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どんな自分も愛してやる

どんなタイトルだ。
と思うけど、けっこう真面目に思っている。

セルフラブというのか、自分を褒めるというのか、自己受容というのか、まあ色んな言い方があると思う。
だけど、最近の私は「どんな自分でも愛してやる」って自分で決意するのが、なんか手っ取り早い気がしてきたのです。

よく言うトラウマを浄化して、とか。
過去の親との関係を見つめなおして、とか。

そんなん、うっせー!!って感じなのです。
昔、子育てで悩んでいた時に「あなた、お母さんと仲良くないでしょう?お母さんから愛されてないでしょう?」と言われて、私は撃沈した。

いや、それ関係ある?
ていうか、そりゃ大きな声で心からイエスと言えないけども。
え、そこから改善せなあかんの?
でも、そう言われるなら、そういうのがにじみ出てるの?
何をどうやったらいいの?

と、もやもやを抱えたのです。

そこから数年経ち。
細かいことは割愛するけれど、私は子育てには悩まなくなったし、夫との関係もよくなったし、両親とも仲良くなったと思う。
で、両親との関係と子育てとが関係あったかは、わからない。
あった気もするし、そうじゃない気もする。

でも、一個思うのは、やっぱり自分の考え方だけなんだと思う。


私はどこかで誰かに愛されたいと思っていた。
それは、親から、夫から、子ども達から。
でも、今は思っていない。
だって、他人が自分を好きになるかどうかはその人次第だから。
私が決められることじゃないから。
それでも好かれたいと思うのが人間。
だから、自分で自分を好きになるのだ。
他人に求める愛情を自分でいっぱいかけてやる。

これは、まだ夫からよけいな愛を欲しがったりする時、ハッと気づく。
いい人ぶってあいそう笑いする時、ハッと気づく。
言いたいこと言えない時、ハッと気づく。
誰かのこと嫌だなと思った自分をクズだなと思った時、ハッと気づく。
もう何もかも辞めて一日寝ていよう、そんな自分にバツをつける時、ハッと気づく。
どんな自分でも認めて愛してやる!
だから決意めいている。

どんだけグズで、頭悪くて、どんくさくて、なまけもんでも、そんな自分を愛してくれる人がいる。
それが自分なんだ。
それだけで、いいんだと最近は思っている。

そして、私は自分が好きな人を好きでいよう。
それだけでいい。


お母さんに包まれているような安心感



そんな私たちを包むもっと大きなもの


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