グレッグ・ファンアーヴェルマート(AG2Rシトロエン・チーム)
マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)
ジャンニ・フェルメールシュ(アルペシン・フェニックス)
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ディラン・ファンバーレ(イネオス・グレナディアーズ)
マルコ・ハラー(バーレーン・ヴィクトリアス)
アントニー・テュルジ(トタル・ディレクトエネルジー)
マルクス・フールガード(UNO-Xプロサイクリングチーム)

AG2Rシトロエンのダブルエースとファンデルプールにはアシスト付き。そしてファンアールトにテュルジなど、非常に強力な10名の追走集団。

役者は揃った。

いよいよ、最終局面へと突入していく。


残り20㎞を切って始まるティーヘンベルグ(登坂距離750m、平均勾配5.6%、最大勾配9%)。

先頭アスグリーンと33秒差の第2集団11名の中からワウト・ファンアールトがまずはアタック。しかし貼りついたマチュー・ファンデルプールは離れず、逆にファンアールトが足を緩めた次の瞬間にカウンターアタック。

すぐさまゼネク・スティバルが食らいつく。少し遅れてグレッグ・ファンアーヴェルマートも追いついてくるが、そこにはフロリアン・セネシャルの姿も。そしてオリバー・ナーセン。

ファンデルプール、ナーセン、ファンアーヴェルマート、セネシャル、スティバル。そして遅れてブリッジを架けてきたファンバーレ。

今大会最強の6名が揃い、ファンアールトは第3集団に取り残され、その先頭を牽く責任を背負わされる。

6名と先頭アスグリーンとのタイム差は着実に縮まっていく。捕まるのも時間の問題だった。

それでも、その間、ファンデルプールとAG2Rの2人が頑張っている間、ドゥクーニンク・クイックステップの2人はひたすら足を休めていられる。

状況はなおも圧倒的にドゥクーニンク・クイックステップ有利であった。


残り13㎞。ついに、50㎞以上にわたって独走し続けていたアスグリーンが、精鋭6名の追走集団によって吸収される。

ドゥクーニンクのカウンターはない。誰もが彼らの動きを警戒していた。抜け出そうとしても、捕まえられるのがオチだっただろう。

アスグリーンが捕まえられた以上、ドゥクーニンクも牽かざるをえない。

ファンアールト先頭に迫ってくる追走集団とのタイムギャップを保ちながら、先頭7名は強い緊張感の中、一塊のまま残り距離を消化していった。


数の有利は、決して確実な勝利を意味しない。どんなに数で勝っていても、選択を誤れば勝利の可能性は大きく減少する。

その意味で、ドゥクーニンク・クイックステップの、というよりはカスパー・アスグリーンの選択は、非常に正しかった。

残り13㎞という、少し早めに捕まえられることを選択し彼は、集団に戻ったあとも虎視眈々と足を回復させていった。

もう一度アタックするなら、彼が最適ではあった。フレッシュな足を残しているスティバルやセネシャルだと、一瞬で警戒されて引き戻されてしまう。

その点、すでに誰よりも足を使っているアスグリーンのアタックに対しては、警戒心が他の2人よりは緩まるはずだ。もちろんアスグリーン自身も、そこから逃げ切られるとは思っていない。それでも、再びチームメートを助けることができれば――。


そんな思いとと共に放たれた、残り5㎞のアスグリーンのアタックだった。

ファンデルプールはすぐさま追いかけるが、すでにアシストがいない彼にとって、スティバルとセネシャルが後ろにいる状態で全力を出すわけにはいかなかった。

だから振り返る。他のチームの選手たち――とくにAG2R――の様子を伺う。

だが、誰も動かない。

アスグリーンと6名とのギャップが開いた。


残り4㎞。さすがにオリバー・ナーセンが追撃を繰り出す。しかしそれはすぐさまスティバルに抑え込まれる。

残り3.3㎞。今度はファンアーヴェルマートがアタック。しかしこれもすぐさまセネシャルが貼り付く。

ここでナーセンやファンアーヴェルマートが彼らを引き千切るだけの足を残していれば、勝機はあった。だが、50㎞に渡り独走し続けたアスグリーンの存在が、スティバルとセネシャルの足を万全なものとしていた。

残り2.2㎞。もう一度ファンアーヴェルマートがアタック。スティバルが捕らえる。

カウンターで今度はファンデルプールがいく。だがセネシャルがつく。

ファンデルプールも足を止める。彼をもってしても、もう足が残っていなかった。

先頭のアスグリーンはすでに16秒差。


2度目の独走による、逃げ切り勝利が決まった。

8.E3サクソバンク・クラシック

集団の先頭を取ったのはセネシャル。全力のナーセンとファンデルプールのスプリントを抑えての2位は、彼らがいかに足を残していたかがよく分かる。


圧倒的なまでの、ドゥクーニンク・クイックステップ劇場。その秘訣はアスグリーンの強さであり、常に勝負所での飛び出しを捉え続けたスティバルとセネシャルの強さである。


これでもまだ万全ではない。ロンド・ファン・フラーンデレン本番ではここにジュリアン・アラフィリップも加わる。

「北のクラシック最強軍団」はこのまま、今年の「クラシックの王様」も当たり前のように制覇してしまうのか。

それともマチュー・ファンデルプールが、ワウト・ファンアールトが、もしくはボブ・ユンゲルスと合流してトリプルエース体制となるAG2Rシトロエン・チームが、ここに逆襲してみせるのか。


今年も大注目のロンド・ファン・フラーンデレンまで、あと1週間。

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