現代・異世界論争

 ――列車が人を運び、魔法使いはその上を飛ぶ。箒を使った飛行は身ひとつの気楽なものだが、大勢の人間と荷物を積みこんだ列車は違った。生き急ぐように速度を上げていき、線路が擦れて悲鳴をあげる。
 魔法使いは人間の速度についていかない。それもまた、人間と魔法使いが下した選択の差なのだろう。
 魔法使いは高度をあげてツバメのそばまで追いつくと、遥か眼下に建つ煉瓦の街に手を振り、天空の街を目指した。

「これ、現代ファンタジーか異世界ファンタジーかどっちだと思います? あ、人によるとかどっちでもいいとかなしですよ。なんてったって字数稼がなきゃいけないんですから」
「そんなの、書くやつの技量の問題だろ。この記事誰がやるんだ?」
「僕が書きます。って、そうじゃなくて。対話形式の方が面白いじゃないですか。先輩どっちか選んでくださいよ。僕違う方で主張するんで」
「どっちでもいいよ」
「そうは言わずに」
 ほらほら、とコピー用紙に印刷されたテキストを机に置いて小林が言う。どこから引っ張ってきたのか知らないが、書籍化されてるものではないようだ。なんで終わりの場所だけ持ってきたんだか。
「これ、そもそもどこの?」
「言ったらヒントになるじゃないですか。タグ見たらどっちか分かるし、サイト言うだけでも大まかな傾向分かっちゃいますよ」
「そうなの?」
「そうですよ! 自分でもどっちか判断付かないのにどっちか選ばないといけないし、両方付けるとどっちにも見てもらえないし、かといって付けないと全然PV伸びないんで、大変なんですよ! ……まあどっちにしても大して伸びないんですけど」
 いや、お前の創作話に付き合わされてるだけじゃないか、と突っ込みそうになったところで、俺は質問の意図を思い出した。そうじゃなくて。
「議論云々の前に、著者に許可取らなきゃ載せらんないだろ」
「ああ、それなら問題ないです」
 小林はニコニコとしか表現できない笑みを浮かべて言う。薄々予想がついていた俺は「あ、そう」と言って会話を切りあげた。
「え、冷たい。誰が書いたのか知りたくないんですか?」
「俺が記事づくりに協力してやろうと思ったのに、まだ邪魔する?」
「しないです。字数足りなくなるので選んでください」
 小林が大人しくソファに腰かけたのを見て、俺はコピー用紙を手に取った。現代ファンタジーか異世界ファンタジーかなんて人の見方次第だろ、と言いたくなってしまうのを抑える。売り手としてどちらか考えるのは当然として、表紙等も判断材料になる。あとは著者がどっちだと思って書いてるかだ。そこが一番大きいだろう。あれ、もしかしてこの勝負、どうやっても負けなのでは。
「悩みますねえ」
「うるさい。魔法使いが出てくるし、異世界ファンタジーなんじゃねえの」
 茶々を入れられたことでどうでもよくなって、俺はコピー用紙の『魔法使い』を指した。ほう、と顎に手を当てる仕草がなんだか芝居臭い。
「じゃあ僕は現代ファンタジーということで。はい、スタート」
 ぱちんと手を鳴らして、小林は口火を切った。

「魔法使いのは現実に存在しないだろ。それが主人公な時点で、異世界ファンタジーなんじゃないか?」
「たしかにそういう見え方もあります。でも魔法使いって言葉、結構万能ですし、単体ならただのファンタジー要素ですよ」
「いやでも、列車はもう現実に走ってないし、煉瓦の街、天空の街ってのも日本に当てはまる場所はない。だからこれは異世界だろ」
「もしかしたらあるかもしれないですよ」 
「天空で生きていられる人間がいるなら大ニュースだよ」
「人間じゃないかもしれないです」
「お前それを言ったらなんでもありじゃないか」
「そうです。まあでも、今話題にしてるのはこの部分だけなので無しですね」
 なんなんだこいつは。小林はのらりくらりと言い訳を繰り返し、指で×を作った。
「さっきから俺の否定しかしないけど、異世界だっていう根拠はないわけ?」
「ありますよ! 先輩の主張を聞いてから言おうと思ってただけです」小林はわざとらしく喉の調子を整えると、前かがみになった。「まず先輩、異世界ファンタジーって『現実』に存在しない世界だと思ってないですか?」 
 やっと主張をするのかと思えば、小林は定義を持ちだしてきた。後出しでそれはずるいだろう。「いやだって、実際そうだろうよ」
「東京という都市名だけは現実と同じで、中身が違う作品ってアニメとかでも結構ありますよね。異世界ってことは、比較する対象があるってことだと思うんですよ。作品の世界線上に『現実』とされる世界があって、その上に『異世界』が成り立つんです。だからもし、作品世界が僕らの知る『現実』とはかけ離れていたとしても、そこで生まれ育ってその世界しか知らない主人公にとってみれば、まぎれもない『現実』じゃないですか。僕らがこの狭い事務所で働いている間にビルの周りがすべて水没して、出られないような状況で生まれたとしても、それは『現実』でしょう?」
 そう、いくら目を離しても俺たちが直面している問題からは避けられない。
「これがもし異世界ファンタジーなら、主人公が『現実』を仄めかさないのはおかしいと思いませんか?」
 俺は立ち上がって、窓の外を眺めに行った。小林の言うことはもっともだ。でもやっぱり、どっちでもいいと思ってしまう。どっちだったとしても、俺たちがビルから出られないことに代わりはないのだから。
 雨が降っているわけでもないのに、窓の外は水浸しだった。イルカショーのプールを眺めている気分だ。けれど、泳いでいる魚も人間もいない。俺たちのいるビル以外、周りにはなにもなかった。
「これが僕らの『現実』ですよ、先輩。これは現代ファンタジーなんで」
 もし小林に勝っていたら、異世界を証明してこんな場所から逃れられたのだろうか。
 俺は手のひらで顔を覆い、『現実』から目を逸らした。


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